出席番号3番 イイヅカ マサト
イイヅカは、ホンダと同じ高校に進み、中学と高校で同じサッカー部だった。
そのホンダが幹事をやるということで、イイヅカは同窓会の運営の手伝いを申し出た。
イイヅカには、3歳になる息子がいる。
妻が妊娠してからは、ホンダと会う機会がめっきり減っていた。
それまでは、妻も含めてホンダ夫婦と4人で出かけたりもしていたのだが、子育てが忙しくなると、付き合いもほとんどなくなっていた。
「マー坊、スエマタとムカイが帰るって。あと何人きていないかな。」
ホンダが、イイヅカに尋ねる。
男子は、久しぶりに会っても、昔のあだ名で呼び合っていた。
20半ばにもなって恥ずかしい呼び名ではあるが、懐かしい気持ちになる。
嫌な気はしない。
「あと男子が2人。ナカムラとヒムロだ。
それで、せっかく来たのに、2人はどうして帰るんだ。」
「何か占いで『同窓会で2人死ぬ』っていう予言が出たんだと。
くだらない話だよ。
女っていうのは、なんで占いなんてくだらないものを信じるのだろうな。
それよりも、悪いけどナカムラとヒムロの2人に、あとどれぐらいで着くか連絡してみてくれ。
すでに15分遅れているから、すぐに頼むよ。」
ホンダに言われて、イイヅカはすぐにヒムロのケータイへ電話した。
電話に出たヒムロは、電車で向かっている最中だった。
あと30分はかかるようだ。
ヒムロは、すぐに追いつくから、先に出発していてくれというので、目的地とイイヅカたちが進む予定のコースを伝えて電話を切った。
イイヅカは、ホンダにヒムロとの会話の内容を伝えた。
ホンダは、バラバラになっていた集団を誘導する。
駅を出てすぐのところにある大きな地図の前で、これから向かうコースの説明を始める。
予定では、基本的に全員でのんびりと登るだけだ。
山登りといっても子供でも老人でも問題ないような散歩コースとなっている。
ケーブルカーで登ればあっという間だが、今回は徒歩で登る。
それでもジーパンにスニーカーで十分なコースだ。
コースはいくつかに分かれているが、最終的には同じ頂上に辿り着くし、途中で合流したりもするようになっていた。
目的地は頂上ではなく、山の上にある有名なお寺だった。
そこなら、何かあってもケーブルカーの終着駅が近い。
この暑さにバテて、頂上に辿り着けなくても、そこなら誰でも辿り着くことはできそうだった。
すでに午後3時をまわって、陽はゆっくりと傾き始めていた。
そろそろ気温も下がってくるはずなのだが、うだるような暑さが続いている。
立っているだけで汗が噴き出てくるほどだ。
簡単なコースの説明が終わると、ホンダが先頭に立って出発した。
ここからは、基本的に自由行動だ。
好きなコースに行くもいいし、ケーブルカーに乗ってしまうのもアリだった。
とにかく待ち合わせの時間までに寺にいればいいのだ。
だが、せっかくの同窓会。
遠足気分の参加者たちは、昔を思い出すかのように、団子になって歩き出した。
ホンダのすぐ後ろを歩くイイヅカは、学生時代の校外学習を思い出していた。
あのとき、何度も担任の先生に怒られた。
それでも、列が正されることなかった。
みんな団子になって歩いた。
何の話をしていたかなんて覚えていないが、あの頃は誰といても話題が尽きなかったし、何をしても楽しかった。
今では、妻との会話は子どものことぐらいしかない。
それ以外にこれといって話すことがないのだ。
妻のことは今でも愛しているし、家庭も大切だと思う。
子どもの成長を見守る生活も楽しいと感じている。
しかし、あの頃に感じていた楽しさとは、何かが違っていた。
しばらく歩くと、名物の団子屋の前を通り過ぎた。
イイヅカとホンダの会話は、あまり弾んでいなかった。
振り返って後ろのメンバーを眺めては、ちょっとした昔話をする程度だ。
後ろの方では、まだ何分も歩いていないというのに、早くも一団は長く延びていた。
いくつかのグループに分かれ始めている。
どうやら名物の団子屋に足を止めている者が多くいるようだ。
「マー坊、シュウトは元気か。」
