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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第一部 ノヴァの地の新領主
45/154

45 領主の選択 7

「サリア、サリア! いるかい?」

 オリイが大きな籠を抱えて裏口から厨房に入ってきた。籠には野菜がたくさん入っている。村に行って来たらしい。

「はい、母さん。ここに」

 サリアは洗濯室から顔を出した。後ろに若い村の娘もいる。洗濯中だったらしい。

 このところ天気が安定しており、サリア達は朝から冬に備えて羽根布団を干したり、沢山の敷布や窓かけを洗ったり大忙しだったのだ。

「ああ、洗濯中か。じゃあダメだわね」

「どうしたの? なにかあったの?」

「それがね、さっき村長のキダムさんに会ったんだけど、村はずれに一人で住んでる、アンナおばあさんの関節痛が悪くなって、動けないって言うのよ。娘さんは今、隣村まで出かけているし。私、あんたに必要なものを届けさせますって、つい請け合ってしまったんだよ。村の人達は取り入れ時で忙しいもんだからさ」

「ああ、アンナおばあさんか。お気の毒に」

「ええ。娘さんは、姪っ子のお産で隣村に行ってるんですよ。気候が良いから大丈夫だって、アンナばあさんは言ってたんですけど。どうも具合がよくないらしくて」

 手伝いの村娘も話に加わった。

「そうなんだよ。昨日の晩は冷えたからねぇ」

「いいわ。私これを置いて馬車でひとっ走り村まで行ってくるわ。パンとか、チーズとか三日分ぐらいあればいいんでしょう? 何かあったかい物を作って、ついでに掃除とかもしてくればいいのね」

「だけど、こんなにたくさんの洗濯物を途中でほっておくのもどうもね」

「それなら私が行こう」

 裏庭でリルアの生育状況を見ていたらしいレーニエが、戸口からひょいと顔を出した。

「レーニエ様?」

「いけませんよ。裏口からお顔を出されるなんて」

 オリイはどんな時でも躾にやかましい。レーニエは大人しく引き下がり、表から回ってやってきた。

「アンナお婆様の家は、確か村から少し離れたところにあったな」

「左様でございますが、何もレーニエ様がお出ましにならなくとも。アンナ婆さんがたまげてしまいませんか」

 オリイが難色を示すが、レーニエは自分が行くと言ってきかなかった。

 村人の役に立つことはレーニエの喜びでもあったから、オリイも強くは拒めない。

「いいのだ。オリイ、私はホールで待っているから支度をしてくれる? そうだ、双子梨のパイなど持って行ってもいいのではないか? 日持ちもするし、美味しいし」

「はぁ。ですが、やっぱり警備の兵士さん達に……」

 オリイはまだ言っている。

「いいんだ。天気も良いし、ヒマだし。お婆様も心配だし」

「ご領主様がお見舞いにいかれるなんて、前代未聞ですわよ。おばあさんが魂消てしまわないように、大人しくなさってくださいね」

 サリアがからかった。


「オリイさんの言う通りですよ。レーニエ様自ら、出向かれることはないと思います」

 村への道を並んで馬をうたせながら、ジャヌーは珍しく小言を言った。

「今からでも俺が、ひとっ走り行って来ますけど」

「一人暮らしの御婦人のお宅に、お前一人で訪問する訳にもいかないだろう? それとも私を行かせたくない理由があるのかな?」

「いやその、そう言う訳でも……」

 いぶかしむ様に向けられた赤い瞳に、ジャヌーは口ごもるしかない。いつもはおっとりしているくせに、妙なところでこの領主は鋭いのだ。

「なら、いいではないか。天気もいいし、いつもの遠乗りと思えば」

 街道の治安強化に、警備の人数が増やされたのは三日前だ。領主館の護衛も同時に三人ほど増えている。

 ジャヌーはセバスト達にだけこっそり事情を話したが、レーニエには余計な心配をかけないように今のところは伏せている。護衛の兵士達もできるだけ、レーニエに逢わないように起居し、人数が増えたことを悟られないように注意しているはずだ。

