出席番号1番 アイザワ アイ
実家で暮らす独身OLアイザワのもとに、一通の手紙が届いた。
封筒の裏にある差出人の名前を見ても、それが誰なのかアイザワには、すぐにピンとはこない。
ハサミで封筒の端を切る。中には、一通の案内状が入っていた。
~卒業10周年記念 3年2組同窓会のご案内~
拝啓 皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、本年は我々が卒業をして10周年という節目の年を迎えます。
これを記念して、3年2組の同窓会を左記のとおり開催する予定でございます。
つきましては、皆様お誘い合わせの上、ご参加いただきたく、お願い申し上げます。
なお、本会は青春の日々を鮮明に思い出せるよう、遠足風の趣向となっております。
着飾らずに昔の面影が残る姿でご参加ください。
皆様の懐かしい姿に出会えることを楽しみにしております。
敬具
記
1.日時
開催日 8月××日
1次会:登山 集合場所××駅改札口付近 15時集合
2次会:飲み会 ビアガーデン×× 18時開始 20時終了予定
2.服装
遠足にふさわしく、昔のイメージに合う服装
※スーツやドレス厳禁・制服歓迎
3.持ち物
登山参加者:飲み物・お菓子300円以内 ※バナナは含まれません
飲み会参加者:会費4,500円 ※会場にて回収致します
準備の都合上、お手数ですが7月1日までにメールまたは電話にて出欠を
お知らせください。
平成××年6月6日
幹事 本田 遼
TEL ×××(××××)××××
Eメールアドレス ××××@××.CO.JP
以上
案内状の後ろには、クラス名簿が一枚あった。
片仮名で書かれているので、名前が読めないことはなかったが、フルネームを口にしてみても、どんな人物だったのか、何も思い出せない者が何人かいた。
【3年2組クラス名簿】
出席番号1番 アイザワ アイ
出席番号2番 アオキ マキ
出席番号3番 イイヅカ マサト
出席番号4番 エンドウ サヤカ
出席番号5番 オオタ タロウ
出席番号6番 オガワ ナオト
出席番号7番 キウチ サナエ
出席番号8番 クドウ ユキ
出席番号9番 サイトウ アオイ
出席番号10番 スエマタ クミ
出席番号11番 スズキ タクヤ
出席番号12番 セガワ カレン
出席番号13番 ソメヤ ユウタ
出席番号14番 チバ セイジ
出席番号15番 トリヤマ アツシ
出席番号16番 トヨタ ユウ
出席番号17番 ナカムラ コウジ
出席番号18番 ヒムロ ゴウ
出席番号19番 フセ ミユキ
出席番号20番 フルタ リエ
出席番号21番 ホシノ ユリ
出席番号22番 ホンダ リョウ
出席番号23番 マカベ リン
出席番号24番 ミカワ スミレ
出席番号25番 ミナガワ サエ
出席番号26番 ミヤタ シン
出席番号27番 ムカイ カナ
出席番号28番 モリヤ レイコ
出席番号29番 ヤマダ コウ
出席番号30番 ヤマモト タツヤ
出席番号31番 ヨシダ シン
出席番号32番 ワタナベ ユウコ
案内状を読み終え、クラス名簿に一通り目を通すと、ぼんやりとだけど昔のことが思い出されてくる。うっすらではあるが、差出人のホンダの姿も思い出してきた。
運動神経がよくて、サッカー部では花形選手だった彼がホンダだった気がする。
確か……
背が高くて、顔も整っていたけど、頭は悪かった。オレ様キャラなところがあったけど、それが許されるオーラを持っていて……
やたら女の子にモテて、ファンクラブのようなものまであった気がする。
アイザワの頭に、ホンダのイメージがポンポンと浮かんできた。
しかし、ホンダの雰囲気は思い出せるのだが、顔が思い出せない。
ホンダとは成人式の日に会っているはずだが、どうしても頭の中に浮かんでくるのは、中学校の教室の中の光景だった。
何人かの男子が集まっている窓際の席で、ホンダは机の上に座り、ひとり高いところにいる。逆光で顔はハッキリしないけど、白い歯を出して微笑んでいる。そんな光景だ。ホンダの学ランの前は第2ボタンまで開いていて、中から真っ赤なシャツが覗いている。
そんな細かいところがわかるのに、肝心の顔が思い出せない。
う~ん。
やっぱり、興味がない男の顔メモリーは自動消去されてしまうものなのかなぁ。
と、しみじみ感じる。
