少女
カッカッカッ。
小気味の良いブーツの音が暗い路地に反響する。
冷えた手をポケットに突っ込み目的の場所まで急ぐ。
十五分程前、雪から至急来てくれと電話が入った。
理由は後で話すと言われ僕は指定されたカラオケへ向かっている。
時刻は午前一時、真夜中である。
雪の親父がお前が連れだしたのか!っと怒鳴ってきそうだ。
雪にこんな時間に何をしているのか説教しないとな。
カラオケに着く。
カラオケに来るのなんて久しぶりだな。
「待ち合わせなんですけど」
「最上様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「三十六号室になります」
「ありがとうございます」
店員にそう言われ部屋に歩いて行く。
部屋に入ると雪ともう一人中学生ぐらいの少女が居た。
というか空気が少し重い。
「よっす 来てやったぞ 崇め讃えろ」
「こんばんは すいませんこんな時間に」
申し訳なさそうな表情の雪と雪の影に隠れこちらを見てくる少女。
「どういう状況か 説明あるよな?」
「はい……実は」
数時間前、私は友人から相談があると言われ相談に乗っていた。
「ありがとうね 相談に乗ってくれて!」
「いえいえ」
じゃあねと笑顔でぶんぶんと腕を振る友人。
私もあれだけ表情を表に出せればいいんですけどね。
頬のマッサージも特に効果ありませんし……。
そんな事を考えながら私は帰路に着く。
「や……め……」
路地の近くを通った時、微かに女性の叫び声が聞こえたような気がした。
何故かそれが気になり少し遠回りになるなと思いつつも路地の方まで歩いて行く。
やはり何か声が聞こえる。男女の声のようだ。
逢い引きでしょうか?
邪魔すると悪いなと思いつつも好奇心から少し覗いてみようかなという気持ちになる。
だが近づくにつれそれが逢い引きなどではない事が分かった。
女性が上げてるのは悲鳴で男性が上げてるのは怒声だったからだ。
「何しているんですか!」
声が聞こえる方向まで全力で走り声を上げる。
「っち……」
男は大通りの方向へ走って行った。
「大丈夫ですか?」
蹲ってる女性へ声を掛ける。
近づくと分かったがこの子まだ中学生ぐらいだ。こんな子に……。
「もう大丈夫ですよ」
頭を撫でながらゆっくり抱きしめてあげる。
「ひっく……こわ……かった」
嗚咽を上げる少女に優しく言葉を掛ける。
一瞬、この少女が誰かと重なった気がした。
一時間ぐらいが経った。
少女は泣き止んだが一向に離れる気配がない。
これは困りましたね。そろそろ離れて下さいと言うのも酷ですし。
「あの……すいません……でも安心して……もう少しだけ」
「しょうがないですね」
微笑みながら頭を撫でてやる。
少女は男に直接的に何かをされたというわけではなさそうだが精神的な傷は簡単には消えない。
このまま帰すのもあれですし……この近くだとカラオケでしょうか?
彼処なら遅くまで開いてますしこの子から事情も聞きたいので。
「一緒にカラオケにでも行きませんか?奢りますよ」
「えっ……あ、はい」
少女は驚いた顔をしたものの恥ずかしそうに頷いた。
「そういえばお名前は?」
「太田 海音……海の音と書いてうみね 十七歳です」
「私は立花 雪といいます 二十歳です」
十七ですか……中学生ぐらいに見えたのですが。
いや、私が言えた事じゃないんですけど。
「年上だったんだ 雪さんって呼んでいい……ですか?」
はうわっ。
私が年齢を正直に言っても疑われなかったのは何気に初めてです……。
なんだろう この嬉しい気持ちと複雑な気持ちが混ざり合った感情は。
「え、ええ良いですよ」
「やった……」
笑顔で喜ぶ太田さん。そこまで嬉しい事でしょうか?
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
「というわけなんですよ」
……え?
状況は分かったがこれって僕を呼ぶ意味あったか?
