依頼
遅筆をどうにかしたい……。
二月中旬の正午。カウンターでコップを磨いていると一人の男性が狼狽した様子で店に入ってきました。
この喫茶店の常連の一人であり眼鏡が似合うダンディーなおじさんこと柴田家政さんです。
「す、すまない 立花ちゃん 最上君に連絡を取ってくれないだろうか……」
肩で息をする柴田さんにお冷を出し理由を尋ねます。
「猫探しですか?」
「ああ、二日前に私の家の猫が脱走をして戻ってこないんだ」
柴田さんは愛猫家です 豪邸と言える一軒家で沢山の猫を飼っていて私と夕も何度かお邪魔させてもらった事があります。
「あの子 まだ二回ぐらいしか外に出たことがなくて出てもいつもすぐ帰ってきて居たのに二日も帰ってなくて……保健所や警察にもちゃんと連絡したけど見つかってないようで」
「では何故、夕に?」
「ああ、最初は探偵を雇おうと思ったが最上君だとバイトと言えば探偵以上に一生懸命探してくれそうだからね」
確かにあの馬鹿だとそう言えば誰よりも一生懸命になりそうですね。
「馬鹿にも使えるところがあったというわけですか……」
「失礼だな」
「きゃっ!」
後ろにいつの間にか夕が立っていました。
成る程……これが噂をすれば影という事ですね。
「どこから入ってきたんですか?」
「裏口だ 驚かそうと思って黒田さんに頼んだら入れてくれた」
奥から黒田さんが手を振っている。
これは後でお仕置きが必要ですね……。
「っで何の話をしてたんだ?」
「いいところに来てくれたよ 最上君」
「ダンディーさん……じゃなくて柴田さんどうしたんですか?」
ダンディーさん……少し良いかも知れません これから心のなかではそう呼ばせてもらおうと思います。
「いや、うちの猫が脱走して帰ってこないんだ 見つけてくれれば少しばかりお給料も出そうと思ってるんだがどうだい?」
「別に給料なんて要りませんよ 柴田さんにはお世話になってますし猫探しぐらいやりますよ」
夕は笑いながらそう言います。
その言葉を聞いて反射的に夕の額に手を伸ばしてしまいました。
夕の口から給料が要らないという言葉が出てくるとは驚きです。
柴田さんも唖然とした表情で夕を見ています。
金と労働と眠気で構成されてるような人間から出る言葉とは思えません。
「雪 何してるんだ?」
「いや、熱でもあるんじゃないかと」
「そんなに僕が見返りを求めない事が不自然?」
「不自然です」
即答しました。
「即答か……第一、猫探しぐらいで金を要求する方が駄目だと僕は思うけど」
「猫探しぐらいでお金を要求するのが貴方です」
「お前の中での僕のイメージがよく分かったよ」
本当に心配になってきました。
「何かあったんですか?」
その言葉に夕さんは深くため息をつきました。
やはり何かあったのでしょう。
「聞いてくれるな」
その夕の物言いに一人の男性を思い浮かべました。
天童 愁さん。
私達と同い年の青年で夕とは犬猿の仲でした。
彼にあって口喧嘩でもしてきたのでしょうか?
「天童さんですか?」
「……ああ」
少し間を置いて夕が頷きました。
「ばったり会ってね」
「それで少し様子がおかしかったのですね」
「ああ、うん そうだね」
夕がバツの悪そうな表情をしています。
「どうかしたのですか?何か言われたとか」
「いや、そういうのじゃなくてね……まあ、気にしないで」
右目に手を当てながら夕がそう答えます。
右目に手を当てるのは夕が何か隠し事をしている時の癖です。
気になります。
「何を隠しているのですか?」
「別に聞かせるような事じゃないからね」
「そろそろいいかい?」
私が夕からしつこく聞き出そうとしていると戸惑ったような声がしました。
……ダンディーさんの存在をすっかり忘れていました。
「いやあ、二人だけの空間を作ってたからね 声が掛けづらかったよ」
「す、すいません」
「いや、別にいいさ 最上君引き受けてくれるかい?」
「はい 大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「おっとそうだこれを渡さなくちゃ」
そう言うとダンディーさんは写真を取り出しました。
「名前はスイって言うんだ いつもは私の家の周りを軽く散歩して帰ってくるんだがね……」
グレーの猫が写っています。
アメリカンショートヘアでしょうか?
夕はそれを受け取ると鞄の中へ入れます。
「ところで最上くん本当にお給料の話はいいのかい?」
「はい 大丈夫ですよ 柴田さんにはお世話になっていますからね 絶対に見つけ出します」
「そうか ありがとう 私も手伝いたいんだが仕事が忙しくてね ごめん」
ホッとした表情でそう言うとダンディーさんは帰って行きました。
「夕 直ぐ行くのですか? もう少ししたら父が帰ってくるのでそれからなら私も手伝えますが」
この喫茶店はお客こそ少ないが常連客はある程度います。
父はこの喫茶店を存続させたく働いています。
「いいの?仕事終わりだし流石にあの筋肉マンのおっさんでも疲れて帰ってくると思うよ?」
「大丈夫です 身体を動かす仕事はしてませんし昨日も帰ってきて常連客との親睦を深めると言って無理矢理カウンターに立つ始末 ゆっくりするという事を知らないんでしょうかあの馬鹿は」
「分かった分かった途中からただの愚痴になってるぞ」
あ……これは失敬 本音が漏れてしまいました。
「でどうしますか?」
「流石におっさん一人だけでは……」
「黒田さんも黒田さんの友人の竹中さんも居るので大丈夫です」
「じゃあお願いしようか」
やっと頷きましたか。
どうせ僕が受けたんだし他人に付き合わせるのもなとでも思っているのでしょう。
「じゃあ僕は適当に聞き込みしてくるからまたあとでメールでも電話でもしてきて」
「はい!」
「私も手伝いましょうか?」
夕が出て行った後、黒田さんが声を掛けてきました。
「いえ、貴方には仕事がまだ残ってるでしょ?サボろうとしたってそうは行きませんよ?」
「わ、分かったっす!」
「それと部外者ではないものの店員ではない者を勝手に入れた説教もしないとですね……」
お仕置きの時間です。
「か、勘弁して下さいっす〜」
色々おかしなところがあったので修正。