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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
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80 王都 5−2

 その一週間後。

 セルバローの突貫工事のおかげで、貴人の宿泊場所に相応しく整ったウルフィオーレ市の旧市庁舎が、休戦協定の舞台となった。

 昼過ぎに一行が到着すると先ぶれを受けていて、今は正午。生憎、太陽は顔を見せない空模様であった。

 エルファランの南の国境に近いこの街は、幾度も戦禍を受けてまともな城壁も残ってはおらず、丸見えの荒れた街道からはいつ何時、戦いを諦めきれないドーミエ軍の残党が襲来をかける可能性がある。

 だが、他に使えそうな建造物はなく、危険が潜む休戦協定に臨む人物なら、宿舎に文句は言わないだろう。

「どうだ、いい仕事だろ?」

 セルバローは自慢げに胸を張った。

 確かに言うだけの事はあって、以前は美しかったろうと思われる建物はかなり傷んではいたが、夜を日に継ぐ工事のおかげで七割方修復され、何とか体裁を保てている。

 建物周辺の瓦礫もかなり取り除かれて、警備がしやすいようになっていた。

「俺は本来、こう言う仕事が好きなんだ。物を作る仕事がな。餓鬼の頃は大工になりたかったくらいでさ」

「その割に、戦場では鬼人のご活躍でございましたが」

 最近ずっと考え込んで、セルバローの話をロクに聞いていない上官の代わりに、ジャヌーが返事をした。

「わははは。まぁね! 俺は何をやらせても人並み以上だからなぁ」

「はぁ」

 セルバローは、外装内装の入れ物を作っただけであるから、内部の調度や備品消耗品を手配準備したのは、事務手腕にも優れるファイザルだったのだが。

「さぁて、そろそろ行くぞ。皆の者、整列いたせ。使者殿をお迎えするぞ」

 フローレスが整った顔立ちに笑顔を浮かべ、穏やかな声で命じる。

「おお! お着きになられたようだ」

 先頭に立って出迎えの指揮をとっていたドルリーが、ファイザル達を振り返った。

「くれぐれもご無礼の無いようにお出迎えするのだ。特にジャックジーン、よいな」

 フローレスの念押しに、セルバローは肩をすくめて応じた。

 ドルリーの言ったとおり、街道の遠くの方から、騎馬の一群がやってくる。

 馬の数は二十騎余りで、馬車を二台取り囲むようにして隊列を組んでいる。

 総勢は武官と文官、合わせて約三十人と言うところか。この種の使節団にしては少ないようにも思える。

 ウルフィオーレ市の郊外に休戦交渉の使節を迎えに出たのは、将軍ニ人とファイザル等、高級将校数名、そして護衛を入れて三十名だから、ほぼ同じ数の人数が街道でまみえることになる。

 彼等はよく訓練された軍隊の精鋭である事を、誇らしく思いながら儀仗槍を構えていた。

「しかし……一体どなただろう、ご到着されるまでお名前すら明かされない方とは……」

 フローレスはまたしても首を捻った。

 ドルリーよりも政治向きな立場にあるフローレスは、王族に関してもよく知っていたが、彼をして今回の人選は想像できなかったのだ。

 ましてや、先触れで名すら明かせないとは、一体どういう訳だろうか?

「さっぱり見当がつかぬ」

「はったりじゃないすかね?」

 燃えるような髪を風に流しながら、セルバローが気楽に応えた。

「……」

 ファイザルは何も言わずに前方を見つめている。

 その背中が些か緊張しているようだと、後ろに立つジャヌーは思った。平時では珍しい事だった。

 司令官殿は、使者の事をお聞きになられてから、どうも様子が変だ。一体何を考えていらっしゃるのか……。

 その間にも一行はどんどん近づいてきた。

 軍馬の蹄や(わだち)を進む車輪の音が、耳を澄まさずとも聞こえてくる。

「!」

 突然、ファイザルの青い目が驚愕に見開かれた。

 彼は無意識に大きく一歩前に出る。それを見咎めたセルバローの金色の瞳もまた、驚きに満たされる。

 長年背中を合わせて戦ってきた彼にも見せたことのないほど、ファイザルは喫驚(きっきょう)とした表情で顔を強張らせていた。

 なんだ……?

 セルバローはファイザルの視線を追った。

 使節団は五十リベルの距離まできている。

 目の良いものならば、彼らの顔が判別できるだろう。先頭の騎馬は五騎。その後ろに三騎。後方に馬車。ここに使者が乗っているのだろう。

 特に変わったところはない。

 一体奴は何を見て……?

 騎馬の兵士は、皆美々しく白銀に輝く甲冑を身に付けている。

 それらが春の穏やかな光を反射して目を射た。彼等が皆かなりの手だれである事は、戦士ならばすぐにわかる。厳重な警備なのだ。

 使者を守る騎馬兵達は、万が一に備え、いつでも剣や槍で応戦できるような体勢を整えている。

 その中にただ一騎。

 武器も防具も帯びていない黒衣の騎士がいた。

 騎士たちの白い甲冑の中で、その人物はひときわ目立つ。危険なほどに。

 その人物は兜ではなく、鍔の広い帽子を目深に被り、フード付きの長いマントをはおっていた。そのせいで顔は影になっており、よく見えない。

 しかし、衣の裾を緩やかに波打たせ、優雅に馬を操っているほっそりした姿がひどく印象的だ。

 騎馬隊の中にいるのだから当然兵士なのだろうと、セルバローは思ったが、よく見ると周りの騎士たちに比べるとずいぶん小柄で、非常に若い。

 まるで年端のいかぬ少年のように見える。彼は七人の騎兵に囲まれるように馬をうたせていた。

 なんだ、ずいぶん毛色の変わった奴のようだが。

 セルバローは濃い眉毛を潜めて注視したが、その耳に背後のジャヌーの震える声が届いた。

「し、司令官殿、司令官殿……まさか、あれは……あのお姿は……」

 セルバローが振り返って見ると、ファイザルと同じようにジャヌーまでが硬直した表情で、食い入るように前を見ている。

「お前たち、いったいどうした。知り人でもいたか」

 セルバローにはまったく訳が分からないが、生半可(なまはんか)な事で動揺する彼らではないと知っているだけに、その尋常ならざる驚愕を理解しかねている。

 もう一度その原因を確認しようと、改めて街道に向き直る。騎馬団が目の前に迫っていた。


 ザザザザッ


 突然先頭を行く騎馬兵が、一斉に左右に道を開けた。

 そのおかげで、真ん中で守られている人物がよく見える。それは先ほどセルバローが怪しんだ奇妙な黒衣の人物だった。

 その人物は、黒い手袋に包まれた手をついと上げ、帽子とフードを後ろへ落とした。

 待ち受ける人々の間から、声にならないどよめきがわき起こる。

 おいおいおいおい、これは一体……。

 誰だ?

 そこには信じられないほど美しい、若い顔。

 薄い春の陽の下でも輝く白銀の髪、見たこともないような赤い瞳。その瞳が見つめる先には――。


「方々出迎え大義」

 凛と鈴の鳴るような声が、埃っぽい街道に響いた。




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