「僕って何の為に呼ばれたんだ?」
雪がさっと顔を逸らす。
「お、女二人ですし……暇だったもので」
「……」
「……」
「帰る」
付き合ってられるか。
「ま、待ってください」
引き止めてくる雪の耳元に口を近づける。
「それに男に襲われかけたんだろ?僕みたいなのを呼ぶのは駄目だろ……」
「不安なのでと言って許可は貰いましたよ それに少し私も不安だったので」
そう言われたら帰りづらくなる。
「……奢れよ?」
「はい!」
ぱーっと雪が顔を輝かせる。表情は全く変わってないがな 慣れなのか雰囲気で分かるようになった。
雪に腕を絡ませてる少女に出来るだけ笑顔で話しかける。
「こんばんは 僕は最上 夕 こいつの友人だ 好きな事は睡眠 嫌いな事は誰かに安眠を邪魔される事 座右の銘は……ちょっと待ってくれ今考える えっと情けは人の為ならずだ よろしくな」
「すいません こういう人なんです」
おい、こういう人とはなんだ。
不服の目で雪を睨む。
「友人……?」
少女が首を傾げる。どうしたのだろう。
「夫婦かと思った」
ピキッ 自身の表情が固まるのを感じる。
雪を見るが僕と同様固まっている。
この手の話題は返答に困るな……てか夫婦ってて。
「ゆ、友人ですよ! それに夫婦って歳でもないですし」
「そう……でもお母さんとお父さんみたいだった」
少女は悲痛な面持ちをしていた。
この件についてはあまり踏み込み過ぎない方が良さそうだな。
メニュー表を見る。
「何か頼むか?」
「私は大丈夫です」
「私も」
酒でも飲むか。
リモコンでビールの番号を送信する。
「何を頼んだんですか?」
「酒 歩きで来たからな」
「飲み過ぎはいけませんよ?」
おかん雪……。
「そういえばバイトも休みでスイの事も黒田さんや私に任せると言ってましたが何してたのですか?」
何と言われても大学の友人とかと遊びに行ってただけだが……ふむ。
「デートに行ってた」
つい冗談を言ってみたくなった
何か問題でも?というようにドヤ顔で雪を見る。
「つまらない冗談は嫌いですよ?」
漆黒のオーラを発する雪さんが居ました。
「あの……友人に誘われて遊びに行ってました……はい」
何この子悪魔みたいなんですけど……。
「ふふっ」
そんな僕達のやりとりがお気に召したのか少女が笑みを漏らす。
「やっぱお母さんとお父さんみたいだ」
「付かぬことをお聞きしますがご両親は?こんな時間まで帰らないとご心配されるんじゃないでしょうか?」
敢えてそこに踏み込んで行くのか!?
無意識なのか敢えてなのか……いや、こいつの性格上遅かれ早かれ聞きそうだったけど。
「あ……えっとお母さん達は事故で……今は一人暮らしだから心配されるって事はない」
「あの……ごめんなさい」
「別にだいじょうぶ……だよ?」
事故か……室内の空気が重くなったな。
「失礼します 生ビールをお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
部屋の空気が重い事は雪に丸投げをして僕は酒を飲む。
思わずあ〜この為に生きてるなとオヤジ臭い事を言ってしまいそうだった。
疲れた体には染みる。
「そ、そういえば!太田さんは何かペットでも飼っているんですか?」
「うん!黒狼って犬と白虎っていう猫飼ってる」
「そうなんですか!」
あっネーミングには触れないんだな。
「写真……見る?」
「はい!」
雪はペットの話をし出すと凄く元気になるんだよな。
無類の動物好きで小学生の頃と夢は動物愛護団体に入る事だったらしい。
にしても二人で仲良く携帯を見ている姿はどっからどう見ても姉妹にしか見えないな。
「こちらが最近飼い始めた猫の白虎です」
次の瞬間、携帯を見ていた雪が固まった。
どうしたんだろ?
「僕にも見せてよ」
「うん……!」
携帯を見て察した。
写っているのはグレーの猫。
身体には特徴的な模様がある。
この少女の飼い猫こそ僕等の探しているスイだった。
「どうするかね……」
思わず声が漏れる。
まあ、どうにかなるだろ。
そんな楽観的な事を思いながら僕は酒を飲み干した。
い、生きてますよ……?
次話は出来るだけ早く投稿したい……。