86 障壁 4−2
「……驚きましたな」
沈黙を破り、ジキスムント宰相は重々しく言った。
エルファランの二人の将軍は、レーニエが到着した晩に直接聞いたので辛うじて知ってはいたが、こうあっさりレーニエが、出生を明らかにするとは思わなかったので、やはり驚いた様子で彼女を見つめている。
「処女王の名も高い、ソリル二世陛下にお子がいらしたとは……」
「これを」
レーニエははめていた指輪を外した。すぐにドルリー将軍が進み出て受取り、ジキスムントに示す。
「おお! これはティユールカイト……ソリル二世の象徴たる宝玉でございますな。しかもこれほどの大きさのものは、初めて目にいたします」
「ここに私の出自に関する女王陛下からの親書もある。これをもって身の証とさせていただきたい」
レーニエはフローレス将軍に頷くと、彼は上着の中から蝋で封をした書簡を取り出した。
それは先日、レーニエが二人の将軍に示した物と同じ封書で、女王ソリル二世は娘の身の証しのために、同じ書状を二通認めたのであった。
「これは……ふむ、透かしもある、エルファラン王家の正式な書紙」
ジキスムントはさらさらと文面を読みくだした。ある個所で灰色の目が驚愕に見開かれるが、彼は黙って封書をフローレスに返した。
「なるほど、左様でございましたか。お父上の事は存じております。
ブレスラウ公爵閣下には、完膚無きまでに叩きのめされたものですわい。戦場においてはまさに戦神。私よりずっと若いお方でございましたが、敵とはいえ、惚れぼれと見とれたものでした……そう言われれば、レーニエ殿下にはあの方によく似ておいででございます」
「……で、我が証は立ったか」
「確かに。数々のご無礼まことに申し訳なく、この通りお詫びいたします」
ジキスムントは立ち上がり深礼をとる。シザーラもそれに倣った。
「では。直接休戦条件には当てはまりませぬが、レーニエ様のご提案については、両国の未来への提言といたしまして、条文の前文に取り入れる事とし、書記官達に引き継ぐといたしまして……これで休戦協定の調印の運びとしてご異議ございませんでしょうか」
「異論ない」
「ございませぬ」
「それではここに、レーニエ殿下並びにジキスムント閣下、お二方のご署名を、休憩をはさんで後ほど広場で行います。長年戦と共にあったウルフィオーレの市民が証人と言う訳ですが」
「わかった」
「待て、爺。署名ならば私がしよう」
「何?」
扉の前に控えていたザカリエ士官から、思いもかけない言葉が飛び出る。彼はゆっくりと一歩踏み出した。
「動くな!」
目にもとまらぬ早業で、セルバローが不審な動きをする士官の行く手を阻む。
その手にはすでに抜き身がすらりと引っさげられ、男の喉元に突き付けられている。
「方々!」
セルバローが鋭い一瞥を上座に放つと、レーニエの席の前には既にバスタードを構えたファイザルが、完全な戦闘態勢で周囲を圧倒していた。
彼は広い背にレーニエを庇い、瞳は青い稲妻を放つように、ザカリエ士官を睨みつけている。
「あなたは誰?」
全員が凍りつく中、レーニエはファイザルの背中越しに静かに問うた。男はその場で恭しく片膝を突き、騎士の礼を取った。
「失礼いたしました。私はザカリエ王、ギベリンが弟、アラメイン・ジィド・サマンダールと申します。レーニエ王女殿下」
ちょっと短いですが、前話のキリのいいところで切ってしまったので。
一話6000文字以上ならどこかできるようにしています。