突然、ホンダはイイヅカに息子のことを尋ねた。
「3歳になって遊び盛りってヤツだ。
落ち着きなく動きまわるから、目が離せないよ。
そういえば、お盆休みに実家に帰ったら、母ちゃんが中学のときの試合のビデオ流してよ、それを見てからシュウトのやつサッカーを始めたよ。
まだドリブルもまともにできないで、ただボールを蹴るだけだけどな。
それでよ、悲しいことに父ちゃんのオレじゃなくて、お前に憧れちまっているのよ。
だから、今度シュウトにドリブル教えてやってくれよ。」
「中学時代か、オレの全盛期だな。
ボールを持って抜けないと思ったことはなかった時代だよ。
オレが教えたら日本代表も夢じゃないかもな。」
「確かに、リョウはすごかったよ。
3人がかりでマークされることもあったもんな。
ボールが渡ったら止められないから、パスを通さないように相手も必死だった。
でも、なぜか素人のヒムロだけは、めったに抜けなかったよな。
あんな野球部のサッカー素人を、スーパースターのリョウが抜けないというのも、何とも不思議な光景だったよ。」
「ヒムロはしつこい。
スッポンみたいに前から離れないし、フェイントに引っ掛かっているのに、反射神経だけで足出してボールに触れてくる。
そのせいで、キープするためにスピードに乗れなくて振りきれないから、またくっついてくる。
ヒムロとは遊びで小学生の頃からサッカーやっているけど、昔から天敵だよ。
さらにムカつくのが、ドリブルもまともにできない下手くそのくせに、センタリングだけは上手い。
あの絶妙にカーブをかけたセンタリングが、欲しいところにくるものだから、気持ちよくスカッと打てる。
ヒムロとは、よくサッカーやったな。」
「リョウとヒムロって絶対に合わなそうなのに、何か仲いいよね。」
「仲よくねぇよ。ヒムロは生意気でムカつくし。」
「いやいや、リョウの方が尖がっていたじゃん。
ヒムロって普通なのに、リョウにタメ口だったよな。
クラスの他のヤツらなんて、オレたちに敬語遣うのばっかりだったけど。
ムカつくとか言っているけど、ヒムロのセンタリングでリョウがシュートを決めると、2人で抱き合っていたじゃん。」
「抱き合ってねぇよ。ヒムロが勝手に抱きついてくるだけだよ。
まぁ、確かに昼休みによくクラスの男子全員でサッカーやったけど、オレたちに気を遣っているヤツら多かったな。
でも、強制的に参加させていたところはあったが、試合を始めちまえば、そんなもんも関係なく、ガチでやっていただろ。」
「あれは楽しかったな。部活とは違って純粋に楽しい遊びだった。」
「何かサッカーやりてぇな。
アレから一度もボール蹴っていないけど、お前らとならサッカーやりてぇな。」
「アレから一度もやっていないのか。
もう8年ってところか。最近じゃフットサルも流行っているし、このメンバーでフットサルチームでも作るか。」
「大会よりも、あのただ蹴っているだけのサッカーがいい。
一度、河川敷で夢中になってやっていたら、2時間もぶっ通しでやっていて、次の日みんなひどい筋肉痛になったことあったな。
次の日に理科室に移動するとき、階段がキツくて、階段でみんなヘタって遅刻したっけ。」
懐かしい記憶が甦る。
中学3年生のクラスは、決して仲がいいわけではなかった。
話が全然合わないクラスメイトばかりだった。
公立中学となると、頭の良し悪し、育ちの良し悪しは関係なく、ごちゃごちゃと混ぜ合わされたクラスだ。
当然、気が合う仲間は限られてくる。
しかし、サッカーをやっているときは、一緒に楽しめた。
ただの遊びなのに、みんな熱くなれた。
嫌々参加させられていたヤツも、結局夢中になっていた。
部活でやるサッカーも真剣だったが、それは冷めた熱さだった。
そこでは、ワクワクするような熱さは、感じられなかった。
イイヅカとリョウは、昔話をしている内に、そのときのワクワクが胸に甦ってきていた。
いつの間にか、イイヅカとリョウは、自然と会話が弾み始めた。
昔していたような実の無い会話を、2人はどうしようもなく楽しく感じていた。