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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第一部 ノヴァの地の新領主
53/154

53 領主の選択 14−1

「父さん、母さん、レーニエ様のご準備ができました」

 サリアはレーニエの寝室から顔を出し、控室で待つ両親に声をかけた。

「下の方はどう?」

「ああ、大広間の方はすべて整っているよ。抜かりはない」

 セバストは大きく頷いた。

「お客様は皆(そろ)ったしね」

 オリイも微笑む。

「あとは、レーニエ様のお出ましを待つばかりです」

「だ、そうですよ? レーニエ様……レーニエ様?」

 サリアはなかなか出てこない内気な主に、まったくもぅと云った風で、大股で引き返してゆく。

 彼女の両親は顔を見合わせたが、したり顔で頷きあって微笑んだ。


 この館の主はまだ、寝台の横の大鏡の前から動けずにいた。

「レーニエ様、お聞きになったでしょう? お客様を待たせてはいけませんわ」

「サリア……サリア、やはり黒にした方がよくはないか? なんだかずいぶん滑稽に見える」

「まぁ! 何をおっしゃいますか? 一番似合う色を探せとおっしゃられたのは、レーニエ様ですのよ。第一、今から着替えるのでは、せっかくのお料理が冷めてしまいます。母さんと私で朝から用意をしたのに」

「それは……だけど、これはちょっと派手過ぎでは? 胸元だって、こんなに」

「それがいいのではありませんか。せっかくおきれいなお胸をされているのに、今までずっと隠されていたのですもの。こんなレーニエ様をご覧になったらもしかして、ファイザル様だってご決心を翻して、ずっとここに居るとおっしゃるかもしれませんわ。さ、こちらへ」

 サリアがやたらと引っ張るので、レーニは仕方なく彼女の方を向いた。

 オリイが先ほどから、ちらちらと室内の様子を窺っていたが、レーニエの姿を認めると、ぱぁっと顔を輝かせた。

「まぁ!」

 そこには初めて、瞳と同じ色の衣をまとったレーニエの姿があった。

 レーニエの希望で、あまりに鮮やかな赤ではなく、落ち着いた感じの緋色の絹。

 ただ、胸元が広く()れていて、肌理(きめ)細かい肌と優美な曲線を魅惑的に覗かせている。帯は胸のすぐ下で結ばれ、膨らみ始めた曲線を強調するようになっていた。

 身ごろは、レースや絹が重なり合いつつ、あまり広がらずに裾を引き、すらりとした肢体を引き立てている。袖はやはりレースを重ねながら裾広がりになり、先に小さな輪がついていて中指が嵌まっている。

 髪は都では高く結いあげるのが流行(はやり)だと言うが、レーニエの髪は長すぎてそれには向かない。以前したのと同じように、顔の両側から編み込みながら、後ろで結いあげて飾り櫛をさし、長い後ろ髪はそのまま背中を滝のように流していた。そして、瞳やドレスと同じ色の紅を引いたことが唯一の化粧だった。

「これはお美しい……」

 セバストもそれ以上の褒め言葉が見つからずに、嬉しそうに妻の肩に手を置いた。

「でもあの……」

「さぁさ! レーニエ様、早く父さんの腕をとって! 階段の下からはファイザル様がエスコートなさる予定なのでしょ? まるで結婚式ですわね!」

「……サリア!」

 なんということを、と真っ赤になって口を開きかける主人を軽く制し、サリアは、

「後でいくらでもお叱りを受けますから、今は早く!」

 と容赦なく追い立てる。レーニエは仕方なくセバストが差し出す腕をとった。

 今宵はファイザルの昇進、出立と、この度新しくノヴァゼムーリャ国境警備隊長の任に就いた彼の戦友、パトリス・オーフェンガルド少佐の着任式を兼ねた晩餐の宴だったのだ。


 あの拉致事件の後、レーニエはしばらく外出を禁じられた。

 疲れ切った彼女は翌日少し熱を出し、二日ほど部屋から一歩も出してもらえなかった。本人は一日で元気になったと言い張ったが、誰にも聞き入れてもらえなかったのだ。

 レーニエは事件の後始末や、後任者への引き継ぎで砦を離れられないファイザルを初め、彼女を救うために手を尽くしてくれた兵士たち、一番忙しい時期に心配を掛けてしまった村人たちに会いに行きたいと、切に訴えた。

