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第一話



 我が姉、土橋(どばし)河子(かわこ)は変人である。


 普段から考えの読めない常識知らずな面もあるが、そう称される所以は他にあった。

 というのも、彼女は気まぐれに自転車で街へと繰り出しては、各地のゴミ捨て場を漁って使い途のないガラクタを収集しているのだ。

 その都度俺は元の場所に捨ててこいと説教しているのだが、大抵聞く耳を持たれず、押し入れは雑多なもので埋め尽くされている。

 とにかく、弟の自分ですら、まったくもって理解不能の生きものなのだ。

「ただいまー。うふふ、今日は豊作だったよ」

 そして今夜もまた、パツパツに膨れたリュックを背負って姉が帰宅してきた。昼前に家を出て、現在が午後七時過ぎ。その間ずっとゴミ回収に精を出していたのだろうか。

「ほら見てよシオ、いいもの拾ってきてあげたんだから」

「そうか。戻してきなさい」

 居間に上がってきた姉が弾んだ声色で俺――本名は潮史(しおふみ)だ――を呼んだ。右肩に重いリュックを押しつけてくる。毎度のごとく軽くあしらうが、この程度で挫ける奴ではない。

「よし、じゃあまずはね……」

 案の定、俺の命令なんて聞いていない。早速座ってリュックに両手を突っ込み、がさごそとなにかを探し始めた。中になにがどれだけあるのか、想像もつかない。

「じゃーん!」

 そして大仰なかけ声と同時、無駄に高々と掲げられたそれは――

「……自由の、女神?」

「イェス!」

 アメリカ合衆国はニューヨークにそびえる自由と民主主義の象徴、自由の女神像だった。片手で持てるほどのお手軽サイズだが。

「えっと……」

 あまりに予想の斜め上をいく物品の登場に、思わず言葉に詰まる。そもそも、これ本当にゴミ捨て場にあったのか?

 なぜかドヤ顔で反応を待つ姉に、どうにか一言だけ絞り出す。

「カワ姉……これ、なにに使うつもりだ」

「んー、玄関にでも置いとけばご加護ありそうじゃない? 狛犬とかシーサーみたいな」

「魔除けか!」

 仮にも女神だというのに、扱いが軽すぎる。いや、狛犬だって立派なものだけど。

 適当な発言に呆れて、俺は眉間を揉みつつ溜息を吐いた。

「なんにせよ、こんなボロアパートには無用な代物だよ。後で元の場所に返してこい」

「ぶーぶー、シオのドケチ」

 子どものような悪態とともに、無造作に床へ転がされる女神像。この妖怪ゴミ漁りに目をつけられたばかりに、威厳もなにもかも失ってしまった。

「まあいいや。ではでは次にご紹介するのは……」

 どこぞの通販番組の宣伝マンでも気取っているのか、ウザったい語り口でカワ姉はふたつめのゴミを取り出した。

 今度は打って変わって、なんの変哲もない白の封筒だ。少し折れ目や皺がついてしまっている。

「なんだこれ?」

「こちらはなんと、ラブレターになります!」

「はぁ?」

 思わず疑問符が口を衝いて出た。

 ラブレターと聞いて頭に浮かぶのは、片想い、愛の告白、淡い青春の一ページ……そんな甘酸っぱい響きの言葉たちだ。さっきとは別の意味でゴミとは思えない。

 そんな俺の疑念の眼差しを受け、カワ姉は封筒の中から一枚の紙を抜き出した。

「嘘じゃないよ。なんなら読み上げようか?『田村さんへ。ずっと前からあなたのことが好――」

「やめてやれ! 悪魔かおまえは!」

 顔も知らない書き手の威信のため、俺は必死で手紙を奪取する。というか、聞いているこっちまで恥ずかしい!

