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なんだ、その尻は。いいえ、桃です。  作者: 天ノ川 こたろう
第一章:なんだ、その旅路は。いいえ、死活問題です。
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其の壱「四人のおバカ」

「ぷーかぷーかぷかぷーかぷかー」


 カモメの声が呑気に聞こえる海の上、プカプカと浮かぶスワンボートの中でわけの分からない鼻歌を歌うのはこの俺、ヲタ太郎だ。


 舟旅が始まってかれこれ一週間経った。そして……ようやく俺達はここまで来た。様々な苦難の末にたどり着いたんだ。


 もしかしたら人々には嘲笑の的にされるかもしれない。無駄なことをしていると揶揄されるかもしれない。そんなのどうだって良い。俺達は確実に前進しているんだ。前後左右どの方向だって良い。どこかへ一歩進む勇気を持ってるって、素敵なことなんじゃないかな?


 だから出発してからまだ三kmしか進んでいないのも決して悪いことじゃないと思うんだ。


 雄兒ヶ島とか影も形も見えないし……不思議だね、どうして全然進んでないのかな? 理由は簡単、漕ぎ手が猿吉だけだから。

 剛力の犬斗は、島民との戦いに備えてこの狭いスワンボート内で筋トレやってるし。秀才担当の雉夫は、何か分からない物を作ってるし。そしてこの俺は、働いたら負けだと思っているから絶対に代わってあげないんだからねっ!

 うん……これでも僕達お友達。


 だが一週間もこのちっさいスワンボートの中にすし詰めにされてると、さすがに気色悪くなってくる。

 ときたまガチムチ犬斗の汗が飛んできたり。ムキムキ犬斗の汗だくシャツが俺にくっついたり。ゴリゴリ犬斗のトレーニングの息遣いがうざくて眠れなかったり。


 だれか助けてください。


 こういった状況に狂喜する連中もいると聞くが……これ以上の詮索はよそう。吐き気がしてきた。

 とにかく俺は一刻も早くこの状況を脱したいわけだ。でも俺は漕ぎ手を代わるつもりはない。

 疲れるのはイヤでござんす。ゆるぎない信念ダイジネ。


「おいヲタ太郎お前、脂汗がすごい出てるぞ」


「あぁ暑いからな。お前がこの狭いボートでエキスパンダーなんかしてるおかげでね」


「この苦しい状況を乗り越えてこそイイ筋肉がつくからな」


「いやワケワカメ」


「お前もどうだ? その緩い体を引き締めないか」


 そう言って犬斗はキレキレな肉体で俺に迫ってきた。


「ええい! 寄るな触るな眼中に入るな気色悪い!」


 言っておくが俺は二次元美少女以外に興味は湧かない。目の前のエキセントリックな筋肉バカなどもってのほかだ。


「しかしこのままだと雄兒ヶ島に着くのはまだまだかかるピヨ」


 ここでようやく雉夫が口を開いた。


 雉夫は三日前から何かの制作作業を始め、ボートの隅で俺たちに背を向けて何かを造っていた。雉夫の集中力は凄まじく、話しかけても全く返事がなかった。

 久しぶりにまともな声を聞けたところから、どうやら作業が一段落ついたようだ。


「そうだね、この海域は潮の流れが結構あるから。それに漕ぎ手は僕だけ。全然進まないよ」


 猿吉は進行方向にまっすぐ向いてペダルを漕ぎながら愚痴をこぼす。口調はまだ穏やかだが、さすがに一週間漕ぎっぱなしの疲労もその声から感じ取れる。逆にずっと漕ぎ続けている猿吉にビックリだよ。


「一週間でこれだったら、泳いだ方が早いかもな」


「ぶっ、その発想はなかったっすわ」


 猿吉の後ろで冗談を言いながら俺と犬斗は大声で笑った。……が、


「…………ッ!?」


 操縦席の猿吉の背中から鬼人のごときオーラが見えた気がしたのですぐに黙った。ビビったわけじゃないよ、猿吉に集中させてあげたいがためだよ。

 だが……いつも穏やかで優しい猿吉も心身の疲労と空腹でやはり気が立っているみたいだな。


 ここで今の俺たちの食糧事情について少し話そう。


 俺はこの旅の食糧としてポテチと、飴ちゃんと、玄米を少しずつ持ってきていた。まあ完璧だな。


 次に猿吉は、さんま蒲焼き缶にツナ缶、他には携帯栄養食品を三個ずつ持ってきていた。まあまあの準備だ。だが……その缶詰めがどれも缶切りが必要なタイプで缶切りを持ってきていなかったため、結局のところ食糧となるのは携帯栄養食品だけだった。


 雉夫はトウモロコシ(粒のみ)と、生米(粒のみ)と、乾燥豆だけで無いよりマシという感じだ。


 最後に犬斗なんだが……自家製粉プロテイン×二十袋だけ持ってきて、水など溶かすものを持ってきていないというバカっぷりを披露してくれたよ。


 俺達は出発して最初の方こそ、遠足気分で各々の食糧(プロテイン除外)を出しあって食べていたが、五日もするとほとんど食べてしまった。

 それが一昨日の話になるのだが、それから今日までの二日間は残りの豆や玄米を少しずつ分け合って、粉プロテインもしぶしぶ食べた。凄く甘ったるくてモサモサした。


 それでも足りない時は、スワンの隅に刺さってたキノコを食べたりもした。

 お腹が痛くなったが、冷たい潮風にしばらく当たっていたからだろう。きっとそうだよ、うん。だがそのキノコさえもすぐに食べてしまった。


 つまり今は粉プロテイン一袋を残すのみで食糧は他にない。

 ……やばくね?


