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「本が微笑むから ~今この時、このタイミング(状況)で、出逢うべくして出逢った本~」

作者: HANE

 

  [第一章 逃げる]


 父と母とのケンカの声が聞こえて、

 だんだん、その声が大きくなる。


 小さい両の手で、ぎゅっと耳をふさいで、

 栞子は家を飛び出した。

 バタンと重くて冷たい玄関の戸を、思いっきり力を込めて両手で開け、跳ね飛ばして。


栞子しおりこ!」

 母の声が響いた。


 でも、駆けだした小さな足は、とまらない。


 階段をパタンパタンパタンパタンパタンと駆け下りて行く。


 階段を下りきって、小さな両手にぐぐっと|拳<こぶし>を作って、猛ダッシュ。


 幼児用のサンダルが、足の裏とくっついたり離れたりして、

パタパタパタパタパタ、パタパタパタパタパタ。


必死な形相で走りぬけてく栞子を見かけた御近所さんが、

「あら、栞子ちゃん。どこ行くの?」


その声もふりきって走る走る。

パタパタパタパタ、パタパタパタパタ

すっころびそうになりながら、

パタパタパタタタタ、パタパタ


パタパタパタパタ

姿勢を、とりもどして。

またパタパタパタパタ


どこまでもどこまでも

パタパタパタパタ、パタパタパタパタ


「栞子!」

母の声が後ろの方階段の上から聞こえる。


それでも、それでも、

パタパタパタパタパタ


「栞子!」

父の声も母の隣辺りから階段の上から身を乗り出したようにして、響く。


それでもそれでもそれでもそれでも

パタパタパタパタパタ


両の手で小さい耳を覆って走ったので、

つんのめりそうになる。

パタン

ふんばって

パタンパタン

パタンパタンパタンパタン


「んーーーーー」。

下唇をかみしめて

大つぶの涙がボトボト落ちてくる。


ぐぐぐっと混み上がった涙で

前の風景が、大きく、ぐにゃりとゆがんだ。


ついに見えなくなったので

その足は止まるしかなかった

パタン。


「んーーーーー」

真っ赤な目。真っ赤な鼻。


透明な鼻水が、つつつつーーっとたれて唇の上に乗り、

ぴったん、ぴったん、落ちた。


大きな涙を右の腕で大きくゴシゴシ拭いた。


風で静かに揺れているブランコが目に入った。


そっと

乗ってみた。


キィコ~。キィコ~。


今度はしっかり冷たい鉄臭い鎖を握って。

もう一度、強く足で地面を蹴り飛ばして。

強く。ぐん と こいだ。


ブランコは大きくはずみをつけて

ゆれはじめた。


ぐん。ぐん。ぐん。ぐん。

景色が、近づいたり、遠のいたり、する。


後ろにふんぞり返って

もっともっと早く高く


大きな夕日がオレンジ色に眩しく

涙が張り付いた丸い頬を明るく照らした。


いつまでもいつまでも漕ぎ続けた。


その間に、すこしづつ、すこしづつ、

夕日はその角度を落とし、

色を濃くして地面に近づいていった。


その濃いオレンジのまん丸は、

辺りの風景をすべてオレンジ色に染めた後、

大きくつぶれて広がり、

ストンと落ちるように、

明るい薄オレンジ色の細い線を横に長~く伸ばして、

消えた。


 [第二章 明かりを求めて]


急に辺りが暗くなってぶるぶる寒くなった。

電灯がちらちら点灯し始めて少し明るくはなったけど、

栞子は恐怖から自然に明るい暖かい場所を求め、冷たいブランコをその手から離し、また歩き始めた。


ペタン。ペタン。ペタン。

なんだか自分の足音がひどく大きく辺りに響いているように感じた。


独りだ。


歩いている方向がわからない。


風で揺れる木でさえ電灯を隠して地面に大きく揺れる。

足元をすくわれそうだ。


わけがわからぬまま歩く

歩くしか出来ないから歩く

ここから逃げ出したいから歩く

暗いの恐いから歩く

暖かい所を目指して歩く

明るい暖かいところを求めて歩く

歩くしかないから歩く


[第三章 図書館]