 捨てられた恋文なんて、興味本位で詮索していいものではないのだ。――田村さんでなく、記した当人が渡すのを断念して捨てたのだと思っておこう。

「……これは俺が責任を持って処分しておく。せめて綺麗さっぱり燃やして供養してやるからな」

「あ、だったら『マイムマイム』くらい弾いてあげるよ」

「キャンプファイヤーじゃねえんだぞ!」

 さすがに無神経すぎる。ちなみに、生意気にもカワ姉の特技はウクレレだ。

「とにかくこの話はやめだ! 次!」

「うふふ、はぁーい」

 カワ姉の含み笑いに、はたと気づく。つい流れで俺の方から成果の続きを促してしまった。……もしかして、まんまと策略に引っかかったのか、俺は。

「はい、どうぞ!」

 続いて清々しくも憎たらしい笑顔のカワ姉が見せたのはCDの束だ。意外にもきちんとビニール包装されたケースが、二十枚近く積まれている。

 それを見て片眉を上げる俺の反応に気をよくしたのか、彼女は早口で捲くし立てる。

「これ、ほとんど新品同様なんだよ。それが十八枚も! どうよ、すごいでしょ」

 そして自慢げに胸を張る。……が、CDの状態云々よりも、俺には気にかかることが一点あった。

「……あのさ」

「なに?」

「カワ姉って……演歌とか聴くの?」

「え、聴かないけど」

「俺もだ」

「…………」


 微妙な沈黙。


「うん、まあ……。明日にでも返してきな」

「はい」

 俺の台詞に、珍しくカワ姉は素直に頷いた。



「よーし! 次はこれ!」

 なんとも名状しがたいこの雰囲気を振り払うためか、カワ姉は殊更に声を張り上げる。

 しかしその気合も虚しく、次々と並べられるのはガラクタとしか表現できないものばかりだった。

 水鉄砲、壊れた座椅子、角材、ペットボトルカー、黒歴史ノート(これも燃やす)、LEGOブロック、達磨、テレビのリモコンなどなど……。俺は説教混じりにこれらの処分宣告を言い渡していく。――レゴだけはちょっと心惹かれたので回収したが。

 それにしても、ここまで数が多いと、あのリュックのどこに収納されていたのか不思議に思う。座椅子が入るだけでも大したものだ。毎度のことなので、今さら驚きはしないが。

「よし、これで終わりか……?」

「うん。お疲れさま」

 結局、あのリュックを空にするまでに一時間近くもかけてしまった。食事もせずに漫才じみた問答を繰り返していたせいで、腹の虫もそろそろ限界だと悲鳴を上げている。

「そういや今日の晩飯当番、カワ姉だっただろう。しっかりしてくれよ」

「ごめんごめん。……あ、最後の忘れてた。はいこれ」

 立ち上がって台所に向かおうとするカワ姉が、不意に振り返ってなにかを手渡してきた。

 反射的に受け取ったそれに目を落とし、

「う、うわっ!」

 腹の底から仰天する。

 そこにあったのは、視界一面に広がる肌色と下品すぎる煽り文句――


 そう、エロ本だった。


 悲しいかな男の性で、俺の両眼が本能的に紙面を走る。詳しい描写は避けるが……まるで見抜かれているように、俺の好みドンピシャだった。

 いや、これが偶然のはずがない。本当に見抜かれているんだ、これを俺へと受け渡した張本人に……

「スマホとかの便利ツールに頼るのも結構だけど、たまには原点回帰も必要だぞ、若人!」

 カワ姉は盛大に狼狽する俺を眺め、口角を吊りあげて笑った。

「あ、あのな……」

 思わず顔中が真っ赤に染まる。声と、いやらしい雑誌を持つ両手が小刻みに震えた。カワ姉は変わらず悪戯好きの童女みたいな表情でニヤついている。

 ――訂正しよう。我が姉、土橋河子は“すこぶる性悪な”変人だ。


「捨ててこい、こんなもぉーーーんっ!」


 俺は冬の夜空に雄叫びを響かせ、エロ本を床に叩きつけた。







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