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グレアム・ジェインビーは私の望みを果たす重要人物だ。
同じ学校、同じ学年に属する生徒であり、この学校の大多数ではなく、少数派に属する生徒でもある。
彼に、神に与えられた才能はない。
しかし、確実に神に愛される人間の一人である。
歴史は浅いが、世界一と称されて久しいこの大国においてトップクラスの富裕層に属する親を持ち、家柄という点でも元をたどれば伝統と権威ある国の高貴な家柄に辿り着く。
その容貌の麗しさは一目でほとんど誰もが見惚れるほどであり、他者に対する態度は一部の例外を除いて公明正大で、それで終われば尊敬されつつも近寄りがたいだけの人間であるのに、気さくなユーモアを忘れないことで、人心を勝ち得ている。
Giftedではないにしろ、その出来の良さは普通とはかけ離れており、英才教育の成果もあるだろうが学内の総合成績では私に次ぐ立場にある。
もちろん、教科別で見れば私もグレアムも 後塵を拝する 生徒は存在する。また、各教科の上限が決められたテストの中では測りきれない才能があることを彼は正しく理解している。
グレアムは、次席という学校内での地位を決して驕らず、かといって卑屈になることもない。それぞれの生徒がもつ才能を心から称賛し、時にはおそらくすでに敷かれているであろう大企業の御曹司というレールに見どころのある人財を選びだしている。いわゆる、青田買い、というものだ。
そのことがグレアムの人づきあいを積極的にし、また紳士的な態度を忘れないようにさせている。
ごく一部を除いて。
彼の中でその一部の例外である私の印象は最悪といっていい。
第一印象から問題だった。
いいや、第一印象以前の問題だったのかもしれない。
彼は、私のことを知っていた。
あの時、私が彼のことを知るより遥かに多い私の情報を彼は、彼らは知っていた。
そして、私を排除して、私の一番大切なモノを奪っていった。
誰も、味方なんていなかったあの場所で。
抵抗する私から、唯一のモノを盗っていった。
けれど結局のところ、彼はあの時の私と同じなのだ。
失うことを恐れて、奪っていこうとするものを拒絶する。
私に接するときにだけ取られる陰険で傲慢な態度に、周囲の者たちも気づいている。けれど、グレアムを諌める者は一人もいない。
この学校設立時にも莫大な援助と後押しを行い、毎年の他より頭が二つ三つ抜きんでた額を寄附しているのがグレアムの実家で、彼の家が寄附する莫大なお金がなければ、生徒の望む個々に対応した高度なカリキュラムは行えない。
さらに、私はこの学校でグレアムの存在を知ったときに色々とやらかしており、彼の私に対する軽蔑のまなざしも傲慢な態度も当然ではないかと周囲に思われている節もある。
グレアムの陰険な行為も、声を大にして悪質だと非難されるようなものがない。
多くが、先ほどのようなレポートの締め切りを直前まで伝えないとか、周囲の生徒たちに伝えないように言い含めるとか、作りかけのデータを手が滑って消去されるとか、グループ活動の時に仕事を丸投げされるとかいった程度であり、私はそのすべての妨害を潜り抜けて、完璧に結果を出し続けた。
それが、グレアムの出した私への条件であり、彼の主観的な判断によって私が認められれば、私の望みは果たされる。
今のところ、グレアムは私を認めていないし、彼が出した条件を私はクリアし続けている。しかし、彼はその条件をクリアさせないようにこれからも妨害を続けるだろう。
彼が奪われることを恐れる人間であるがゆえに。
だから私は、彼を非難しない。
けれど、どれだけ拒絶されようとも私は望みを果たすことを諦めはしない。
そんな決意などもつらつらと考えながら寮の自室に足を踏み入れた瞬間、急に体がふらついてその場にしゃがみ込んだ。目の前がセピア色に染まって奇妙に揺れる。
体感時間では長かったが、実際にはおそらく一分と経っていないころに揺れは落ち着いて、壁に手をかけて立ち上がる。
その場で幾度かまばたきをして、暗くなった視界が回復していくのを待った。
十分な視界が戻ったと判断し、いまだ覚束ない足元に苛立ちを感じながら、壁伝いに部屋の中を進んでいく。
その途中で、壁に備え付けられていた鏡の前を横切った。
ちらりと視界の端にとらえた鏡の中では、パサついてくすんだ焦げ茶色の髪をした痩せぎすで青白い肌の不健康そうな女が、鳶色の空ろな目で、こちらを見返していた。
どちらがひどいだろうか、と鏡の中にいた生気のない私の姿を脳裏に浮かべて思う。
あのころと、いまと。
どちらが。
そして、どうでもいいことだと考えを打ち消す。
頭の中で、いま進めているプログラムの構成を考えると同時に、体は寮に戻る道すがらで既に内容をまとめ終えた明日が締め切りとグレアムに聞いたばかりのレポートを文章化する作業を始めていた。