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なんだ、その尻は。いいえ、桃です。  作者: 天ノ川 こたろう
プロローグ:なんだ、その青年は。いいえ、オタクです。
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其の零「はじまり」

『───東暦一九〇〇年、科学技術革命の失敗が招いた、経済的大不況が日本を直撃。とてつもなく強烈なスタグフレーションが襲い、日本の経済と治安は荒廃の限りを尽くす。だが、その後の周辺国の援助によりやがて国内は安定。徐々に復興の兆しが見えるようになっていった。


 ───東暦一九二五年、日本で超高度な医療改革が起こる。世界中の国々がその技術を求めて行くうちに経済が発展。そしてしだいに日本は豊かな暮らしを取り戻して行った。驚くべきことは医療改革によって将来、日本人の平均寿命が二〇〇歳を超えるだろう、と推定されたことだ。更にその副産物として、ごく稀にだが、赤や青、緑などと言った特殊な色の髪を持った子供が生まれるようになったのは、今や誰もが知る事であろう。


 ───今の世の中、全自動洗濯機や、ロボット掃除機などと言った、ハイスペックな家電製品が普及し、最近ではインターネットとか言う単語も、耳に新しくはなくなった。お爺さんが山へ芝刈りに行き、お婆さんが川へ洗濯に行くと言ったフレーズを懐かしく思うのは、単に筆者が一〇〇歳を過ぎたオジサンとなってしまったからであろうか(笑い)


 ───これからも日本は様々な発展が望める。今後、我々は国家の安寧と、国際的な支え合いの元、揺るぎない平和を求めていかなくてはならない。


 ───《日本の歴史と支え合う国家》海老山 天羽 著』



「ふう……読書は疲れますねえ」


「なあ婆さんや」


「おやおや、何ですかお爺さん?」


「朝飯はまだかのう」


「あらやだ、さっき食べたばかりではありませんか」


「おぉそうか、どうりで腹が膨れとるわけだ」


「嫌ですよお爺さん、まだそんな歳では無いでしょう?」


「おや、そうであったか、ほっほっほ」


 昔むかし、ある所に…………いや。


 東暦一九四五年、日本国アキバ県緒沢(おたく)市郊外のマンション五十八階に、お爺さんとお婆さんが住んでいました。

 お爺さんはネット上の農業ゲームで山の芝刈りを、お婆さんは全自動ドラム式洗濯機で洗濯物をしながらネットショッピングをしていました。


 ある日のことです。お婆さんがネットショッピングをしていると、あるものを果物のページで見つけました。


────────────────


 驚き桃の木山椒の木! 

 桃好きには堪らない! 

 直径約1mの“巨大桃“! 

 あの日なくした青春の味!


────────────────


 謳い文句の横にはそれと思われる写真も掲載されています。


「んだぁ、うまそうだねぇ」


 その桃はたいそう高額でしたが……先日株で大儲けしたお婆さんは、ボタンをぽちり。ついついそれを買ってしまいました。

『※実際の商品は写真と多少の違いがある場合がございます。』

 小さく書かれたこの文言を見落としながら。



 それから数日が経ちました。

 お爺さんとお婆さんのマンションに大きな大きな……


「こんにちはでござんす」


 荷物を抱えた一人の若い青年がやってきました。


「おやおや、どなたさんですか?」


「そちらこそどなた?」


 青年はまさかの質問返しです。


「私はお婆さんですよ」


「なるほどなるほど」


 両手を腰に当てうなずく青年は、お婆さんに自己紹介を始めます。


「俺の名前はヲタ太郎。二十一歳のO型。ふふ、この名前冗談だと思うでしょ? 本名なんすこれ。趣味はアニメ、ゲーム、アニソン、ネットサーフィン、聖地巡礼、動画徘徊、自宅警備おっとこれは趣味じゃない……まあ、そのなんだ、あれだ、いろいろ事情がありまして今日からお宅にお邪魔します」


