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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
144/154

144 ノヴァゼムーリャの領主1−1

 瞼に感じる明るく、暖かい金色の光。

 レーニエはそっと瞼を開けた。

 どういう訳か、体が上手く動かない。視線だけを巡らせば、見慣れぬ部屋、明るい陽射し。

「ん〜」

 うつ伏せに眠っていたらしい。ついと腕を滑らせてもそこには誰もいない。冷たい敷布の感触だけが。

 あの人はどこ?

「ヨ……」

 声がうまく出ない。

 とたんに心細さが湧き、気だるい体に力を与えた。

 腕を突っぱねてそろそろと身を起こす。肩に掛けられた肌掛けが滑り落ち、レーニエは自分が裸だと気がついた。

 え……?

 急激に昨夜の出来事が一気に蘇り、薄い皮膚が朱に染まる。

 眠りに落ちる前の記憶は定かではないが、体のあらゆる所を見られ、触れられた。それだけは覚えている。

 そっと足の間に掌を滑らせてみると、そこには昨夜の残滓が残っているようだった。

 どうしよう……

 素肌でいても、初夏のこととて寒くはないが、知らない場所では心もとない。レーニエは薄い掛け布を掻き合わせて、自分が今いるところを見渡した。

 床も壁も板張りの簡素な部屋。

 今まで眠ったどの部屋よりも狭く、そして物が少なかった。寝台と脇の小卓と椅子だけで。椅子の上にレーニエが着ていたものがきちんと畳んで置かれてある。その向こうには木の扉。

 一つしかない窓は大きく、布が掛けられていないので、屋外の光が燦々と射し込んできている。角度からすると、午前も半ばを過ぎたと言うところらしい。

「ヨシュア?」

 小さく呼んだが答えはない。

 それになんだか喉の感じが変だった。部屋の明るさにも関わらず、不安がじりじりと忍び寄る。レーニエは寝台の縁に、にじり寄って降りようとした。

「え⁉︎ わ!」

 床に足をついたものの、力が入りきらずに床に崩れ落ちてしまう。

「あ、あれ? 何? どうし……」

 その時、静かに扉が開いた。

「レナ、起きられ……あ!」

 ファイザルは寝台の下に、へたり込んだ娘を見て慌てて寄って来た。

「ヨシュア!」

「ええ。起こさないようにと思って隣の部屋に」

 そう言うと、掛け布団に絡まってもがいているレーニエを掬い上げ、寝台にあげる。

「熱はないようです。どこか痛いですか?」

「なんでもない。ただ、なんだか足に力が入らなくて……おかしいんだ」

 額に手を当てて覗き込む瞳が、光を受けて一層明るく見えるのを、眩しそうに見返してレーニエは俯いた。

 この手が、この目が……自分を。

 恥ずかしくて顔があげられない。

「ああ、それは俺のせいです。体が重いのでしょう? すみません、昨夜は少し無茶をさせてしまった。まだ時間はあります。もう少し横になっていてください」

「う、うん」

 見るとファイザルはすっかり身支度を整えている。上着は着ていないが、きっちりとシャツを着こみ、靴もはいている。

 髪こそ無造作に掻きあげているだけだが、鉄色の前髪が幾筋か額に落ちかかっている様は一層精悍で、見栄えがした。レーニエは自分が裸でいるのが急にいたたまれなくなってきた。

「でも、服……着ないと」

「ああ、ちょっと待っていて貰えますか?」

 そう言うとファイザルは、部屋出ていってしまう。だが、さっきまで感じていた心細さは微塵もない。現金なものだと、レーニエは小さな苦笑を漏らした。

「はふ」

 ぱふんと枕を抱いてうつ伏せに横たわる。

 体が重い。しかし、それは不快な感覚ではなかった。頬に感じる粗末な綿の寝具の感触は、絹に慣れた肌には馴染みがないけれど。

 しかし、カサコソと音がして心地よく冷えていて、思わず肌をりつけたくなる。レーニエは満足して布団の中でもぞもぞと体を動かしていた。

 このまま一日ここにいてもいいなぁ。できないかな?

 レーニエが寝台の上でころころしている内に扉が開き、再びファイザルが入って来た。水差しか何かを持ってるのか、ちゃぷちゃぷと水の音がする。

 レーニエがわざと振り向かないで、眠ったふりをしていると、濡れたものが肌を濡らす感触があった。

「あん」

 驚いて目を開ける。

「ふふ、眠ったふりなどしているからです」

「それ、何をするの?」

「体を(ぬぐ)います」

「んん〜?」

 寝起きの鼻声は可愛らしいが、少し掠れている。その原因も自分にある事を知っているファイザルは、眼を細めて肌掛けを剥いだ。

「やぁ!」

 恥ずかしそうにレーニエは抗議の声を上げたが、お構いなしにファイザルは布で肌を拭いていった。背面を終わるところんと裏返してやる。

「や……恥ずかしい」

「何を今さら。昨夜何をしたか覚えていないのですか?」

「うう〜」

 レーニエが恥ずかしがるのも無理はない。

 白い肌には点々と薄紅色の痕がうっすらと残っている。胸の前で組む腕をあっさり外すと、薔薇色の頂きを持つ真っ白い丸みがある。柔らかいその隆起にも勿論、彼の愛撫の名残が散りばめられている。

