表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

153/154

153 ノヴァゼムーリャの領主 6(完結)

 ノヴァゼムーリャの短い夏は終わろうとしていた。

 白く延びる街道の周りは、どこまでも続く荒野である。

 色褪せかけた夏草とと低い潅木。川の流れが涼しげな音色を運んでくるが、ただそれだけのだだっ広い大地。


 リンゼイ・ウィル・フォレストは、途方にくれて首を垂れた馬を御していた。

「おかしいなぁ。もうそろそろ、見えてもよさそうなものなんだが……一向に村らしきものが見えない」

 アルエの街で聞いた情報によると、街道は一本で、迷う事はまずないという事だったが。

 しかしこの二刻余り、誰とも会わず、もちろん目指す方角からくる旅人もいない。辺りは、夏の花をつけた雑木が茂る荒野が広がるばかりだ。

 起伏にとんだ荒野は、それなりに美しい風景だが、そこには人家は勿論、人の手が入った形跡すら見受けられない。

 リンゼイはすっかり心細くなって、せめて道標でもないかと辺りを見回した。

「あ」

 リンゼイは目を凝らした。

 彼が認めたのは、前方の丘の頂きに立つ鹿毛(かげ)の馬に乗った人物。

 さっきまでは見かけなかったから、どうやら丘の向こうから、たった今姿を現したらしい。

 良かった。あの人に聞いてみよう。

 リンゼイは、こちらを見下ろしている人物に向けて大きく手を振った。

「おお」

 嬉しい事にその人物は、自分の合図に応えてか、馬に拍車をくれると一気に丘をこちらに向かって駆け降りてくる。

 少年のようなほっそりした姿で、大きな黒い帽子を被っているのが見て取れた。

 そして。

 続いてもう一騎姿を見せた。

 こちらは一際大きな黒い馬に跨っている。遠目にも体格の優れた男のようだった。最初に現れた人物の後を追って丘を下る。

 最初の人物よりも数段馬術が優れているのか、彼はすぐに鹿毛の馬を追い越し、先頭に立った。

 あっという間に、黒馬はリンゼイの前に出ると、慣れた様子で黒馬を御し停止する。

「……え?」

 鉄色の髪に青い瞳。

 腰には実用一点張りの飾り気のない長剣、リンゼイよりは年長のようだが、それでもまだ若いと言ってもよい、端正で精悍な顔つき。

 男は鋭くリンゼイを見た。

 思わず目を反らしそうになった程、力のある視線だった。

「あ……」

 何といって言いものか戸惑っている間に、鹿毛の馬が追いついて黒馬の横に停まった。

 並んでみると馬の大きさの違いもあるが、こちらの人物は、先の男に比べるとかなり小柄だった。

 夏用のマントをはおっている。

 不思議な雰囲気を纏っているが、少年なのだろうとリンゼイは見てとった。広い鍔に阻まれて顔はまだ見えない。

「ヨシュア! もぅ……あなた速過ぎる」

 透明な声で不思議な若者は抗議する。幾分前にいた男はその声に振り返った。

「当然です。知らぬものにそう無警戒に近づいてはならない」

「知らぬ者ではない。聞いた通りのご様子ではないか」

「保証はありません。ああ、失礼、貴公は?」

 再び鋭い視線を返されて誰何(すいか)される。それは命令する事に慣れた口調だった。

「あ、はい。私はリンゼイ・ウィル・フォレストと申します。伯父のヘルンの後を継ぐ為、このたびノヴァゼムーリャ領主村に参りました医師です」

 リンゼイは慌てて答えた。

「ほら! 思ったとおりだ。私は」

「失礼とは存ずるが、証明するものはお持ちか?」

 若者は嬉しそうに大柄な男に向かって言ったが、男に遮られた。口調は丁寧だが、男の方が若者よりも立場が上なのかとも思える。

 リンゼイはとりあえず、書類を上着のかくしから取り出した。

「はい、え〜と。そうですね、道中手形と……ああ、伯父貴から貰った手紙がありますが、これでよろしいですか?」

 リンゼイから受け取った手紙類に、男はさっと目を通した。その間も彼と若者との間に自分を差し入れ、適当な間を空けている。

 私服のようだが、腕の立つ軍人だという事は、彼にもわかった。

 リンゼイは微妙に緊張したが、しかし、次に男が顔を上げた時、その表情からは幾分厳しさが和らいでいた。彼は丁重に手紙を元に戻すとリンゼイにさし返した。

「成程。これは正式な道中手形に、ヘルン殿の直筆の書簡。どうも失礼いたした。これも仕事でね、ご容赦いただきたい。無防備なこの方を守るために、どうしても私が用心深くしなくてはいけないのです。私はヨシュア・セス・ファイザル。この地の治安と警備を任されている者」

「ええ!? あなたが名高い掃討の……いや、こちらこそ失礼いたしました。まさか、ご高名な将軍閣下とは知らずに」

「やっぱりそうではないか!」

「!」

 少年は嬉しそうに言って、リンゼイの言葉を遮って嬉しそうに叫ぶと、帽子をはね除ける。

 秋の透明な陽光に晒されたその人は——。

 長い白銀の髪、透き通った赤い瞳に陽の光を映して笑った。

 う……わ!

 リンゼイは言葉をみつけられない。だが、若者は天使のように澄んだ眼で真正面から彼を見つめている。

「私はノヴァゼムーリャ領主、レーニエ・アミ・ドゥー・ワルシュタールと申す。リンゼイ殿、あなたをお迎えに上がった」

「こ、これは……ご領主様であらせられましたか! 失礼いたしました。伯父からよく伺っておりましたのに」

「私もあなたの事は、ヘルン殿から聞いている。非常に優秀な医師であられるとか。この地はよいところだが、医師の数が少なくてな。ヘルン殿も長年よく尽くしてくれたが、何分お年で……このところは病がちになられて。皆心配していたのだ。しかし、こんなに若く優れたお医者様が来て下さったのなら、さぞ我が民も安心だろう」

「そんな……かい被りでございます」

 二十代の半ばであるリンゼイは、美しい領主にまともに見つめられて口ごもった。

「伯父の後を継いで、できる限りの事は致したいとは存じますが」

「歓迎する」

 若い医師に差し出される手。

「よくぞ参られた。この——ノヴァの地に」

 誇りを込めて領主はそう告げ、美しい微笑みを浮かべた。


 ここで物語はひとまず終わる。

 ノヴァゼムーリャ領主、レーニエ・アミ・ディ・エルフィオーレと、その夫が紡ぐ物語は、新たな色彩を帯びつつ、次の世代へと引き継がれて行くことになる。




 ——— ノヴァゼムーリャの領主 完 ————




この長い物語を読んでいただき、ありがとうございました。

よかったら一言でいいのでご感想、ご意見など、足跡を残していただくと大変嬉しく思います。

また、ある企画のセカンドチャレンジに挑戦しております。

もしよければご評価、レビューなどいただければ、もう一度、この作品を世に出すきっかけになります。

どうぞ、よろしくお願いします。

番外編、後日談もたくさんありますが、ご要望、ご反応が高まれば、再掲載するかもしれません。

後書きにて、作者の思いを示しております。ぜひご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
楽しかったです! 以前に読んだ時よりもとても読みやすくて、後半は一気に読んでしまいました。 レーニエとフェイザルが結ばれてからも丁寧に婚姻に至るまで書かれていて、素敵でした。レーニエがお母さまとも和や…
いやもう本当にありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