 ボサボサの黒髪を手でかきながら、クマの浮かんだ眠そうな目で、青年は一息で一度も噛むことなくお婆さんに言いました。お婆さん、後半の聞き慣れない単語の羅列にぽかーん。

 すると騒ぎを聞きつけたたお爺さんが、ドタバタと部屋の奥から出てきました。


「なんじゃなんじゃ」


「お爺さん大変ですよ」


「なっ、お前は……! 婆さんや……」


 お婆さんの言葉を遮り、お爺さんは青年を見て愕然(がくぜん)とした顔をします。


「儂じゃ飽きたらず若いもんにまで手を出すように」


「あらやだお爺さん、こんなパッとしない人なんて知りませんよ。どうせならもっとカッコイい人を呼びます」


「あぁ、そうだべか。確かにそうハンサムではないのう」


「突然だけど泣いていいでしょうか」


 急激に落ち着いた顔で会話を進める老夫婦に、青年のハートはブレイク寸前です。


「まあまあ落ち着きなさい。理由はどうであれ、ひとまず家に上がりなさい」


「爺ちゃん……」


「で、婆さんや、この冴えない顔の青年は誰だ?」


「あ、涙出る三秒前」


 こうして、老夫婦と青年の奇妙な暮らしが始まりました。

 それからまた数日後。


「婆ちゃん、世界の恵まれないオタクの為に協力をお願いしたい」


「はて、その心は?」


「お小遣いが欲しいです」


「目的は?」


「最近若者向けの彫刻があってだな。名前が……不意(フィ)()()()ってのが。それが買いたいですはい」


「ヲタ太郎はそんなのに興味が有ったのですかい。仕方ないですね、また“かぶ”で儲けたがらあげるべ」


「うほっ、ありがとうござりんす」


「ようえるかむですよ」


 それを遠目に奥ではお爺さんがじっと腕を組み、訝しげな表情で何かを考えていました。

 またある時、大きな荷物が青年と老夫婦の家に届きました。


「ヲタ太郎や、届いた品物をこっちへ運んでくれんか。儂にゃあ重くてのう」


「俺ノーパソより思いの無理っす。でっ、でも絶対に運んでやらないわけでも無いんだからねっ!」


「結局はどっちなんじゃ」


 調子を狂わされながらも、三人の生活は笑いが絶えることなく続きました。しかし、青年は夜になると必ず自前のパソコンの前に座り込み、ひどい時は夜明けまで操作している事もあります。


 さて、アキバ県は太平洋に面する県で、その沖には“雄兒ヶ島(おにがしま)”という島があります。水資源が豊富で、緑にも恵まれた、知る人ぞ知るような小さな美しい無人島です。いや、かつてはそうでした。


 月日は流れて二〇四四年。時節はもう年の瀬でした。雄兒ヶ島に謎の集団が住み着いたのです。ここでは“島民(とうみん)”と呼びましょう。彼らはひどく本土に対して攻撃的で、不思議な力を使うというのです。


 大晦日の朝でした。その島民がはるばる海を渡り、本土に襲来してきました。そして彼らは人々が暮らす街で見境なく破壊行動に出たのです。


 対して政府はそれを退治するよう、日本の自衛組織である保安隊に命じました。島民はかなり強いという報告があり、保安隊は完全態勢で島民に立ち向かいました。


 が、しかし保安隊の隊員は一切の音沙汰なしのまま、帰ってくることはありませんでした。

 その後も島民による襲撃は続き、その度に保安隊が戦場、また雄兒ヶ島へ派遣されましたが、派遣されたその日のうちに音信不通に。誰一人として帰ってきませんでした。


 二〇四六年七月十八日……政府は不足し出した戦力を補う為、一般市民の有志(ゆうし)達で退治に行くよう募集をかけました。


『本日午後十二時、県庁防衛保安課より市民有志討伐隊の募集が公示されました。市民有志討伐隊の詳しい情報に関しましては県庁ホームページに────』


「お爺さん、県からの募集が公表されましたね」


「うむ……」


 二人は居間でパソコンをいじっている青年に背を向け話し合っています。青年はこのところ毎日、一日中パソコンの画面とにらめっこ。夫婦が何をしているのか尋ねても答えないので二人は青年への質問を諦めるようになっていました。


