彼方からの真実
私の名前はリィーリ。
ラゼス大陸にあるビスラウ国の西、コーレット村出身の十六歳。
コーレット村は決して大きな村ではなかったけど、ある理由から村としてはとても裕福だった。
『神霊の森』
コーレット村はこの神代の時代から語り継がれる、神聖なる森の入り口だった。
その昔。
ラゼス大陸全土を支配下に置いた征服王がいた。
記録によれば、彼はラゼス大陸の中でも小さな国の王子として生まれたのだという。
容姿は決して良くはなかった。醜悪とさえ評される程であったという。しかしそれ故に誰よりも文武に精通し、魔術も収めた、才能だけは恵まれた王子だったという。
しかし彼は父王の死をきっかけに、大陸全土を支配下に置くべく動き始めた。戦力などたかが知れたものと思っていた大国を次々と墜とし、彼はあっという間に大陸全土をその手中に収めた。
かの王子に従う者は、彼こそが真実の王であると、『偉大なる征服王』であると褒め称えた。
しかし、大陸統一から僅か数年で、その国は崩壊した。
王は己の権力を振り翳し、贅沢三昧。民に重税や兵役などの圧政を敷き、逆らう者は容赦なく断罪したという。
『羅刹王』
いつしか大陸の民は陰でそう呼ぶようになっていたという。
そんな彼の統治は、ある一人の若者によって崩壊する。
解放者『エクシス』
他大陸から来た彼は、ラゼス大陸の有り様に疑問を持ち、反抗を目論む国々に協力を求め、ついに羅刹王を打ち倒す。
その時エクシス時共に戦った者達の中の一人。
それが『神霊姫』と呼ばれる少女であった。
彼女は解放者エクシスに、神々が与えた祝福だった。その神霊姫と解放者が出会った場所こそ、コーレット村に隣接する神霊の森。
幼い頃から神霊の森を遊び場として育った私にとって、最も安全な場所。
聖域とされる神霊の森は、成人するまでは子供にとっては安全な遊び場とされていた。
けれど、私が十四歳を迎えた年。
その誕生日の夜、私は夢を見たのです。
『私が望んだのは、こんな世界じゃなかった…。何処で間違えた?何を見逃した?』
艶やかな黒髪のは青年が、豪奢な金の玉座の前で泣き崩れていた。その言葉はたった十四歳の私ですらも心を抉られるような悲痛な響きを持っていました。
『大丈夫?』
無意識的に私は声を掛けていました。これは夢のなのだから聞こえる筈もないのに。
だけど、青年は顔を上げました。
『誰?誰か、いるのか?』
その声に私の心が激しく音を立てました。
柔らかな低音は耳に心地良く、けれど道に迷った幼子のような戸惑いを含む声
あぁ。
この声はとても、懐かしい……。
私の意識はそこで途切れました。
####
目覚めた私が最初に見たのは、美しい黒髪に、白い仮面を付けた男性でした。
「気が付いたようだね?僕はイゼルリック。君は?」
「…リィーリ」
「リィーリ。うん。可愛らしい名前だね。似合ってる」
仮面で表情なんてわからないのに、何故か彼が微笑んでいるような気がした。
「君には休息が必要だ」
「は…い」
「良い子だ。ゆっくりおやすみ」
前髪を撫でる手の暖かさと優しさに、私は再び夢の世界に誘われたのでした。
そこからはどんな夢を見たのかさえ覚えていません。それだけ深く眠っていたということなのかもしれません。
次に目覚めた時、側にいたのはあの白い仮面の方ではなく、私の母と同じくらいの女性でした。
「お目覚めになられましたのね!あぁ!良かった!」
柔らかく優しい微笑みを浮かべるその女性は、私の手を取ると本当に嬉しそうにしていました。
「あの……ここ、は?」
見たことのない風景と、調度品が明らかに高級で、私は一体何が起きて此処にいるのか、全くわかりません。
「ここはトゥーラネル城ですわ」
「トゥーラネル………」
聞き覚えのない城名に、記憶を辿ることしばし。
「征服王の居城⁈」
まさかの事態です。
とうしたらいいの⁉︎
####
どうやら私は夢を通じて過去世界に来てしまったようです。
最初は『まさかね』と思っていたのですが、ここでの体験を経て、これは夢で済まされる問題じゃないなー、と実感した次第です。
「やぁリィーリ。今日もとても可愛らしいね」
「……侍女の皆様の、努力の賜物です」
「素直じゃないなぁー」
「……褒めていただいたことは、嬉しいと思います」
精一杯取り繕って言えば、彼は軽快な笑い声を上げました。
「そういうところが、本当に可愛い」
笑いを含ませて言う彼は、仮面越しでさえも楽しそうで、私は軽く睨むことしかできませんでした。本当に彼があの悪名高い『征服王』なのかと、疑問さえ感じる程、私から見た仮面の王は朗らかで穏やかで優しい人でした。
仮面の王と過ごす時間は、瞬く間に過ぎて行きました。
楽しかったのです。
自分の立場さえ忘れてしまう程に、仮面の王も侍女も私に良くしてくれて、これが現実ではないと思い出すことさえありませんでした。
そう。
私は愚か過ぎたのです。
####
「リィーリ。君に会えて本当に楽しかった」
「いや……嫌だ!」
「聞き分けて?君は本来ここに居るべきじゃない」
白い仮面も白い鎧も血に塗れ、彼は私に言った。
「向こうで君を、待ってる人がいるだろう?」
「分かってる!でもっ!私はっ……」
夢だと思う世界に三年。私は十七歳になり、彼への気持ちを自覚していた。このまま離れるなんて冗談じゃない。
だってそうでしょう?