ホンダがファンクラブのようなものがあるほどモテいても、アイザワにとっては、それほど興味を惹く存在でなかった。
当時のアイザワには、不良ぶっている男子たちが、ひどく子供っぽく見えた。
蔑むほどではないが、できるだけ関わりたくないと感じていた。
サッカー部は、少し荒れた感じがあって、不良の集まりといっても大げさではない集団だった。
だから、サッカー部の中心にいたホンダは、他の女子からどんなにモテていようが、アイザワにとっては、恋愛対象にならなかったし、むしろ関わりたくない男子の代表格だった。
案内状を読み終えると、ベッドの上で寝転びながらアイザワは、そんなことを思い出していた。
枕元に置いていたケータイを手にすると、案内状を片手に同じクラスだったマカベに電話する。
3年2組のクラスメイトで、いまだに連絡を取り合っているのは、マカベとワタナベの2人だけだ。
アイザワは、同窓会に参加するか相談するためにマカベに電話したはずだったのだが、電話をすると取り留めもない話ばかり弾んで、同窓会の話など、すっかりどこかへ飛んでしまっていた。
ずいぶんと話し込んだ末に、やっと同窓会の件を話題にあげるとマカベがワタナベにも聞いてみようというので、久しぶりに3人で会うことにした。
マカベは、一度電話を切ると、すぐにワタナベと連絡を取った。
早速、次の土曜日に都内で合うことになる。
25歳独身OLの3人が揃うと、話は弾む。
しかし、その内容は本題から外れる一方だ。
ファミレスで、あっという間に3時間が経つのに、同窓会の話など、まったく触れもしない。
そのまま店を出ると、今度は雑貨屋を何件かまわり、可愛い小物などを何点か購入する。
日が暮れかけたところで、少しオシャレな飲み屋に入った。
お酒のお代わりを注文したところで、やっと話題は同窓会に参加するかどうかという、集まった趣旨の内容に入れた。
「もう同窓会って歳になったのね。
最後に集まったのって成人式の日でしょう。
あれから5年も経つなんて、これじゃああっという間におばさんになっちゃうわ。」
マカベがしみじみと言う。
アイザワとワタナベも25歳という微妙な年齢を意識せざるを得ない。
少し前なら25歳は結婚適齢期というやつだったらしい。
今では晩婚化が進んでくれているおかげで、独身OLで実家にいても堂々としていられる。
もちろん、親は早く嫁に行けと言う。
しかし、このご時世にお見合いというのは、どうも乗り気になれない。
2か月前に、アイザワはマカベ、ワタナベと一緒に合コンに参加した。
マカベがセッティングしてくれたのだが、3人ともヒットなし。
知らない男の人と話すのは新鮮で楽しかった。
しかし、付き合ってみたいという男とは出会えなかった。
アイザワ、マカベ、ワタナベは、年齢イコール彼氏いない歴という記録を更新中だ。
どこまで記録は伸びるのだろうか……。
アイザワは、自分と付き合う相手のイメージが全然浮かばない。
まして結婚の相手となると……
そもそも結婚生活って何だという哲学的な迷宮に入ってしまう。
だけど、考えずにはいられない。
最近は合コンの誘いがめっきり減った。
25歳という年齢は、もう賞味期限間近なのだろうか……。
いやいや、まだ大丈夫なはずだ。
理想の王子様などと贅沢なことは言わない。
運命の相手でなくてもいい。
世の中の半分はオスなはずなのに……。
どうして自分の前には、手頃な男がいないのだろう。
と、この理不尽を誰かに訴えたくなる。
口には出さないが、マカベとワタナベも同じようなことを考えていた。
「他の子たちと全然連絡を取っていないからわからないけど、結婚しているのが、けっこういそうだよね。
少なくても25歳なら彼氏ぐらいいるのだろうな。
私たち3人ともフリーじゃん。なんかプライベートの話題になるのが怖い。」
アイザワが言うと、マカベとワタナベが大きくうなずく。
「結婚して、ブクブク太ってくれていたりすると、ああなりたくないって言えるけど、結婚してキレイになって幸せそうだったら、嫉妬ではらわたが煮えくり返っちゃうかも。」
マカベが、冗談とも本気とも取れる感じで言う。
「成人式のときの様子だと、うちの男子に期待はできないよね。
それに当たりがいても、どうせ結婚しているか、彼女がいるのだろうし。」
アイザワが、残念そうに言う。
「でも、普通の同窓会とは違うみたいじゃない。