「いかがしますか」


「……儂は幼いころ母親から聞かされていた、おとぎ話の桃太郎が好きじゃった。人々を困らせる悪い鬼をやっつける桃太郎が、幼き儂の憧れであった……」


「お爺さん……」


 お爺さんはすっと立ち上がり、夕日の差し込む窓辺に佇みます。


「時勢というのはわからないものだ……どら、儂も桃太郎になってみ」


「桃太郎ってさ、鬼に対して過剰防衛じゃね? 仲間もやられて全財産持ってかれた鬼が可哀想すぎて泣けるわ。鬼からすれば桃太郎の方が鬼畜ではなかろうかと俺はここに建言する!」


「ひでぶふぉっ!」


「お爺さん!」


 すると急にヲタ太郎が振り返り、渋くキメようとしていたお爺さんに向かって息継ぎも無しに容赦無い一言を放ちました。ショックのあまりお爺さんは奇声を上げてひっくり返ってしまいました。

 対して青年は、一般人が見たらしばきたくなる様なドヤ顔を決めています。


「てかさ、爺ちゃん鬼退治に行くの? 何それ詳しく」


 そして青年は何事もなかったかのようにお婆さんに尋ねました。 まさに鬼畜の所業です。


「ヲタ太郎、まさか行く気かい?」


「だって悪い鬼さん達を退治したらヒーローになれるんだろ?」


「止めておけ。お前のような青二才が行っても無駄じゃ」


 お爺さんは壁に手をついてヨタヨタと立ち直り、青年を(いさ)めます。


「大丈夫、大丈夫。アクションゲームでそういうのは慣れてるからさ」


 まるで大丈夫な気がしません。


「しかし……」


「放っておきなさい。さあ、行きたければ行くがよい」


「ぬふふ、仰せの通りにいたしまする」


 そんな気色の悪い笑みを浮かべる青年にとって、お婆さんの心配なんてどこ吹く風。所詮よその子……そんな良くない言葉が頭をよぎったお爺さんは、遂に青年に雄兒ヶ島へ行く許しを出してしまいました。