このままだと彼は歴史上最悪の人間となってしまう。こんなに優しい人なのに。こんなに、民を気に掛けてる人なのに!
どうして裏切りを許すの!
「僕は臣下を御し得なかった。それは僕の罪なんだ。王とはそういうものだから。だけどねリィーリ。君といる時だけは、僕はただの人でいられた。もしあと一年時間があれば君を奥さんに欲しかったな」
「な……んでっ!なんでそんなこと……今更っ!」
大好きだったの。私も貴方が大好きだった。
だから私の答えは決まっていた。
「あなたなんて……素顔さえ見せてくれない貴方なんて、嫌いだわ」
「相変わらず、君は可愛いね」
私の強がりを笑って交わした彼は、出会ってから初めて仮面を外した。
「君だけに、見せる。忘れても構わない。だけど、僕が君を愛していたことだけは、覚えていて。そして幸せになって欲しい」
……そんな告白、最低だわ。
「一生忘れてなんかやらない。こんなに綺麗な、紫の瞳、忘れられるわけないじゃないの」
征服王の外見が醜悪だなんて、嘘も大概だわ。醜悪どころか、この世の人間とは思えない程綺麗な人じゃないの。
ああ、もう涙で貴方の顔が滲んでしまうじゃないの。しっかりしなさいリィーリ。
「君は本当に…………」
「何よ?」
「相変わらず可愛いね」
出会ってから何度も聞いた、言葉。
こんな時でさえ彼は彼だった。
だから、私も笑って答えた。
「褒めてくれたことは、嬉しく思うわ」
何度も繰り返された会話。
何度も聞いた、優しい声。
「誰が信じなくても、誰が忘れても、私は貴方を憶えてる」
「リィーリ……」
「たからね、最期に言わせてよ」
「なんだい?」
「私は、リィーリは。貴方を、イゼルリックを、心から愛しています」
私は輝きを放つ魔方陣の中で、自分にできる最高の笑顔を浮かべようと必死だった
私がどう足掻こうと、これは過去の出来事で、変えることは許されない。
ならば私に出来ることは、私が知っている彼が一番に望むものを贈ることだろう。
「貴方に会えて、一緒に過ごせて、幸せだった」
「僕もだよ。生きてきた中で一番、幸せだった」
魔方陣の輝きが強くなる。
時間が、もう無い。
「イゼルリック!」
「リィーリ!どうか幸せになって!」
「ありがとう!大好き!」
魔方陣が発動する瞬間に見たのは、泣きそうでいて、決意に満ちた征服王の凛々しい姿。
私は三年間の夢から覚めた。
####
「リィーリ様。そろそろ……」
「ええ。分かっています」
三年という長い眠りから覚めた私は、故郷のコーレット村を離れ、王都にある聖マスティス教会に身を寄せている。
過去視の能力。
それが十四歳の私に目覚めた能力だった。夢の中では三年だったけど、元の時代に戻れば五年の月日が過ぎていた。
私は過去を司る女神マスティスの神殿に巫女として迎えられた。巫女として制限はあるが、不自由を感じる程でもなく、何処か虚ろになった心を抱えながら、女神マスティスに仕えていた。
礼拝の時間だ。
「女神マスティスは、過去を未来への布石としています。過去は消えません。しかし過去を超える善行をすることこそ、現在を、そして未来を幸福へ導くのです。祈りましょう。過去の罪から未来への道が開かれんことを」
過去の罪とは、なんだろう?
征服王の真実を世界は知らない。
信じていた臣下に裏切られ、貶められ、罪をなすりつけられて殺されたのだと言って、誰が信じるだろう。
否。
誰が信じなくても私は信じている。
だってこの目で見てきたのだから。
マ
マスティス教会に来て、一つだけ分かったことがある。
それは解放者エクシスの協力者であった神霊姫は、女神マスティスにより遣わされたのだという。
マスティス教会は、この伝承を元に魂の転生説を支持している。
……もし本当に転生が叶うなら。
「どうか、貴方が今、幸せでありますように」
fin
夜中に思いついて勢いのまま書いてしまいました。
行き当たりバッタリ過ぎて穴だらけ。
けど、すっきりしました。
完全に自己満足です(笑)
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