 領主が好きな遠乗りに行きたがっても、ジャヌーは何とかいい訳を作って、領主が村から出ないように計らってきた。

 しかし、安心はできないとジャヌーは思った。このさとい領主なら、周囲の事情をおもんぱかって黙っていることも、ありうると考えたからだ。

 あ~、俺、苦手かも、こういうの。もしこの方に問い詰められたら、すぐにドロ吐いてしまいそうだ~。

 指揮官殿、もしそうなったらすみません。

 ジャヌーの心の機微など知らぬげに、馬は楽しげに街道を進み、半時ほどで村の広場までやってきた。

 だが昼を過ぎた今の時刻なら、この季節には皆、畑や果樹園に出て働いているはずなのに、どういう訳か子ども達や大人達までも、わらわらと広場に集まっている。

「あれ? なんでしょうか?」

「うん、おかしいな。あんなに人が」

「聞いてみましょう」

 さっと緊張を走らせ、ジャヌーは馬を下りて人々の輪に入っていった。

 人々も領主に気がつき、こちらにやってくる。レーニエも馬を下りて状況を見守った。直にジャヌーが戻ってくる。

「どうだった?」

「それが……ミリアとマリが朝からいなくなったそうで」

「ミリアとマリが!?」

 ミリアは十歳、マリは六歳の姉妹だった。二人には母親がいなくて、父親のペイザンと、老いた母が世話をしている。

 レーニエにもよく懐いて、他愛のない話を持ちかけてきた。レーニエも二人を可愛がり、いつも馬に乗せたり、皆で食べるように菓子を与えたりしていたのだった。

「はい。祖母の話によると、二人は今朝、朝食を食べると、すぐにちょっと出てくると言って家を出たそうです。午後からは豆の取り入れを手伝う予定になっていて、午前中ぐらいは少し遊んでてもよいだろうと、ペイザンは家を出したんですが、昼時になっても帰ってこない。こんなことは今までになかったそうです」

 レーニエの顔が心配でみるみる曇った。

「方々探したのか?」

「はい、ペイザンさんは今、近所の人と方々をあたっているようです。畑に出ていた人たちも、今から手分けをして探すことになっていて……」

「もしやと思って井戸やら、小川やら探したんですが」

 涙ながらにジャヌーの後ろから出てきた老婦人は、二人の祖母だった。

「井戸……」

 ぞっとしてレーニエは呟いた。

「ええ、幸い大丈夫だったんです。普段から子どもだけでは近づかないように言ってあるし……今日のお昼には、蕪のシチューを用意していて……二人の大好物なんで、普段なら戻らないってことは絶対にないんです」

 そう言うと、老婦人はエプロンに顔をうずめて泣き出してしまった。少し離れて心配そうに人々も見守っている。

「婆様、心配はない。すぐに見つかる。あの二人は賢い、危険な場所には近づかないはずだ」

 レーニエは老婦人の背中を優しく撫でながら励ました。

「ジャヌー!」

「はっ!」

「軍の力を借りてよいか?」

「は! それは無論レーニエ様の御命令ならばすぐにでも」

「それではお前、砦に戻ってこの事をヨシュアに伝えてくれ」

「かしこまりました。しかし私はレーニエ様のお傍を離れるわけにはいきません。そうだ、アダンさんなら。誰か! アダンさんを呼んできてくれないか?」

 直に人が走り、離れた畑まで出ていたアダン、そして少し遅れてキダムが広場にやってきた。その間にレーニエは近くの家を借り、急いでファイザル指揮官宛の手紙をしたためめていた。

「これをファイザル指揮官殿に。私も今から馬でその辺りを探そうと思う」

「ありがとうございますご領主様。では直ちに!」

 アダンはジャヌーから馬を借り、風のように駆け去ってゆく。

「大丈夫。ヨシュアなら、すぐに動いてくれる。二人はすぐに見つかると思う」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 老婦人は何度も頭を下げ、キダムをはじめ集まった人々も、領主の迅速な判断に感謝した。

「しかし、急いだ方がいいかもしれない。手のあいている者は引き続き、捜索にあたってもらいたい。私もそうする。ちょうど村はずれまで行くところなのだ。方々を見ながら行こうと思う」