「お爺さん……」


「…………」


 お爺さんを呼んでも、お爺さんは難しい顔をして俯いたまま黙り込んでしまいました。

 数日後、青年は学生時代の友人と連絡を取り、とっとと雄兒ヶ島に行ってしまいました。

 寂しくなったマンション五十八階の居間にお爺さんとお婆さんがちょこんと座っています。


「……婆さんや」


「はい」


「朝飯はまだかの」


「さっき食べたじゃないですか」


「どうりで……婆さんや」


「はい」


 力無い返事をするお婆さんへ向き直り、お爺さんは言いました。


「きびだんごをおくれ」




 アキバ県郊外の蛇木願(じゃきがん)海岸にやってきた青年は、三人の仲間と落ち合いました。彼らは青年の古くからの友人です。

 湯取(ゆとり) 犬斗(いぬと)新戸(にいと) 雉夫(きじお)忠尼(ちゅうに) 猿吉(さるきち)の三人は、遠くに蝉の声を聞く松林に囲まれた海辺に到着。


「なあヲタ太郎、こっからどうすんだ?」


 犬斗は格闘家をしているだけあって、筋肉が詰まった太い腕で荒っぽく汗を拭い尋ねます。


「呼ばれたから来たけど、僕達舟どころか地図も持ち合わせがないよ」


 地元の小学校でカウンセラーをしている猿吉は、相変わらず柔和な雰囲気で首を傾げます。


「俺もたいしたもの持ってきてないピヨ」


 アメリカの大学に通う発明家の雉夫は、リュックの中に入った発明品をあさりながら唇を(とが)らせます。


「へへへ、にしても雉夫、お前のそのピヨって口癖は変わんねえなぁ……懐かしいってもんだ!」


「まあな。それより犬斗、猿吉も少しは大人っぽくなったんじゃないか?」


「うっ、どうせ童顔ですよーだ。でも、犬斗も相変わらずたくましいし、雉夫も変わりなくて何よりだよ」


 なんて、三人は久しぶりに再会した友達同士。仲良く盛り上がっていると青年が言いました。


「……海を渡るねぇ。考えもしなかった」


 瞬間、あんなに温かかった空気が凍り付きました。


「え……ちょっ、舟も無しにどうやって海を渡るっていうの!?」


「何考えてんだピヨ! アホかピヨ! あ、元からかピヨ」


「ピヨうるせぇピヨ! あ、うつっちった」


 ヒートアップする三人を制し、青年は提案しました。


「まあ……でも幸い、ここには木がたくさんある。これでいかだを作って海を渡ろうぜ」


 青年の提案に渋々ながらも賛同した三人は、いかだを造るために木を伐ろうとしたところ、偶然通りかかった市の役員に叱られました。


「え……君達、有志討伐隊? そりゃあいいや。舟ならそこにあるスワンボートを貸すから、気をつけて行っといで」


 ノリが軽すぎだろ、四人は心の中で同時にツッコミました。

 スワンボートを手に入れた四人の若者達は、いよいよ出港の時を迎えます。


「さて、誰が漕ぐ」


 みんな口を揃えて言いました。


「遠慮しとくよ」


 はてさてこの先どうなることやら。


 青年が出発してから数時間後、お爺さんとお婆さんのもとに一台のマッサージチェアが届きました。


「なんじゃあこりゃ?」


「ヲタ太郎様からネットでのご注文となっていますが……ご存知ないですか?」


 宅配員の若い爽やかな男性が首を傾げながら尋ねます。


「なんだと……ヲタ太郎は確かにうちの者じゃが」


「では、お支払いはヲタ太郎様から頂いております。メッセージチップ付きですのでご確認ください。それでは失礼します」


 宅配員の男性は誠意のこもったお辞儀をして、最後まで爽やかにその場をあとにしました。


「あぁ、ご苦労さま。……メッセージチップ?」


 お爺さんはメッセージチップを開きました。ホログラムの文章が空中に映し出されます。


『爺ちゃんと婆ちゃんへ。いつもありがとう。これにでもかかってゆっくりしてな。歳なんだから無理しすぎんなよ。 by絶世の美男子(←重要)ヲタ太郎』


「…………」


「お爺さんどうしたんですか……あれま何ですかこれ」


 お爺さんがメッセージチップを閉じて固まっていると、玄関を通りかかったお婆さんがマッサージチェアに気づきました。


「ヲタ太郎からの贈り物じゃて」


「ヲタ太郎が……そうですか。パソコンを使ってたのはこのためでしょうか」


 所詮よその子……か、今更ながら酷いことを自分は考えたのではないか……。お爺さんは己のした事を後悔しました。


「……ヲタ太郎」


「あの子ったら……」


 二人の間に少しの沈黙が生まれます。数秒後にお爺さんが口を開きました。


「……婆さんや」


「はい」


「きびだんごは?」


「もうできていますよ」


「……婆さんや」


「はい」


「……あれを、頼む」


「百何十年目のつき合いだと思っていますか……もう用意しておりますよ。すぐに着付けの支度をいたします」


「……ああ」


 物置として使っている部屋へ引っ込んだお婆さんは、“ガチャリ”と重そうなものを運んで来ました。


 お爺さんは何かを祈るように目をしばし瞑ると音も無く立ち上がり、毅然(きぜん)とした表情でお婆さんの元へ一歩一歩、歩き出しました。


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