 脱走兵も捕まったことだし、もう大丈夫だと力説したが、セバストもオリイも今回に限って断固許可しなかった。サリアは一番怒っていたし、ここにフェルディナンドがいたら、もっと怒るに違いなかった。

「私たちがどんなに恐ろしかったか、少し頭を冷やして考えてくださいませ! 今日は寝台から降ろして差し上げませんからね。父さんも母さんも卒倒寸前でしたのよ! ほぅら、まだ額が熱い!」

「だけど……だからこそ、私が皆に謝辞と謝罪を……」

 サリアのものすごい剣幕にたじたじとなりながらも、レーニエは最後の抵抗を試みるが、怒り狂った侍女の迫力に、言葉尻が消えてしまった。

「そんな事、お熱を下げられてからおっしゃって下さいまし! それにレーニエ様がお出ましにならなくても、どうせ皆の方からやってきましてよ」

 サリアは、掛け布団から眼だけ出しているレーニエに、覆い被さるようにして宣言したが、それは確かにその通りとなった。

 事件の翌日の午後、ペイザンに連れられたミリアとマリがお見舞いにやって来た。

 彼女たちはあの朝レーニエの推察どおり、この春、領主と共に植えた種がどこまで大きくなったか急に見てみたくなり、境界跡にやってきて、いきなり捕まってしまったという。

「後ろで音がしたって思ったら、急にマリが知らないおじさんに捕まったの」

「とっても怖かったの!」

 そして、レーニエに泣きながら「ごめんなさい」を繰り返すものだから、さしものサリアも怒りを解いて、レーニエを許す事にした。

「確かにあんな子に、刃物を突き付けられているのを見たら、誰だって動揺いたしますわねぇ……」

 三人を送って戻って来たサリアはそう言って、言いつけどおり寝台に横たわったまま、窓の外を見ている主に頷いて見せた。

 ペイザンの御す荷馬車の荷台に腰かけて、二人はまだ窓を見上げて手を振っていたのだ。

「うん」

 村人たちからもいたく感謝をされ、アダンとキダムを代理にする形で、様々なものがお見舞いとして届けられた。


 ブリッツは命を取りとめた。

 しかしかなりの重症で、今でも砦の牢内で寝たきりになっているという。マンレイはあれから間もなく回復し、ファイザルの事情聴取を神妙に受けた後、ブリッツと共に牢に入っていた。

 彼らは回復し次第、都に護送されることになっている。

「ジャヌー、お前にも辛い思いをさせたね……すまない」

 見舞いを兼ねて報告しに来たジャヌーに、レーニエは心から詫びる。

 レーニエは努力して平静を保とうとしていた。

 体の空かぬファイザルの代わりに館を訪れるジャヌーに、南の戦場の様子を聞いていたが、そのジャヌーもファイザルと共に行ってしまうと知って、日毎にその表情は浮かなくなってゆく。

「レーニエ様、そんなことをおっしゃらないで下さい。俺なんか結局何の役にも立ちませんでしたし」

「そんな事はない。お前がいたから迅速に落着できたのだ」

「いえ、俺はただうろたえていただけで……指揮官殿の采配にただ恐れ入るばかりで」

「ヨシュア……あの人はどうされておられる?」

「はい。明日にはオーフェンガルド様が、アルエの街まで到着されるという事で、準備や何やかやで大変多忙にしておられます。ですが、レーニエ様の事を大層心配しておられました。お熱の方は……」

「もう大丈夫だ。あんまり皆が心配するので、こうしている……明日には馬で砦の方にいけるかな?」

 やっと床から出ることを許されたレーニエは、居間の暖炉の前の大きな椅子に沈み込んで物思っている。

「いえ、まだご自愛くださいませ。それに体が空きさえすれば、指揮官殿の方から必ずお見舞いに来られます。その為に片っぱしから仕事を片付けておられるのですから。今しばらくの御辛抱を」

「……そうか」

「レーニエ様、そんな顔をなさらないでください」

 ジャヌーの方がつらそうに懇願する。

「わかっている」

 レーニエは気持ちの優しい青年に、心配をかけないように笑って見せた。




今回も2話に分けました。


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