表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
95/154

95 障壁12

「酷い男ね!」

 レーニエが去った扉に額を押し付けるファイザルの背に、女――フレデリカは言った。

 彼は押し出すようにレーニエを廊下に追いやり、自ら扉を閉ざしたのである。

 そのまま、男は動こうとしない。

「せっかく善良な市民が、昔のよしみで掻き集めた情報を提供しに来たとたん、いきなり押し込められて、その気もない接吻とはね。女をバカにするにも程があるわ!」

 フレデリカは両手を腰に当てて色っぽく捻る。

 だが、ファイザルは振り向きもしなかった。

 レナ……

 泣くまいと必死だったのだろう。

 彼を映して大きく見開かれた赤い瞳。

 びっくりするほど長い睫毛に縁取られた比類なき宝石は、しかし、透明な膜を孕んで彼を見上げていた。

 微笑みさえ浮かべて。

 かつて何度も貪ったあの唇。

 あの娘は、何かを諦める度にあんな微笑みを浮かべ、癒える事のない傷をその魂に刻みこんできたのだ。

 そして今、新たな傷を負わせてしまったのは自分。

 お守りしますだと?

 とんだお笑い草だ!

「聞いているの!? このでくの坊!」

「……」

 男は動かない。動けないのかも知れなかった。

「おまけに下手なサル芝居! 奥で待ってろですって? お楽しみの時間ですって? は! そりゃ、大昔は少しぐらい惚れてたかしれないけど、今の私にはアンタと違って立派な旦那も、可愛い娘もいるんですけど!」

「その事は謝る。咄嗟の事で仕方がなかった……すまん」

 彼を(ののし)る言葉に、ファイザルはやっと一言返した。

「あの子、絶対誤解したわね、あんたがさせたんだけど。いいの?」

「ああ。その方があの方にもいいんだ。俺の事など、きれいさっぱり諦めた方があの方のため、引いては国のためだ。これでいい」

 低く絞り出されるような声は、フレデリカが初めて耳にするものだった。

 広い背中がこれほど打ちひしがれているのを見るのも。

「あの子……もとい、王女殿下なのね? 本当にあっさり騙されたと思う?」

「人を疑うなど、考えもつかないお方だから……」

 無私で無垢で強いお方……なのに、俺はまたしてもあんな顔をさせてしまった……。

 いつも俺は、あの人を哀しませてしまう……。

 彼は終に両手で顔を覆った。

「俺の事など早く忘れたほうがいいんだ!」

「違うわね」

「なに?」

 ようやくファイザルは、ゆっくりと彼女を振り返った。限りなく(くら)い目つきで―――

「王女様を諦めたいのはあんたの方でしょ? 違う?」

「……」

「はっはぁ! まるで死んだ魚のような眼だわね。親の葬式でもそんな顔にはならないわよ『掃討のセス』が聞いて呆れる。わかり易すぎて笑っちゃうくらいだわ。惚れきっているんでしょ? あの娘に」

「……黙れ」

 フレデリカの言葉にまるで怯えたように、男はゆらりと体を傾げた。

「あんたのそんな顔初めて見るわ。なによ、そんなに欲しいなら、あの王子様から奪えばいいじゃない!」

「黙れっ!」


 ダン!


 背後の壁が殴られたが、フレデリカはそんな事では怯まない。

「いいえ、最後まで言わせて貰う。あの子はあんたに会いたくて、役に立ちたくてここまでやって来たんじゃないの! なのに酷い嘘っぱちを見せつけられて、あんたの言葉に傷ついて。なのに必死で、聞きわけよくしようとして、引き下がって! それでも全身であんたのことが好きって叫んでいたわよ! 王女様にそこまでさせて自分は逃げるの? それで救国の英雄様なの? ヨシュア・セス、お偉いことね!」

「言うなっ! 聞きたくないっ!」

 女の言葉に押されたように、ファイザルは後の壁に背中をぶつける。大きな両手が頭を抱え込み、長身が深く折られた。

「俺なんかに何ができるというんだ。隠棲された辺境領主だと言うならまだしも、あの方は、国王陛下のただ一人のご息女なんだぞ!」

「王女様だって女だわ。好きな人と一緒になる方が幸せだわよ」

「許されるわけがない……」

 鉄色の髪を握りしめた拳は、ギリギリと震えていた。

「仕方がないんだ、いくら想ったところで、俺はこんな穢れた咎人(とがびと)で……あの方には地位も身分もふさわしいお相手がいる……くそっ!」

 体を傾げたまま、男は動こうとしない。


 その時、急に外が騒がしくなった。




何かが起きたのです。

ここでお気に入り外した方は、大損ですからねっ!(勝手な事を)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