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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
82/154

82 障壁 2ー1

「お前! お前どうしたんだ? あの麗人を知ってるのか?」

 セルバローは険しく眉間を(ゆが)めた戦友の後を追った。

「知らない」

 彼は背中に怒りを(たぎ)らせて廊下を進んでいく。戦場以外で彼がこれほど感情を露わにするのは、さすがのセルバローにも記憶にない。


 路上での儀礼的な挨拶の後、休戦使節団の主だった者たちは、将軍達に案内されて市庁舎に入り、用意された部屋にひとまず落ち着いていた。

 あの不思議な黒衣の若者も、付き添いの者達と一緒に一番警備の厳重な二階の奥の部屋で休んでいる。

 馬車の中には女官と高級文官しか乗っていず、王族らしい者はどこにも見えなかった。してみるとあの銀髪の若者が「王族」なのだろうか? 馬車にも乗らずに、街道を馬に乗ってここまでやってきたのだろうか?

「何を見え透いた事を言っている。あの人を見た時のお前は、ハンパなくおかしかったぜ」

 セルバローはその鋭い観察眼で、彼等の視線が一瞬絡まり合ったのを見とっていた。

「……黙れ」

 ファイザルは振り向きもせず、低く言った。

 その声は、さしもの雷神をも一瞬たじろがせるほどの響きがあった。彼はセルバローの鼻先で、士官用に用意された部屋の扉を閉めた。

「おい、ジャヌー。いったいあいつはどうしちまったんだ?」

 セルバローは、おろおろしながら彼等の後を追いかけて来たジャヌーを振り返った。この青年も戦場での勇敢さはどこへやら、明るい青い目に当惑を一杯に浮かべている。

「あの……それが……」

 すっかり途方に暮れたジャヌーは、言い澱んで閉ざされたままの扉を見つめた。

「なんだ。はっきり言え」

「いえそのぅ……まことに申し訳ありませんが、言えません。少将殿が話されないものを、俺が言えるはずがありません」

「何? この俺が尋ねているのにか?」

「俺は少将殿の部下ですから……ご勘弁ください」

「ふぅんなるほどな。いい部下だよ、お前は。なら、俺が勝手に喋る。返事はいいから黙って聞いとけ。あいつの態度からするってぇと――ふむ、あの変な色の目をした美人を、お前たちは知っているんだな?」

 表情を読まれないようにジャヌーは目を逸らしたが、それが却ってセルバローに確信を抱かせる。

「ふん、なるほどそうか。お前たちは知っていると」

「うう……」

「それで、あの麗人が『王族』だっちゅー訳か? だが、なんで王家の人間をお前達が知っているんだろうなぁ? 普通じゃ考えられんしな。どっかに接点があるはずなんだが」

 ジャヌーは頭を垂れたまま、苦行に耐えている。

「ふぅ~ん。まぁいいわ」

 これ以上ジャヌーを苛めても、何も得られそうにないと思ったセルバローは、とりあえず詮索の矛を収めた。

「雷神」の射るように光る金色の目から解放され、ジャヌーはほっと肩を落とした。赤毛の男は今度は、こちらに問いただしてやろうと将軍達の部屋に向かう。

 こいつはテコでも口を割らない。

 けども、こいつらの元の任地は確か北の辺境だったよな? しかし、そんなところに王家の一族がいるはずもなし、いったいどういう経緯であの麗人と知りあったんだか……それになにより。

 気になるのはあいつの、ヨシュア・セスの動揺の仕方だ。めったなことであんなになる奴じゃない。

 いったいあいつと、麗人はどういう関係なんだ?

 まさかとは思うが……惚……? いやいやいや、あいつに限ってなぁ。部下のためには命を張れるやつだが。

 セルバローはふと、立ち止まった。

 待てよ? 本当に「ありえない」のかな?

 殆ど櫛を入れない、入れなくても十分美しい真っ赤な長髪をばさりと振りながら、セルバローは突然浮かんだ自分の考えを反芻する。

 彼は愛することを恐れるファイザルの心情をよく知っていた。しかしそれを覆す出来事が前任地、ノヴァゼムーリャであったとしたら?

 振り返ると、ジャヌーが忠実に士官室の扉の前に佇立(ちょりつ)している。可哀そうに青年はしょんぼりと項垂れていた。

 まぁアレだ。要観察ってやつだわ。

 その日はそれで事もなく終わった。

 美しい使者は、夕刻二人の将軍と少し話をしただけで、疲れているからと早々に休んでしまったからだ。


 翌朝。

 ジャヌーは酷くぴりぴりしながら朝食の給仕を終えた。

 幸い、尊敬する彼の上官は不機嫌の極みながら、ジャヌーに対しては何も言ってこなかった。ファイザルはひたすら黙りこくって食事をとった。

「お下げいたします」

「ジャヌー」

 盆を下げようと、いそいそと部屋を出る背中に、鋼鉄の声が掛けられる。思わず盆を取り落しそうになったジャヌーである。

「は?」

「余計な事は言うなよ。誰にもだ」

「は……はっ!」

 片手に盆を捧げ持ったままジャヌーは敬礼すると、そそくさと退出した。扉を閉めると一気に緊張が解け、大きな息が漏れた。

 すごい……痺れそうな気だ……恐ろしい……。

 しかし彼にしても、昨日から悩みは尽きないのだ。

 セルバロー大佐ではないが、俺にもさっぱり訳がわからない。いったい指令官殿は、何をあんなに立腹されているのだろう。

 レーニエ様に会えて嬉しくないのだろうか? 一年以上ぶりだって言うのに。

 ジャヌーの見た限り、レーニエとファイザルは再会してから一回も言葉を交わしていない。

 おおっぴらには出せないだけで、レーニエとサリアに会えて内心大変嬉しいジャヌーは、雷雲のような雰囲気を漂わせる上官に対し、些か後ろめたい気持ちになった。

 しかも、レーニエ様……ご領主さまは、やっぱり王家の方だったんだ。

 あんなにお綺麗で、気品があって……俺なんかには想像もつかない尊い方だってことは、前から感じてはいたけれど。 

 あ、そうか! もしかすると……それで指揮官殿は……やっぱりご身分の差は如何ともしがたくて……? いくらなんでも相手が王族じゃ、お慕いしたところで、幾重にも望みなんてない。だからあんなに……?

 けども……何か腑に落ちない。

 肩を落とし、とりあえず盆を所定の場所に下げる。堂々巡りの思考は、何か動きがあるまで解消されそうにない。がくりと項垂(うなだ)れたところへ不意に背後から肘を掴まれた。

「!」

 ジャヌーとて武人である。とっさに体を捻り、掴まれた腕をもぎ離すと、剣の柄に手を掛けて身構える。

 さすがに市庁舎内での抜刀を控えるだけの分別はあったが、目の前の人物を見たとたん、青い目が驚きで満たされた。

「さ、サリアさん!」



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