道にオレンジの明かりが漏れている四角い建物を見つけた時、すいこまれるようにして入った。

自動ドアが二回開いた音がして、

いきなり、目の前に、

真っ白な眩しいばかりの夢の世界が広がった。

大好きな絵本が棚の端から端までその色鮮やかな表紙を見せて鎮座している。

部屋中、い~っぱい並んでいる本の世界。


目を輝かせて走り寄る栞子の耳に図書館司書の声は届かない。

まっさきに絵本のコーナーに上り込み、むんずと絵本を握りしめると、胸に抱え、すんなりと正座して机に本を広げた。


ドキドキしながら表紙をめくると、

パラリと音がして、

ぐりとぐら が、森の中でとっても大きな卵を見つけ、皆で、大きなお鍋を使ってカステラを焼く、

お話がはじまる。

絵を見ているだけでも、おなかが、ぐぐぐぐぐう~と鳴った。

カステラの粉の匂い、卵のふわふわ、焼けるバターの匂い、みんなで食べる嬉しい顔。


[第四章 発見]


その時、自動ドアが二回開く音がして、

「栞子!」

へとへとに疲れ切ったおぼつかない足取りで母が駆け込んできた。


司書らしきが、今ちょうど一人で入って来た子に声をかけようか悩んでいたところだと、

母に話かけている声がする。

母が御礼を言って、見つかったと、父にメールすると間もなく駆け込んで来る父。

シーィッと人差し指を口にあてられ、

めんくらいながらも、

娘の姿を見、

その小さな熟読している背中に、夫婦二人で目を合わせ、苦笑い。


妻の肩にポンと手を置いて、父は母と、娘の読んでいる絵本を、娘の背中越しに覗き込んだ。


「あー。ぐりとぐら だあ~。」

思わず大声になってしまったと自らの口に人差し指を口にあててシーィッ。

「あー。俺これ知ってる。」

父も慌てて自らにシーィッ。

小声で母が「懐かし~い」。

「うまそうなのなコレ。すんごく。」

「そうそう。不思議と匂いがしてくるのよね~。」


やっと目が慣れて来た父が「お、ちいさいおうち だ。」


母が「あ、エリック・カール はらぺこあおむし だあ~。」

「この仕掛けもすごいけど、色作りがまたすごいのよねえ~」


「もこもこもこ だ!

この子の小さい時、

この本の、ページをめくる所を心待ちにしていて、

もこっ!

って自分で大きな声で言いたくて、何度も何度もせがまれたっけ。」

「そうか、もう自分でこんなに読めるのね。」


父が感極まって「成長したんだな。すごいぞオイ。」


父は娘を抱きしめ、ぎゅーとして、頭なでなでの、くちゃくちゃにした。


栞子はなんだかとっても嬉しくなった。


[第五章 和解]


母は、急に、

「そう、だから、義務教育の現場にこそ、朝から、休み時間、放課後まで開いている図書室の存在が必須なのよ。イジメなければやっていけないほど病んでいる子供も、イジメを受けて憔悴しきっている子供も、分け隔てなく、静かな空間の中で、現実逃避する時間があれば冷静にもなれる、今自らに必要な本からの情報を得、知識を得る事が出来る。そんな避難所としての機能も兼ね備えた空間を、ちゃんと可動し活用出来る物として管理整備する事こそが今の教育現場には必要なんだわ。いっつも鍵のかかっている、本がわずかしかない図書室では駄目よ。全てに司書を置き管理された図書室を、教育を受ける全ての者に平等に与える事こそが、この国の世界に対して示す事が出来る力を育てる。子は未来の国の宝。」

一気に吐き出した母の想い。


父は言った。

「その通りだな。

この子の目を見てみろよ。

好きこそ物の上手なれ だ。

すごい勢いで吸収しているのがわかるよ。」

「よし!

僕も君のその仕事、応援するよ。

僕も疲れ切って手伝えない時もあるけど、

お互いに支え合っていけるように。

この子の未来ためだ。

今出来る事をしよう。」


「私も、手伝ってくれるのを前提に動くのヤメル!

やってくれたら、ありがとう よね。

疲れて余裕がなかったわ。」


母と父が見つめ合い、微笑むのを見てとって、

栞子は、

今まで見せた事もないような、満面の笑みを、

こぼれんばかりに、浮かべた。


[第六章 未来へ]


さあ、家へ帰ろう。

絵本を借りて、

暖かい我が家へ帰ろう。


暖かい家のお風呂で、絵本の話や、今日あった事、みんな話そう。

暖かいごはんを食べて、またお話して、暖かい布団で川の字になって眠ろう。

寝付くまで絵本を読んで、お話して、幸せいっぱいな気持ちで寝付こうね。

明日もいっぱい良い事がありますように。






























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