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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
137/154

137 刹那8−1

「さぁ、こちらでしばらくご休憩を。タッカ—、飲み物をお持ちしろ」

 セルバローが示した場所は、広場にある休憩所だった。

 そこはかなり広く空間がとられており、丸い噴水を囲むように腰かけが並べられている。

 そろそろ薄暮になろうかと言うこの時刻は、夕餉の買い物をする人たちで賑わっていた。荷物を置いて、飲み物を手におしゃべりに興じる者達もたくさんいる。

 タッカ—はにっこりと頷くと、飲み物の露天に走ってゆく。

「お疲れではありませんか?」

 フェルディナンドは、レーニエに椅子を勧めながら言った。セルバローはその姿を際立たせながらレーニエとシザーラの後ろに立ち、面白そうにあたりを見渡している。

 とは言うものの、やっぱり目立つよなぁ。

 通りすがりの少女たちが、雷神を指差しながらきゃあきゃあとさざめき合うのを見て、フェルディナンドはげっそりした。

 身なりはいたって普通だし、派手な言動も今のところないというのに、とにかくセルバローには人の目が集まる。

 しかし、考えようによっては(よこしま)な考えを抱く者がいたところで、手の出しようがなかっただろう、と、フェルディナンドは自分を納得させた。

「冷たいおしぼりをお持ちしましょうか?」

「へいき。少し顔が熱いけれど……フェルもここに座って」

「はい」

 フェルディナンドは素直にレーニエの横に腰を下ろした。そこへタッカ—が飲み物を持ってやってくる。

「冷たい。美味しい」

 飲み物に口を付けてレーニエは微笑んだ。

「それはクワンという果物の果汁を水と氷で割ったものですよ。甘いでしょう?」

「うん。初めて飲んだ。ねぇ、フェル」

「はい?」

「都に戻って以来、なにやかやでゆっくりできなかった。お前とこうして隣あって座るのも久しぶりだねぇ」

「ええ」

「だって、レーニエ様。この子はまだ、学校が終わっていないのだから当たり前ですわ。こちらに帰ってくるなり、さっさと寄宿舎に戻っちゃうんだから。母さんだって寂しがっていたわよ」