 そうこうしているうちに更に四日が過ぎた。


「できたあああぁぁぁぁぁあああピヨ!!」


 遂に雉夫は何かを完成させたようだ。


「おお、できたか……!」


 あれから潮の流れに揺られているうちにスワンボートが陸地から更に遠く離れてしまった。目的地に近付いたと思えば良いんだろうが生憎、食料も士気も今は底をついている。願わくば一度帰りたい。


 だからこそ、俺達にとって雉夫の発明だけが最後の希望だった。この状況に変革をもたらすことができるのは、もはやそれしか考えられなかった。


「ぉ……きじお……なにが……できたの……かい?」


 かすれた声で猿吉が尋ねる。


「はやく見せろよ! 俺がこの上腕二頭筋見せてやるからよ! グハハハ!」


「それはいらん」


 猿吉も潮の流れに流されまいと奮闘してくれたがかなわず、体力を奪われて動くどころか話すこともつらそうだ。

 もうみんな衰弱していた……約一名の筋肉バカを除いて。


「そ、それより早く発明品を……」


 (わら)にもすがるような気持ちで雉夫に発明品を見せるよう催促した。


「そうだそうだ!」


「あ……みんな……ほら見て……お花畑が見えてきたよぉ……ふふふ」


 俺達は期待の目で雉夫を見た。それに雉夫は答えるかのようにニヤリと目を光らせる。


「いいか……この数日間かけてスワンの上で完成させた俺の作品をその目に焼き付けるピヨ……」


 俺達は渇き切った口の乏しいつばをごくりと音を立てて飲み込んだ。


括目(かつもく)せよぉッ!」


 勢い良く雉夫は白銀に輝くそれを突き出した。


 そう、ただのロボットプラモデルを。


「これが……これが俺の最高傑作、機甲紳士・前田ギャラクシープラモだピヨォォオオオ!!」


 スワンボート内に冷たい潮風が吹き抜ける。


「ん? お前達どうしたピヨ?」


 その後、雉夫が俺達によってボコボコにされたのは言うまでもない。

 蒼く広大な海原に、カモメの甲高い鳴き声か、人間の断末魔か何かが響き渡っただけだ。

 雉夫の行方は誰も知らない。


 完。




 ……と言う冗談はさておいてだ。

 俺は雉夫をとっちめた。けちょんけちょんのボッコボコのべろんべろんとまでは行かないが、まぁ熱意のあるお仕置きをした。そしてラストに……


「右ストレート!」


 俺は蹴った。凄く蹴ったよ。うん蹴った。かーん! と金属の衝撃音が響き渡る。


「ピヨォォオオ! 俺のプラモがあぁぁぁあ!」


 五秒後、雉夫のプラモデルは美しい放物線を描いて静かに着水。


「「ナイッシュー!」」


 犬斗と猿吉が労ってくれる。フフ、悪くないね。そして隣で茶髪を振り乱して狂乱する男の絶叫虚しく、プラモデルは海の藻屑となった。合掌。


「……クックックワックエックオッピヨ」


 と思ったその時、雉夫が奇妙な笑い声を発し出した。え、怖い。

 そしてポケットから取り出したのは携帯端末。画面をいじるにつれて雉夫の笑い声はさらに大きくなって……ヤバイ、引くわ。


「コッケェコッコッコッコォォオオ! この俺を甘くみるなよおぉおピヨ!!」


 そう言うと雉夫は端末を高速で操作し出した。それも両手で。目つきやらなんやら軽く危ない気がする。


「……って、なんだなんだ!?」


 前田ギャラクシーが沈んだ辺りのところの海面がうねり始めた。


「ね、ねぇ犬斗……」


「あぁ、まさか……」


 俺達が驚いている間もなく、何かが周囲の海水を巻き込みながら飛び出してきた。


「うそ…………だろ?」


 そう、前田ギャラクシーだ。


「「「ほけぇ」」」


「戻れ! コスモブレイン!」


 え、何その名前かっこいい!?


 呆気にとられているうちにコスモブレインと名付けられたプラモデルは、空中を自在に飛び回り、最後に宙で環を描いてスワンに着地した。

 真夏の大空を飛び回って、充分に乾いたコスモブレインを手に取り、雉夫は俺達に言った。


「ぷぎゃあぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ! 俺がプラモデルごときに一週間かかるはずないわぁぁぁあああああああ!」


「天誅!」


「パセリィッ」


 俺は狭いスワンの中で美しく跳躍し、雉夫に強烈なドロップキックをお見舞いした。

 どむっ! と鈍い音をたて、二秒後に雉夫は大きな音と水しぶきと共に着水。


「「おっけーおっけー」」


「いえすっ」


 二人の声援に俺はガッツして応えた。どこからかピヨピヨ聞こえるが、おそらく空耳だろう。


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