「左様でございましたか、もしかしてアンナ婆さんの?」

 キダム村長は自分が漏らしたことが、レーニエまで引っ張りだしたことに後ろめたさを感じ、恐縮している。

「うん、これから急いで行こうと思う。それからすぐに軍の捜索に加わる。ジャヌー、後ろへ!」

「はっ!」

 レーニエが身軽に馬に飛び乗るのに倣い、ジャヌーも素早く従う。そして、ざわめく人々を残し、ノヴァゼムーリャの領主もまた駆け去った。


 二人を乗せた馬は、既に村はずれに差し掛かっていた。

 すっかり秋の色に染まった絵のように美しいこの風景の、どこかに幼い姉妹がいるはずなのだ。レーニエは目をこらしたが、なだらかな丘陵地帯に点在する林の向こうには、動きのあるものは何も見えなかった。

 おそらく帰るに帰れない事情があるのだ。それしか考えられない

 レーニエは村人たちには落ち着いて話したが、内心は心配でならなかった。

 二人はおしゃまで活発ではあるが、とても良い子たちで、子煩悩な父親や祖母に心配をかけるようなことは決してしない。レーニエはそのことをよくわかっていた。

 二人と交わした何気ない言葉を思い出しながら、彼女は必死で手掛かりを探そうとしていた。

 そう言えばこのあたりは……。

「レーニエ様?」

 今までじっと考え込んでいたレーニエが急に、忙しくきょろきょろしはじめたので、ジャヌーがいぶかしんで尋ねた。アンナ婆さんの家はもうすぐそこだ。

「いや……ジャヌー、悪いがアンナお婆様の家をちょっと素通りしてもらってよいか?」

「え? ああ、婆さんの方は、一刻を争うってほどでもないでしょうから。しかし、どうなさいました?」

「ああ。この春に姉妹と、このあたりに来たことがあるんだ。二人が秘密の場所に案内するのだと言ってくれたので」

「しかし、このあたりは彼らの家とはかなり離れていますよ。この忙しい季節にこんな所までやってくるでしょうか?」

 ここらはアンナ婆さんの家を最後に人家はなくなる。

 この先は畑も果樹園もない、だだっぴろい平原で、半日行けば隣村、北はセヴェレの森と山々、南は街道に出るまで、これまた荒野である。

「だけど二人は、秘密の場所があると言って案内してくれた。確かにちょっとわかりにくい場所で、古い時代の壁の跡があって……どこだったか」

 レーニエは、街道から逸れて馬を進めるようにジャヌーに指示を出し、自分は半年前の記憶をたどった。

「レーニエ様は、そこに行かれたことがあったのですか?」

 驚いてジャヌーは問いかける。自分の知らないところで、この人は一体何をしているんだろう?

「そう。内緒で教えてあげると言われて……野遊びのまねごとをして……布を広げておやつを食べたんだ。うん、確かにこのあたりだ。あ!」

 レーニエは何かに思い至ったように声を上げた。ジャヌーは驚いてその様子を見つめる。

「なんですか?」

「そうだ、その時食べた果物の種を植えてみようと言う事になって、秋になって実がなるといいねって話したんだった……もしかしたら二人は……」

「実ができているか、確かめようと? でも、まさかたった半年で、実がなるくらい果樹は成長しないでしょう? うまくいけば芽ぐらいは出ているかもしれませんが」

「二人はただ様子を見に来ただけなのかもしれない。どのあたりだったか……確か、古い城壁の名残があって……ジャヌー、このあたりに古い遺跡のようなものはなかったか? 周りは木立に囲まれていて」

「そう言えば聞いたことがあります。百年以上前には、村々を隔てる境壁のようなものがあったと。今では用無しになったので、崩れたり、取り壊されたりしていると言う事です。村はずれのこのあたりにも残っていたような……まだ少し先ですが」

 思いがけないレーニエの言葉に、ジャヌーは俄然やる気を出した。

「そうか!」

「あ、向こうに林があります。あの中を探してみましょう」

「ああ、あの木の形に見覚えがある。きっとあそこだ! ジャヌー!」

「はい! 二人が見つかるように祈ってください!」

 ジャヌーはそう言うと馬に拍車をくれ、一気に速度を上げた。




エックスにジャヌーのイメージをあげています。

タイムラインをさかのぼれば、レーニエ、ファイザル、フェルもあります。

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