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僕はまだ幼いヘンリーにはもちろん、両親にも彼女の存在を告げなかった。
彼女はそのことを分かっていて、気にしていないようだった。
誰となれ合うこともなく、ひたすらに数式を弄ぶ。
そうして出来上がったプログラムが、研究機関へ売られていく。
それを繰り返すうちに、彼女は天才であることを周囲に知らしめた。
同時に、
『こんにちは、グレアム・ジェインビー。そろそろ、私を認めてくれる?』
彼女が自分から、笑みを浮かべて話しかける人間は僕だけだった。
彼女は僕に恋をしているのだろう、と何も知らない周囲の人間は僕に面白がって耳打ちし、僕は黙殺を持ってそのからかいを一蹴した。
NO.
僕がそう答えるたびに、彼女は研究を増やしていった。
まるで、プログラムを更新するかのように、定量的に、定期的に、彼女は僕に問いかけて僕は彼女に答えを返す。
決まりきった答えだ。
彼女の存在は僕にとってウィルスだった。
そうと知っていて、 YES. と答えるはずがない。
彼女が、定期的に医務室に通うようになったと聞いたのはいつだろう。
教師がこぞって、彼女の研究をやめさせようとしていると知ったのはいつだろう。
彼女が頑なである原因が僕にあると、僕はすぐに気づいていた。
気づいていて、彼女への NO. 以外、何も言わなかった。
みんな、僕と彼女の本当の関係を知らない。
憧れの人に付きまとっているが、まったく相手にされていない関係。
周囲の認識はそうだった。
実態は、肉親に会いたいと望む彼女を危険視して、その要求に条件を突きつけて拒否しているだけのもの。
危険視。
そう、僕は彼女が怖かった。
天才は、往々にして理解されない。
その思考は常人には計り知れない。
それゆえの苦悩を、僕は兄を通して知っていた。
植物へ傾倒するあまり人間を上手く愛せなくなった兄は、関心のない人間の世界で生きることに苦悩していた。
苦悩するごとに植物への傾倒は深まっていき、やがて言葉を発することさえなくなっていた兄は、植物採集に出かけた山の中で滑落し、死んでしまった。
1つの物事への執着は、破滅をもたらす。
僕の目には、兄と彼女とが重なって見えた。
彼女の破滅は、僕の弟を巻き込む可能性があると分かっていて近づけることを許すと思うのだろうか。
僕は、自分にそうやって言い訳をした。




