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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
72/154

72 戦場 6−1

「セス。ようやくというか、案外早かったと言うか、爺さん達がやって来たぜ」

 セルバローが後ろから声をかけた。

 早春の平原はよく晴れている。空気は冷たいが、日差しは既に眩しいものがあった。

「そうか、大天幕にお通ししてくれ。俺もすぐに行く」

「うん。ところで、傷の具合はどうだ?」

 セルバローの言うのは、ドーミエとの対決で受けた脇腹の大きな傷のことだ。

 猛将と言われた彼の剣は重く、実用向きの分厚い皮の胴丸を完全に断ち切り、彼の体にまた一つ大きな傷をつくった。

 幸い内臓には達していなかったが、傷口はかなり大きく、軍医が汗を流して縫合したのは僅かに三日前。

 しかし、ファイザルはその日と翌日だけ横になっていただけで、今日は朝から起きだし、いろいろ細かい指示を出しに天幕の外に出てきている。

「大丈夫だ」

 表情を変えずにファイザルは答えた。

 爺さん連中とは、ファイザルの直接の上官の二人の将軍達のことで、今回の戦全体の総司令官かつ責任者は、一応彼らと言う事になっている。

 今まではウルフェイン平原の東を、セルバローと共に守っていた。

 一年前までは東西五十デリベル(キロ)に渡って展開していた戦場も、主としてファイザルやセルバローの働きで、このあたりで一番大規模な鉱山、ウルフェイン中央鉱周辺の十デリベルまでに縮小していたのだ。

 しかし今は、それももうない。

 先日の大戦で敵将ドーミエは、ファイザルによって討ち取られ、降伏宣言こそまだだが、ザカリエ軍は壊滅状態であった。

 部隊は散り散りになり、再編成は当分叶わないであろう。

 戦は終結した。


 しかし、傷跡がすぐに癒える訳もなく、平原や国境沿いに点在する自由都市は、荒れ果ててしまっている。

 ファイザル達に恨みを抱く敵の残党や脱走兵も多い。

 軍はその後始末に奔走している。万が一にも残兵や伏兵によって、戦闘が再開する事態は避けなければならない。

 ファイザルが負傷したと聞いて、将軍達は慌てた。

 決戦であり、最大の戦闘でもあった喫緊の戦いにおいて、将軍達は指揮を取ろうと申し出てくれたのだが、いつになく強くファイザルが固辞したので、彼等は引き下がっていたのだ。

 将軍達はわかっていた。

 指揮官として、また戦士として、老いた自分達より強いのは誰か、兵士たちは誰に心酔しているか。

 戦いに勝利し、二十年近く続いた戦争を終わらせるには、どうしたらいいのかを。

 彼らはその為に、かつての部下だった男達を戦場に呼び戻したのだから。


「まさかとは思うが、あいつ等、お前の功を横取りしようと言うんじゃないかな?」

 セルバローは別に悪気もなく、陽気にそんな事を口にした。

「そんな方々ではない。今回の戦勝については、誰にも文句は言わせない」

「そう言うとは思っていたがな」

「だが……そんな事はどうでもいい」

 ファイザルが呟いた言葉は、セルバローには聞こえなかった。

 彼は残りの指示をジャヌーに与えると、マントを翻して将軍達に挨拶をするべく天幕に引き返していく。セルバローも続いた。

 もうすぐ正午なのだろう、風が生暖かい。

 北の地ではまだ雪が残っているのだろうが、この平原には早くも春の風が吹き始めていた。

 あちこちで、兵士たちが戦闘の後始末をしている。それは、有りていに申して気持のよい作業ではなかった。

 野晒しにされた武器を集めたり、穴を掘って人馬の死骸を埋めてゆくのだ。身元を判別できる遺品は出来るだけ回収しつつ、それは敵味方の遺骸の区別なく行われた。

「おい、我らが指令官殿はおっとこまえだなぁ……顔も態度もさ」

 近くで、作業をしていた兵士がジャヌーに話しかける。周辺の男たちも一斉に頷いた。

「ああ……まったくその通りです」

「あんな色男なのに、おっそろしく強いときてる。ドーミエとの一騎打ちをあんたは見たんだろう?」

「俺たちの隊は、かなり距離があって、人づてに聞くだけだったんだよ。どんなだった?」

「……凄い戦いでした」

 ジャヌーは慎重に答えた。

「そうだろうなぁ。相手は名うての戦士『バルリングの大熊』、ドーミエ将軍だもんなぁ、あ~、俺も見たかった!」

 ああ、おお、と周り中から同意する声が上がった。

「俺の弟は、あいつの軍にやられたんだ。ファイザル様は弟の仇を討ってくれたことになる。俺もその場にいたかったぜ」

 年かさの兵士が感慨深げにつぶやいた。

「俺もだ」

「まだ若いのに大した男だ。気難しい古参兵たちも心酔している者が多いんだぜ。これほどの大戦闘だったというのに、犠牲は意外に少なかったのもあるし、何より自分が先頭に立って、敵陣深くまで切り込み、敵将を討ち取ったって言うのが凄いな」

「本物の戦士だ。伝説の神将、ブレスラウ公爵の再来だってみんな噂しているぜ」

「ブレスラウ公爵? お名前だけは存じておりますが、確かこの戦争の初めのころに亡くなられたとか」

「ああ、あんたは若いから知らないだろうがな。俺らの世代では憧れの人だった。若くして亡くなったのが惜しまれる。もしご存命でいらしたら、元帥にはなられてたろう」

「そう言えば、公爵は最後まで一人身だったんだな。世継ぎとかはいらっしゃらないんだろうか? もしいたら、あんたぐらいの年格好だと思うんだが。あんた知らないかね?」

 先程の兵士がジャヌーに向かって顎をしゃくったので、指名されたジャヌーはびっくりしてしまった。

「そんなこと言われても……そんな尊い方のことなど、俺なんかにわかる訳はありません」

「もっともだ。ところで、あんたはあの司令官の従卒をずっとやっているのか?」

 いくらか若い兵士が親しげに声をかける。その間も皆、穴掘り作業は続行中だ。

「はい。士官学校を出てからずっとです。三年余りになりますか」

「へぇ……じゃあ、あの人の事はよく知ってるんだな? 家族とかはいないのか?」

「いないと思います」

「恋人は?」

「さぁ……」

 ジャヌーの脳裏に、たおやかな横顔がよぎる。

「まさか、剣が恋人って訳じゃあないだろうな?」

「まさか! そんなことは」

「違ぇねぇ。剣じゃ抱くには硬すぎらぁ」

「もしかして男色家とか? あ、ひょっとしてあの『雷神』が相手か? あの人もすげぇ強くて美男だからなぁ」

「うわ! 派手だなこりゃ!」

「おい、ひょっとして……あんたも?」

「どひゃ」

 男たちが一斉に後退った

「よ、止してくださいよ!」

 思わずジャヌーが本気に取ってしまったので、がははと無遠慮な笑いが周り中で起きた。

「ははは! 本気にしたな。純情な兄ちゃんだ」

「いやぁ、悪ぃ、わりぃ。だってあんたも指令官殿も大した男前だからよ~」

「俺は女の子が大好きです!」

「違ぇえねえ! 俺もだ。ああ、早くかーちゃんに会いたいなぁ」

 大仕事を成し遂げた男たちは、再びどっと笑った。




女っ気ナッシングですみません。これでも恋物語なんです。

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