 夜の底がうっすらと白むまで求め続けた。その時の事が蘇り、またしても体が熱を持つ。

 彼は黙って情交の痕を丁寧に清めていった。レーニエは観念したように大人しく身を任せている。

 恥ずかしい事は変わりはないが、暖まった肌にほどよく冷たい布が肌を(こす)ってゆくのが非常に心地よくもある。

「やっ、そこは自分でする」

 ファイザルの手が下腹に滑ったのを知ってレーニエは慌てた。

「あ、ダメ」

 何とか起き上がろうとしながら、もぐもぐとレーニエが言いかけるのを制してファイザルは笑った。

「まだ無理でしょう? 体がだるいはずだ」

「あっ! やっ、も……もういい!」

「ああ、声も少し掠れているな」

 ファイザルは慌てふためくレーニエに思わず破顔したが、お構いなしにどんどん体を清めていく。娘は必死で抵抗しているのだが、うまく力が入らないらしく、結局は彼の為すがままだった。

「あん」

 布で触れられてびくんと体が跳ねる。

「ほ、本当にもういいから!」

 レーニエは漸く彼の手が離れたのを知って、急いで掛布を引っ張り上げながら睨んだ。余りに引っ張り上げ過ぎて今度は足が出てしまっている。

 彼はそんな娘をつくづくと眺め、やがて肩を落として溜息をついた。

「そんな風に俺を煽らないでください。さすがにそんな時間はない。残念ですが……まぁ、今夜もあることだし」

「は?」

「いいえ、なんでも。さ、こちらの布でお顔を拭いて。そろそろ起きなければ。一人で服を着られますか? それともお手伝いしましょうか?」

「一人でできる!」

「はいはい、ではこちらの部屋で待っていますから、すんだら出てきてくださいね」

 ファイザルはそう言うと、真っ赤な額に一つ口づけを落とし、再び部屋を出て行った。

 もう……

 床に足を下ろして衣服を取る。

 服くらい一人で着られると威張って宣言したが、やはり体が余り自由にならず、動作はのろのろとしていて思うよりも手間が取れた。しかも、普段着ることのない町娘の衣服である。

 昨日サリアが着つけてくれた事を思い出し、スカートとシャツは何とか身につけたが、組み紐の入った胴衣にはお手上げで、仕方なくレーニエはそれを手に持って寝間を出る。

「おや?」

「これ……着方が分からない」

 情けなさそうにレーニエは小さな衣服を差し出した。

「ああ、寄こしなさい。これはね、こう被って……こうやって編みあげて……鳩尾(みぞおち)で結ぶ。はい、これでよし」

 小さな胴衣は乳房を寄せ上げるように出来ていて、ファイザルはその下でしっかりと花結びを作った。

「ああ……ありがとう」

「まったく、怪しからん流行だな。次は髪か、ここには鏡とか櫛なんて洒落たものはないからなぁ。だが、まあ、なんとかなるでしょうよ。こちらに座って」

 ファイザルはしみじみと眺めた後、レーニエを椅子に座らせると、器用な指先で髪を後ろで二つに分け、手櫛で梳くとするすると編みはじめた。

「ヨシュア……わぁ上手。すごい」

 どんどん自分の髪が整えられていくのを横目で眺めながら、レーニエは心から感心している。

「まぁ、これくらいはね」

 言いながら編んだ髪をくるくると二重に巻き、夕べ外した花の髪飾りを止めつけて仕上がりである。昨日サリアが整えてくれた結い髪と寸分変わらない。

「犯罪だ」

「はい?」

「あなたような娘が、こんな恰好をして街を闊歩された日には、都の治安はガタガタだ。俺の仕事がますます増える」

「なんで?」

「なんでって……あのね」

 ファイザルは文字通り頭を抱えた。

「まぁいい。さぁ、お腹が空いたでしょう? さっき下から朝食ができたと知らせてきましたので、取ってきます。少しお待ちを」

 程なくファイザルは湯気の立つ粥の鍋の乗った盆を下げて戻って来た。

「こんな下町の食事などお口に合わないでしょうが」

 彼は穀物の粥を皿に取り分け、冷ましている間にナイフで果物を剥いていく。

「この硬く焼いたパンで掬って食べます。匙で掬うよりも熱いのが緩和されるし、パンも柔らかくなって都合がいい。こちらの果物は喉にもいい。剥いて差し上げます」

「ん〜、熱くて美味しい」

 乳酪をかけた粥をパンで掬い上げゆっくり味わう。このような食べ方は初めてだった。

 いつもサリアやオリイが整えてくれる軽く焼いたパンや、焼き菓子、ふわふわに泡だてたクリームとは全く違う朝食だが、程良く空腹だったレーニエには大変美味であった。

「粗末なものですが、これも庶民の味です。珍しいでしょう」

「うん。あなたは世間知らずな私の為に、こういうものを食べさせてくれているのだな」

「お察しの良いことですが、まぁ今は難しい事は考えずお上がりなさい」

 真面目な顔になったレーニエに微笑みかけて、ファイザルは自分も匙を取った。そのまま黙って二人で食事を摂る。静かでくすぐったい時間が流れた。

「もっと食べる」

 皿を空にしたレーニエは粥を自分でよそおうとしたが、すかさずファイザルが大匙を取って入れてやる。

「随分食欲がおありだ。夕べは結構な運動をさせたからなぁ」

 ファイザルは困ったように肘を突いてあさっての方向を見たが、レーニエの思いは違う方面のようである。

「ん〜、そうではなくて母上が」

「陛下が?」

 驚いてファイザルは顔を上げた。

「陛下が何を?」

「うん。沢山食べて体をつくらないと、子どもができないっておっしゃるから……」

「え⁉︎」

 ファイザルは思わず大声を上げた。

「なぁに?」

「し、失礼を。いや、なんですって? 陛下が? 子ども?」

「うん。私は細いから、たくさん食べて大きくならないといけないって」

「……」

「できるかな?」

 驚いて言葉もないファイザルに、レーニエは首を傾げて尋ねた。

「え?」

「だから子どもが。今直ぐは無理でもいつかは……ヨシュア?」



今日はもう一回、更新します!

7月中に修正連載を終えたいのです・・・。

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