63 思慕 4−1
初秋の荒野を馬で駆けることは、レーニエにとって心楽しめる日課なのだが、この日の彼女は生真面目な顔をして前方を見据え、リアム号を急がせていた。
後ろから二騎の護衛の兵士がついてくる。
森の端の道は美しく、愛馬リアムは機嫌よく砦までの半時の道を一気に駆け抜けた。
大きな城門では、顔見知りの門衛が微笑みかけながら迎えてくれ、砦内部に一歩足を踏み入れると、若い兵士たちが憧れと尊敬の眼差しで敬礼し、彼女を眼で追う。
案内係の兵士に来訪の要件を伝えると、すぐに指揮官専用の応接間に通してもらえた。
程なくオーフェンガルドが現れる。
「これはご領主様、よくお越しくださいました。ご連絡をいただければ、こちらから伺いましたものを」
彼はファイザルと同年代の男性で、硬そうな茶色の髪と瞳を持っている。
「あ、そうか」
いつものように、オーフェンガルドが挨拶をするのに応じながら自分の迂闊さに気がついた。
「なにか?」
「いや……つい自分の事ばかり考えていたので、自分から出向いてしまったが、オーフェンガルド殿に館へ来てもらった方がよかったのかな? 奥方にも会えるのだし……まったく私は気が利かないな」
整った眉を下げてしゅんとする領主を、オーフェンガルドは理由は分からないながらも好もしそうに眺めた。
目の前の若い貴族が、見かけどおりの儚げな娘ではない事は、ファイザルが残した申し送りや、村人たちの話からオーフェンガルドも知っている。
領主のくせに直接税を取らず、子ども達の面倒を見たり、貧しいこの地に新たな産業を興そうと色々試みているという事も。
ファイザルが戦地への出立直前に起きた身代わり人質事件は、何回報告書を読み返しても、信じられないほど無茶苦茶な行動力だった。
しかし、ファイザルが危惧し、くれぐれも配慮してやってくれと申し置いた通り、自分を悪く言う傾向は、まだこの娘の中に強い。
「いえ、いいのですよ。休暇でもないのに、持ち場を離れることを自分に戒めております。必要とあらば、村やお屋敷に出向くこともありますが」
「そうか。ヨ……ファイザル指揮官殿もよくそのような事を申されていたな。一度ほどけた緊張の糸はなかなか戻らぬとか」
「ええ、その通りです。して、本日の御用向きは?」
「あ、ああ。お忙しいのに時間を取ってもらってすまないが、ハルベリと言う人物について教えてほしいのだ」
「ハルベリ少将ですか?」
意外な事を聞いたように、オーフェンガルドは灰色の目を見張った。
「ご存じか?」
「はい。直接会ったことはありませんが、噂は耳にします。軍の特殊部隊を統率されておられる方ですね」
「ああ、そうらしい。いったいどういう人物なのか?」
「噂ではかなりの切れ者だと言う事です。まぁ、特殊部隊等と言うものは、凡庸な人間では、やってられないところだと思いますが」
「人柄などは?」
「人柄? あ〜、そっちはあまり存じ上げません。申し訳ありません。ですが、なぜ急に、ハルベリ少将の事をお聞きに? 伺ってもよければ、ですが」
「うん。実はフェルディナンドが……あ、この者は私の従者で、サリアの弟で、家族と言ってもいい近しい存在なのだが、今、都の士官学校の予科で学んでいる」
「サリアさんの弟御ですか。そう言えば伺った記憶があります」
オーフェンガルドもサリアはしっかりした娘だと思っていた。オリイからもセバストからも息子が今、都で学んでいると聞いている。レーニエが言うのはその事だろう。
「うん。それで、フェルディナンド、フェルはなかなか優秀なのだが、どういう経緯からか、ハルベリ少将殿の目にとまり、自分の作戦行動に参加させたいと言ってきたのだ」
「ええっ!? 予科で学ぶ少年をですか? お幾つなのです?」
「十四……いや、もう十五になったか」
「それは若い」
オーフェンガルドが絶句した。
「特殊部隊というのは、いうなれば、戦や敵の様々な情報を集めるところなのだろう?」
「ええ、まぁそうです。それだけじゃありませんが」
「と言うと?」
「後方支援として、集めた情報を解析して各部隊に流したりもしますが、それだけでなく、敵地に潜入して工作活動をしたりもします」
「……工作活動……やはり」
レーニエの瞳が曇る。
「はい。間違った情報を流して紛争の火種をまいたり、逆にもみ消したり」
「そうか。でも、そんなことを私に言っていいのか?」
「ええ大丈夫です。このくらいは軍関係者なら誰でも知っていますので。もっと細部の諜報活動になると、おそらく同じ部隊内でも、それに従事している者以外には知らされないそうです」
「……」
「しかし、そんな部隊にサリアさんの弟殿が?」
「手紙にはそう書いてあった。ここから先は、絶対に漏らしてはならないことだとハルベリ少将は言っている。だから、あなたに伺いに来た」
「なんですって? それは、それなら……レーニエ様、申し訳ありませんが、しばらくそのままお待ちください」
オーフェンガルドは急に立ち上がり、控室に向かった。扉を開けるとそこに詰めている兵士に向かって命じる。
「よいか、私が許可するまで何人たりともここを通すな」
「はっ!」
オーフェンガルドはそう言うと、扉に内側から鍵をかけた。
「ここでもまだ伺えません。レーニエ様、すみませんが奥の執務室においで下さい」
「……わかった」
オーフェンガルドに促され、レーニエは席を立った。以前にも入ったことのある、ファイザルが使っていた執務室の扉をオーフェンガルドが開けて待っている。レーニエは黙って従った。
正面に大きな執務机。積み上げられた書類。ペンにインク壺。
あの向こうの扉の奥は私室になっていて、以前城壁の高さを実感して気分が悪くなった時、自分が横たえられた寝台。
『あなたには出来ると思います』
優しく頼もしい声が自分を勇気づけてくれた。
しかし今、懐かしいあの姿はなく――。
レーニエの視線が、ゆらゆらと狭い空間を彷徨う。
長いので二つに分けました。
ブックマーク5000を目指してます。そうすれば、
巻末の「こんな作品も読んでいます」で、ご新規様の目に触れることが多くなると思うのです。
どうか、ブクマへのご協力をお願いいたします!
ここからレーニエの活躍(彼女なりの)が始まります!