登山するのでしょう。
それなら、いざとなれば昔の遠足の話とかで話題をすり替えるのも手よね。」
ワタナベが苦笑いして言う。
「そう言えば、幹事のホンダ君って、ユウコの幼なじみで、ユウコが好きだった人だよね。
もしかしたら同窓会がきっかけで付き合っちゃったりして。」
マカベは、嬉しそうにワタナベに声をかける。
「ホンダ君、結婚したよ。同じクラスだったクドウユキと。」
ワタナベが、ボソリと言った。
アイザワとマカベの表情が固まる。
そのまま、何となく同窓会の話題に戻れなくなり、結局2時間ほど全然関係のない話題で盛り上がった。
「こうなったら神頼みならぬ、占い頼みといこう。
同窓会に参加すべきか占ってもらおうよ。」
デザートを食べながらマカベが言う。
そもそも、アイザワ、マカベ、ワタナベの3人が集まって話し合っても、何かの結論が出る可能性は低かった。
よく話はするのだが、何か答えが出るようなことはない。
話すことに満足してしまい、いくらでも話は続くのだが、話はどんどん核心から離れるのが関の山だ。
極端に表現すると、話の内容などはどうでもよくて、どれだけのワード数が口から出るかで、満足度が決まってくるような気がする。
このままでは、何時間経っても結論が出ないのは明らかだったので、アイザワもワタナベも異論はなかった。
飲み屋を出て、よく当たると噂になっている占い師のところへ向かう。
そこは通路にパーテーションで区切っただけのスペースが並んでいる場所だった。
その狭い各スペースにテーブルとイスが置かれ、見るからに怪しい占い師が座っている。
ずらっと並ぶ占い師たちの前を、マカベはズカズカと迷わず進み、目当ての占い師のところの前で止まった。
ワタナベを占い師の前に座らせると、アイザワとマカベは、その後ろに立つ。
「私たちにいい出会いはあるかしら。
いい女が3人揃ってフリーなんておかしいでしょう。
私たちの前に素敵な男性が現れて、その人の子どもを産むのっていつになるの。
最近、親が早く孫の顔がみたいってうるさいのよ。
それには、出会って、付き合って、結婚という段階を踏まなきゃいけなくて……。
とにかく、課題が山積み過ぎて、酒でも飲まないとスッキリ眠れないぐらい悩まされているのよ。
だから、希望の光を見せてちょうだい。」
マカベは、当初の目的であった同窓会のことなど忘れたようで、酔った勢いでワタナベの頭の上から占い師にまくしたてる。
「あなた落ち着きなさい。
そうやって口から運気も婚期も逃げていくのよ。
何を占えばいいのかしら。恋愛運でいいのかしら。」
老婆が、すっぽり被ったフードの中から鋭い目を向けて言う。
老婆は、黒いローブのような服装で、指には大きな宝石の付いた指輪をしている。
爪は真っ黒に塗られ、手は干からびているかのようにカサカサだ。
まるで、絵に描いたような魔女の姿だった。
「私たちは、あるイベントに参加するかを悩んでいるのです。
どうしたらいいか教えてください。」
アイザワは、当初の目的を占い師に告げた。
「私たち占い師は神ではないので運命を定めたりはしない。
ただ可能性の話をする。
今の状態から推測される運命のシナリオを垣間見るだけ。
運命は本人の選択によって左右される。未来は何も確定していない。
それは、これから起きることだから。
つまり、占いは助言でしかない。
それを聞き入れるか、入れないかで未来は変わるかもしれない。」
占い師は、諭すように静かに言う。
「もったいぶってないで、さっさと占いなさいよ。
そんな外れたときの言い訳みたいなのは、聞きたくないわ。」
マカベが、早口で言う。
「ほれ、婚期が逃げていくぞ。
そうだな、先の短い私は、さっさと仕事を終えてしまいたい。
お前さん、手を出しなさい。そしてこれをギュッと握って、知りたいことを強く頭に浮かべなさい。」
占い師は、正面に座っているワタナベの手を取る。
そして、ワタナベの手に何かの骨のような破片をいくつか握らせた。
そのまま、握ったワタナベの右手を占い師は両手で包むようにして覆う。
ワタナベは目をギュッとつぶる。
占い師に言われたとおりに、念じているようだ。
「握った手を広げて、落としなさい。」
占い師は、覆っていた手を離しながら言う。
カラカラカラカラ。
ワタナベの右手から骨のような破片が音を立てて落ちた。
占い師は、その骨のような破片をジッと見つめる。