 サリアもちゃっかりレーニエの横に席を占めていた。シザーラも機嫌よく隣のタッカーと喋りあっている。

「仕方がないじゃないか、姉さん。私はまだ勉強の途中なんだから。一刻も早くいろんな知識や、武芸を習得しなくちゃならない」

「はいはい。あんたの真面目なのはわかったから。でもね、私たちがこちらにいられるのも限られた期間なんだから、タマには家族水入らずで過ごしたっていいんじゃない?」

「私だってそうしたいけど、遊んでいる訳じゃないんだ。今度の任務で単位に穴をあけちゃったんだから大変なの!」

「へぇ〜、それはお偉いこと」

 主を挟んで隣に座った姉弟は、両側からぽんぽん言い合っている。なんだかんだ言って仲の良い姉弟なのだ。

 レーニエは微笑みながら二人のやり取りを聞いていた。

「美人の姉さんの作ったお菓子を食べてくれるのは、当分レーニエ様だけって訳ね」

「レーニエ様に頂いてもらえるんなら十分じゃないか。姉さんの作るお菓子が美味しいのは知ってるけど、私は当分食べれない」

「あ〜ら、もしかして誰かがあんたに食べさしてくれているのかしらね」

「いないよ! そんなもん。姉さんこそジャヌーの部屋に、こっそり持って行ってるんじゃないの?」

 姉の意地の悪い突っ込みに、フェルディナンドはむきになって否定する。なんたってレーニエの前なのだ。

「あら、よくわかるわね。ジャヌーはいつもすっごく喜んでくれるわよ? 食べる量も半端じゃないけど」

「姉さんが作ってくれるからだよ」

「まぁ、生意気な口を」

 サリアも利発な弟が、どんどん大人っぽくなっていることに気づいている。危険な任務を遂行して帰ってきてからは特にそうだった。

 フェルディナンドが王宮に戻らない理由は、確かに彼の言う通りではあったが、姉のサリアには彼の心情がよく分かっていた。

 彼女の弟は、レーニエに複雑な気持ちを抱いているのだ。幼い頃から崇拝し、心をこめて仕えてきた美しく優しい主は、もうすぐ人のものとなる。

 わかっていたことだったが、彼女の母親の許しを得て、それは急に現実のものとなった。

 ファイザルが彼の気に入る入らないは別として、男としては十二分に尊敬できる人物なだけに、フェルディナンドも一層心中不分明なのだろう。

 だからなかなか王宮に、主の元に帰れないのだ。

「そうなの? サリア。ジャヌーにはよく会ってるの?」

 涼やかな声でレーニエは問うた。その様子からすれば、何も気づいていない様子だ。

「ええ、まぁタマに。陣中見舞いも兼ねて」

「そう……彼も忙しくしているの?」

「そうですわね。今じゃあの人も少尉ですし」

「おんや、サリアさん。ジャヌーの奴を、あの人だなんて隅におけねぇなぁ」

 セルバローが気安くからかった。そんなんじゃないわ、とサリアがすぐさま反論するが、不思議そうなレーニエと目が合った。

「サリア、ジャヌーの事が好きなの?」

 お姫様、ど真ん中だし。

 さすがのセルバローも呆れるほどのまっすぐな問いに、サリアの頬が染まった。

「まぁ、レーニエ様」

「好きなの?」

「え、ええ、まぁ……わりと」

「そうなの。知らなかった。私は自分の事ばかりで……すまない。これからはサリアをもっと自由に動けるようにする」

「ま! そんな必要ございません! 確かにあの人の事は好きだけれど、レーニエ様の次に、でございますわ! レーニエ様のおそばにいる方が私には大切です!」

「そうなの? でも少しはゆっくり二人で……」

「いーえっ! レーニエ様の、一の侍女の立場は誰にも渡しませんっ!」

「まぁサリアさん、あの金髪の青年の事がお好きだったのね?」

 サリアの力説を熱心に聞いていたシザーラも、面白そうに話に加わった。

「で、お式はいつ?」

「だから!」

 サリアが勢いよく立ちあがったため、カップの果汁が前の石畳に飛び散った。

「あ〜あ、もったいない」

 レーニエが噴き出す。

「……楽しまれておられるようですね」

 セルバローがレーニエの肩越しに尋ねる。

「うん、とっても楽しい。だけども……ヨシュアも来られたらよかったのに……」

 レーニエは恋路をからかわれているサリアと、そして、広場の向かいの椅子に並んで腰かけている、恋人同士と(おぼ)しき男女を眺めながらつぶやいた。

「あの人は……」

 ヨシュアは今頃何をしているんだろう。

 あの広い執務室で難しいお仕事をされているのかな。

 私の我儘を許してもらったけど、本当は怒っているんじゃないだろうか?

 私は迷惑ばかりかけてばっかりで……。

 レーニエは冷たい果汁を口に含む。

 なんでヨシュアは私などを選んでくれたんだろう。

 あんなに大人で、強くて、なんでもできる人なのに。面倒な出自で、取り柄もない私などを……もしも嫌われてしまったら——

 そこまで考えてレーニエは視線を石畳に落とした。

「どうされました? やはりお疲れに?」

 気がかりそうにフェルディナンドの黒い瞳が覗きこんでいる。

「いいや? ただ、私はやっぱり我儘だったのかな? こんなことに皆を巻き込んで」

「おや? レーニエ様、せっかくここまで来たのに、あいつの事なんかで御心を痛めるのはよしなさいって」

 こともなげにセルバローは言ったが、レーニエは驚いて雷神を振り返った。

「な、なんでわかったの!?」

 わからいでか。

 セルバローは珍しく、苦笑を漏らした。

「いいからレーニエ様は、今をお楽しみなさい。奴は絶対に怒りゃしませんって」

「そうかな?」

「はい。俺はおん……女性にはウソはつかないんですよ」

 セルバローは片目をつむって見せる。

「あなたはヨシュアの事を、昔から知っているのだろう?」

「ええ、まぁ。嫌になるほど」

「あの人は、なぜ私などを選んだのだろう? きっと大勢の女性を知っているはずなのに。もしかしたら同情と義務感で、私を……」

 レーニエは薄く唇を噛んだ。

 あ〜ららら、お(うつむ)きになる。

「ふふふ……気になりますか? あいつの昔の女関係」



叩けば埃が出ます。

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