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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第一部 ノヴァの地の新領主
6/154

 6 北方辺境の新領主 6

 村長の家を出た時には、すでに昼近くになっていた。

 太陽は中天に昇っていたが、相変わらず村の中は人通りが少なく、寒々しい。

 ついさっき、玄関ホールでレーニエの肩にマントを掛けてやったとき、ファイザルはわざとマントを髪の上に着せかけなかった。

 だから髪はその背に流れている。レーニエは気がついたようだが、口を開きかけたフェルディナンドを押し止め、何も言わずに馬に乗った。

「無礼を働いた者たちに構いなしとの仰せ、改めましてありがたく賜りましてございます。」

「その内にもっと教えてもらいたいことが、できるやもしれぬ。よろしく頼みたい」

 見送りに出た村長と、その家族が深々と頭を下げるのに、馬上から頷いてレーニエは村を後にした。

「館にお戻りになられますか?」

 来た時と同じように自分の前にレーニエを座らせ、手綱を打たせてファイザルが尋ねた。領主は先ほどより少し体の力が抜けたのか、安心して馬の動きに身を任せている。

 ジャヌーは少し後ろからついてくるが、その眼はやはり物珍しそうにレーニエに注がれていた。その前の少年の目は忌々しそうにファイザルに注がれている。

「そうしよう……あなたもお忙しいのだろう」

「俺……私は構いませんが」

「そうか、なら、来たのと違う道を通って戻ってもらえるか?」

「かしこまりました」

 荒野と隣り合わせの村は、静まり返っている。

「いつもこんなに人がいないのか?」

「いえいつもはこれ程は……おそらく昨日の件を反映しているのだと思います。明日には元通りに人々が行きかうかと」

「そうか……よかった……私のせいで皆迷惑をしているのだな」

「……」

 一体この領主は何者だろうと、ファイザルは再び考え込んだ。そう言えば、昨夜からずっとこの人物のことを考えている事に気づく。

「……私もあなた様に言うべきことが……」

 ややあって、ファイザルは切り出した。

「……?」

「実は私は存じておりました。昨日、彼らが武器を持ってあなたのもとに赴くことを」

「そうか」

「お察しであられましたか?」

「かもしれぬとは思っていた。あなたは有能な方だから」

「私には優れた情報網があって、この地のことならほとんど知らないことはありません。しかし、私はあえて止めなかった」

「……」

「理由を聞かれないのですか?」

「おそらく、彼らと同じ理由からだろう? あわよくば私がしっぽを巻いて都に帰ればいいと思っていた?」

「まさか、そこまでは。ですが、あなたの出方を見ようとは思っていました。勿論アダンがあなたに危害を加えたりせず、皆を自重させることはわかっていましたが。私もすぐに出られるところで待機し、適当なところで止めに入ろうと言う思惑でした。あの若いナヴァルは、予想外に勇み足でしたが。怖い思いをさせて申し訳ございません」

「もうよい」

「私の任にはご領主さまの警護も含みます。私にも存分なご処分を」

「よいと言っている。皆が思うとおり、私はやっかい者の、零落れいらくした貴族だ。この地で静かにひっそりと暮らす。それだけだ」

「ならば、何故私を顧問になどとおっしゃいます?」

「それは……」

 レーニエは振り返って大きな軍人を見上げた。思いもかけず至近距離で目が合う。

 鉄色の髪、聡明そうな額。湖のような色の瞳は、いささかも揺るがぬようにレーニエを見つめていた。

「知りたかったからだ……いろいろなことを」

「知りたい?」

「私は今まで何も知らなさ過ぎた。こんな自分でも、やっと都を離れてここまで来れた。だから……」

「はい」

「ファイザル指揮官。これからも、私にいろいろなことを教えてくれないか。あなたの仕事場も見たい。軍についても知りたい。この村のことも」

「……」

「迷惑ならば引き受けずとも構わぬが」

 ファイザルの沈黙を否定と受け止めたか、レーニエは小さな声でつけ加えた。

 不思議な人だ。

 俺の胸までもないような子供のくせに、わざわざそうしているような、重々しい芝居がかったような振る舞い。

 元老院議長のように勿体ぶった話し方をするかと思うと、自分の事になると、途端に引っ込み思案になる。

 仮面の下は知らないが、これほど美しい外見を持ちながら、自分を醜いと思い込み、もじもじしている。

 なのに、無礼を働いた村人への処分は無しと即決。いったい、どんな身分でどういう育ち方をしてきたんだか……。ファイザルはすっかり分からなくなった。

「すまない。忘れてくれ」

 領主は弱く呟く。つば広の帽子が可哀そうなほど俯いてしまった。

「ふふ……そうですか。では、まずは馬の乗り方ですね」

 まるで年の離れた弟にするように、片腕で細い体を柔らかく抱いてファイザルは囁いた。

「……え?」

「教えてほしいとおっしゃいましたが、俺は厳しいですよ。それでも構わなければ」

「ファイザル指揮官、本当に?」

 初めて声を上げて領主は尋ねた。

「ヨシュアとお呼びください。俺の名です」

「でも……」

 照れたように領主は口籠っている。

 仮面に隠されていない部分の頬が少し染まるのが見て取れた。ファイザルの心に暖かいものが込み上げてくる。

 それはこの領主を見たときから感じ続けていたものだ。

「さぁ、お呼びください」

「ヨ……ヨシュア……?」

「はい結構です。それでは明日、あなたに合う大きさの馬を持ってこさせましょう。まずは乗り方。そしてギャロップです。大丈夫ですか?」

「ああ……ありがとう! ファ……ヨシュア」

 喜びのためだろうか、声は高く鈴の音のように澄んで冬空に響いた。




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