重たい沈黙が漂った。
占い師は、急に顔を上げると、ワタナベの顔に自分の顔を近づけジロジロと見る。
しばらく、そのまま観察する。
緊張して身動きできないワタナベと、そのワタナベの顔をジロジロ見る占い師。
アイザワとマカベは息を殺して眺めていた。
何かただならぬ雰囲気が漂っている。
占い師は、ワタナベから視線を外す。
どっしりと座り直す。
そして、足元から布に包まれた水晶玉を取り出した。
「これは、普段は特別料金を支払った特別な客にしか使わないのだが、今日は特別だ。 3人分の通常料金だけで勘弁してやろう。」
「ちょっと、それはボッタクリでしょう。
それに今の占いの結果だって教えてもらっていないし、人をバカにするのも、いい加減にしなさいよ。」
マカベが、興奮気味に抗議する。
「不確定な未来を垣間見る占い師として、いたずらに不安をあおるようなことは言わないようにしているのだが……そこまで言うのなら教えよう。」
妙な間が重たく感じる。
「その子が握った運命からは、『死』が出た。
それも古き知人の死。親族でもなく、身近な人間でもない。
それから推測されるのは、同窓会といったところだろう。
だが、難しいのは、それは同窓会が原因なのか、たまたま同窓会に参加した誰かが死ぬのか、同窓会が中止されれば逃れられるかはわからない。
ただ、その子が握った運命からは『死』が見えた。
それも、運命としては強い力を感じる『死』だ。
俗にいう『逃れられない死』というものだ。」
ここまで言って、占い師はノドを湿らすように唾を飲む。
アイザワ、マカベ、ワタナベは、ポカンと口を開けて、占い師の言葉を理解しようとする。
「しかし、さっきも言ったように未来は何も確定していない。
だから、何か助言をしてやれないかと、こうやってもう少し占ってやろうというのだ。」
占い師の言葉は聞こえたが、どう解釈すべきだろうか。
衝撃的すぎて、どう反応してよいのかわからない。
占い師の言葉に、マカベの酔いもすっかり醒めてしまったようだった。
「あなたの言うとおり、私たちは同窓会に参加するか迷っていました。
おつりはいいので、助言をください。
これで何も起きないで済むのなら安いものですし、何も起きなければあなたのおかげということにしておくので、今の予知が外れたことを責めたりもしません。」
アイザワは、1万円札をテーブルの上に置いて言った。
アイザワは、笑ったつもりだったが、顔が引きつってうまく笑えなかった。
占い師は、テーブルの上に置かれた一万円札を受け取ると、水晶を覆った布をゆっくりと広げる。
薄暗い 照明の光が水晶の中へ吸い込まれ、虹色の光が怪しく濁るように漂う。
占い師は水晶をしばらく眺めていた。水晶に顔を近づけた状態で固まる。
3人とも息を殺して、占い師の次の言葉を待った。
「2つの死が見えたが、それはすでにある力によって定められつつある。
助言を授けるとしたら、同窓会に行くべきだろう。
なぜなら、行っても行かなくても死に分かれるのであれば、悔いが残らないように、再会の機会を楽しむべきだろう。
人間いつかは死ぬのだから、いたずらに死を恐れずに、限られた時間と機会を大切にしなさい。」
「つまり、死は絶対に避けられないということなの。」
アイザワは、間髪入れずに占い師に尋ねた。
「何度も言うが、絶対の運命というものはない。
数々の選択とあらゆる事象の積み重ねの上に未来は生まれる。
だが、導かれやすい未来というものがある。
今回の結果は、かなり導かれやすい未来として出た。
それでも、確定しているわけではない。」
占い師が、諭すように言う。
「つまり、『同窓会で2人死ぬ』。
それは中止しても避けられない可能性が高いということでしょ。」
マカベが、強い口調で言う。
「見えたのは、近い将来に会う古き知人たち。
そして、その中に2つの死。」
「行くわよ。こんなヘボ占い師の言うことなんて信じられないわ。」
マカベは、怒気を含んだ口調で言うと、座っているワタナベの手を引いて立ち去った。
アイザワは、占い師が悪意を持っているようには、感じられなかった。
申し訳ない気がして、軽く占い師に会釈をすると、マカベたちの後ろに続く。
「授けた道しるべ、助言を忘れるな。
人生は短い、機会を大切にして精一杯楽しみなさい。」
後ろから、占い師の言葉が聞こえてきた。