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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
76/154

76 王都 3−1

 レストラウド・サン・ドゥー・ブレスラウは、奔放な性格だった。

 エルファラン随一の名家、筆頭公爵ブレスラウ家の嫡男ライナスが、わずか十歳で亡くなったために、遠縁の貴族の末息子であった彼が、生れてすぐ養子に迎え入れられたのだ。

 将来、誉れ高い数々の称号と、広大な領地を継承する事を約束されて。

 先代のブレスラウ公爵は大ライナスと呼ばれ、王家随一の忠臣を自任する貴族であったが、亡くした自分の息子の代わりに、レストラウドを大変可愛がり、明るく才能豊かな少年に、あらゆる機会を与えた。

 にも関わらず、レストラウドは十五歳でさっさと軍隊に入ってしまう。

 しかも、いかなる特別扱いも受けず、一般公募の平民の若者達と一緒という型破りな方法で。


 彼の生家や、何故急に公爵家の養子に選ばれたかについては、殆ど知る人がなかったが、大ライナスが語らないのと、養子に対する愛情が本物であったので、表だって取りざたされる事はなかったのである。

 真実は――

 レストラウドは、当時の国王、アルバイン三世の後宮で、側室の子として生まれた。

 アルバインは、後宮に召した女が産んだ子であるレストラウドを、自分の子だと認知しなかった。

 理由は、その側室には後宮に上がる前に恋人がいた事と、月足らずで生まれた赤ん坊、レストラウドが大変大きかった事が理由だったらしい。

 アルバインはその女が産褥で亡くなったことを幸い、生まれた子どもは死産と言う事にしてしまった。彼には二歳になるアンゼリカの一子がいるだけで、嫡男はいなかったにもかかわらず、である。

 そして生まれたばかりの赤子を、密かに筆頭公爵で姻戚関係にある、ブレスラウ公家に押しつけてしまったのだ。

 忠臣大ライナスは、嫡男を亡くした直後ということもあり、表向きは遠縁の男子としてレストラウドを迎え入れた。すべては迅速に処理され、この事を知っている関係者は僅か僅かだった。

 側室の葬儀すら行われず、事実は周到に秘された。

 国王アルバインは、公爵嫡男として育てられたレストラウドを不自然に(うとん)じた。公式行事などで父の代理で彼が参上しても、声もかけない王の態度は、やがて人々の邪推を産み、人々の噂の種になった。


 ――陛下は、次期筆頭公爵となられる、レストラウド様を疎外されるおつもりのようだ。

 ――王家と公爵家は長い歴史の中で、幾度も姻戚関係を結んでいる、極めて近しい間柄だ。それをなぜ今更? 国が乱れる元にならなければよいが……。

 ――しかし、若い次期御当主殿は……。

 ――そうだ。似ておられる。レストラウド様は、お若い頃のアルバイン陛下にそっくりだ。

 ――今でこそ、老い込まれ、長年のご苦労で面立ちが変わり果てておられるが、お若い頃の陛下は、それは美青年であられたとか。

 ――いや、公爵家と王家は姻戚であられるのだから、似ていても不思議ではない。

 ――とはいえ、あのお姿はやはり。

 ――ああ、先日偶然レストラウド様が、陛下の若い頃の肖像画の前を通りかかられたのだが……あまりに似すぎておる。

 ――そう言えば、ちょうどレストラウド殿が生まれた頃、後宮でご側室が亡くなられたことがあっただろう?

 ――ああ、産辱でお子共々亡くなられてしまった事件だろう。お気の毒な事であった。だから皆気を遣ってその事に触れずに置いたのだ。だが、そう言えば時期が重なるか。いやしかし、まさか……。

 ――でも、万が一そうなら、ご自分のお子を臣下に下されたことになる。

 ――こう申してはなんだが、近頃、陛下のお考えにはついていけない事がある故なぁ。しかもレストラウド殿はあの通りの奔放な御性格、いくらお顔の様子が似ておられたとしても、御性分が火と水ほどに異なる。

 ――左様。それにたとえレストラウド殿が実子でなくても、既に陛下はアンゼリカ殿下をお世継ぎに定められている。殿下は女子であるとはいえ、聡明なお方だ。

 ――しかし、あれほど似ておられてはなぁ。人の口に戸は立てられぬ。悪い事にならねばよいが。


 そしてやはり、レストラウドは王の実子では、と言う噂が秘かに王宮内に流れはじめた。

 だが、レストラウド自身は、そんな事は気にも止めなかったし、自分の出自について詮索も一切しなかった。

 彼が王の実子であったかは、彼自身も知らなかったのだ。

 明るく、奔放で闊達かったつな性格。美麗な容姿と数多くのすぐれた資質。次々に勝ち取る誉れ高い武勲の数々。

 レストラウドは貴族や平民を問わず、全ての民の憧憬(どうけい)の的であった。そんな彼を王はますます疎んじた。

 そして、レストラウドが一八歳になった時、ブレスラウ公、大ライナスは彼に家督を譲る。

 誰も異論を挟まなかった。


 王アルバインはアンゼリカを後継者と決めていた。

 四十過ぎてようやくできた一人娘だとは言え、王は特に彼女を可愛がりはしなかった。しかし、彼女の聡明さと果断を彼なりに認めてはいたらしい。

 三年後に脇腹で生まれた病弱な長男ルザランよりも、アンゼリカを後継者に推す。

 長い歴史の間に、エルファラン王家には女王が立った例もある。しかしそれは他に男子がいなかった場合がほとんどであった。

 当然この事については、元老院をはじめ、異論を唱える者もあったが、王は決して曲げなかった。

 そして王は王宮内の奥で国中から集められた学者、知識人を持って娘、アンゼリカに帝王教育を施す。しかし、王は公務に彼女を参加させず、離れた場所から自分の采配を観察させていた。

 窮屈な生活ではあったが、自由な時間がまるでないわけでもなく、アンゼリカはその時間を使って王宮内でのびのびと呼吸していた。

 そして――

 十八歳の美しく奔放な公爵レストラウドと、二十歳の聡明な王女アンゼリカが、王宮の奥深くで出会い、愛し合ったことは奇跡のようで、当然の出来事だった。



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