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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
61/154

61 思慕 2

 レーニエの元に都から手紙が届いたのは、それからしばらくしてのこと。

 それは、フェルディナンドからの書簡であった。


『レーニエ様、大変ご無沙汰をしております。ノヴァの地は今頃木々が色づき、さぞ美しい季節なのでしょうね? お元気でお過ごしですか。

 長い間手紙が出せなくて、申し訳ありません。御心配をかけてしまったでしょうか? もしそうなら大変心が痛みます。数えてみたら、前の手紙から五カ月も経っていました。

 この最近の私の近況をご報告いたします。

 レーニエ様のご厚意で都に来て以来、物珍しくとも充実した日々を送っていた私でしたが、直属の教官に呼ばれて特別な訓練を受けることになったとは、以前の手紙に記しました。

 この間私は、通常の実習や座学とは別に、新たな部署で特別な訓練や講義を数多く受けていました。

 そのことについては、今の私の属する部署の最高責任者であるハルベリ少将から別に書簡が届くと思いますので、ここでは述べません。

 私は、新たに受けたこの半年の訓練で、かなりの成果を示したようで、ひと月ほど前、上官から呼び出しを頂き、これからある作戦に参加するように命じられました。

 その作戦は、今も続いている南の戦に密接に関係していて、私にもその地に行ってある任務を果たしてもらいたいと言う事でした。

 ハルベリ少将と言う人は、学校の教授方でも、武芸の師範でもありませんが、軍の特殊部隊に属される方のようです。彼は新入生のすべての情報を綿密に調べ上げ、適性や成績などから毎年数人の学生を選んで、ご自分の部署に入れるかどうか試験されるようなのです。

 今回は私の記憶力の正確さを評価していただいたようで、そこからこの特別な訓練を受けるよう、教授達に私を推薦されたらしいです。

 この事は、ハルベリ少将に最も近い武官であるオストワルド大佐から、私に伝えられました。

 実のところ、私自身はその命令の内容を伺ってから、引き受けたくてうずうずしているんですけれども、ふとレーニエ様がこの件について、どう思われるかと考えたのです。

 ですから、私には大切な主人がおり、自分の身はその方に捧げているので、その方の許可なくば、お引き受けできないとオストワルド大佐に申し上げました。

 この事を包み隠さず申し上げた時、オストワルド大佐はかなり当惑したようでした。多分今まで命令を下した者が、このような事を言ったのは初めてだっのでしょう。

「君のご主人とはどなたかね?」とオストワルド大佐がお尋ねになるので、私は今のレーニエ様のお名前を申しました。

 私だって内心はドキドキしてたんですけど、これだけは言っておかないと、と思ったものですから。

 オストワルド大佐はレーニエ様のお名前に心当たりがなかったらしく、少し待つようにと私に申されました。そして、この事は学友の誰にも漏らしてはならないとも。私がそんな事する訳がないのに。

 ハルベリ少将は多分、オストワルド大佐の言を受けて、レーニエ様のことを御調べになられたと思います。数日たって私はまた、オストワルド大佐の呼び出しを受けました。

 部屋に通されると、今回は大佐の横にハルベリ少将がおられました。これは事前に知らされていなかったので私は大いに驚きました。

 ハルベリ少将は温厚な方のようにお見受けしましたが、彼は私にこう言いました。

「フェルディナンド君、君のご主人のことを少し調べさせて貰った。なかなか込み入ったご事情がおありのようだね。正直私も驚いている。長らく人の口に上らなかったが、この方が君の主人でいらっしゃったとはね。ドルトンと言う人物については知っているかね?」

 私はドルトン様の事を商人として存じていると申しましたが、召使の分際で主の事情に口をはさむつもりはない、とはっきり申しましたら、ハルベリ少将は笑っておいでで「やはり君は面白い人材のようだ」とおっしゃいました。

 彼がレーニエ様について、どこまで御調べになったのかはわかりません。ただ、彼は非常に頭が切れて、有能な軍人だと言う噂です。厳しいことは厳しいのですが、嫌な感じは受けませんでした。

「確かに、そのような方にお仕えしているのだったら、私も権力をカサに着て、単に命じればいいと言うのではなさそうだ」

 そんな言い方で、彼は私を見つめました。

「ふむ、しかしこの機を逃したら、こんな機会はもう巡ってこないかもしれない。私の考える任務に君は非常に適任なのだよ。もしその方のお許しがあれば、君は私の命に従うかね? 些か危険も伴うのだが、できるだけの準備はするように、今情報を集めさせている。王宮ではドルトン殿にも動いてもらっているし」

 そして、彼は私に任務の内容を説明したのです。それは確かに今の私にしかできないような内容でした。

 こんなことを言うと、レーニエ様にご心配をおかけするかもしれないのですけれど、正直に言うと、私はすごく興味を持ったのです。

 私はこの一年、レーニエ様のお傍を離れてさまざまに学んできました。この間の手紙でお伝えした通り、成績は常時首位だと思います。だって、私の出来が悪いと、せっかく学校にやってくれたレーニエ様に申し訳ないですから。だけど、学問ばかりしているわけでもありません。

 剣や体術の腕も上がってきたと思います。友人も出来たし、学校生活は充実していますし、不満はありません。

 だけど、私はもっと別のところで、自分を試してみたいと思ったのです。

 この使命を果たすことは、戦争を終わらせることに少しだけでも役立つだろうし、それは取りも直さずレーニエ様のお役に立てるという事なのですから。

 レーニエ様、いかがでしょうか?

 私はやってみたいと思っているし、自惚れでなくて自分ならうまくできると思っています。

 しかし、レーニエ様がやめろと言うのならば、進んでそれに従いたいとも思います。私にとってレーニエ様は、唯一無比のお方ですから。

 自分のことばかり書いて申し訳ありません。レーニエ様には今でもとてもお会いしたいです。

 レーニエ様がどんな風に過ごされているか、気にかからない日はありません。

 この夏はお身体の調子はいかがだったのでしょうか? 夏は、どちらかと言えばレーニエ様はお苦手だったでしょう? 私は陽に長く当たられていないか、お熱を出されていないか、ずいぶん心配しておりました。

 これからどんどん寒くなります。寒いのはお好きだとおっしゃるレーニエ様ですが、どうかご無理はなさらないで、姉さんや両親の言う事をきちんと守ってください。

 以前のようにおぐしを切るなどと申されて、皆を困らせたりしないよう、お願いします。

 どうぞ、私の事はご心配されないようにしてください。そして、くれぐれもご自愛ください。                          

 あなたのフェルディナンド』


 レーニエは呆然と手紙を置いた。


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