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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
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136 刹那7

「素敵なお芝居でしたわねぇ」

 シザーラは通りを歩きながら、うっとりした顔でレーニエに話しかけた。

「うん、お芝居を観たのは初めてだから、他と比べようもないけれど、こんなに引き込まれるものだとは知らなかった」

 白い頬を紅潮させてレーニエも頷く。

「王女様が海賊の首領に恋するところなんか、すごく素敵で……とっても感情移入できましたわ」

「あの俳優さんは、なかなかの男ぶりでしたわねぇ。それに海が布で表現されるなんて、思いもよりませんでしたわ。戦いの場面もそれは迫力があって」

 シザーラと反対側からサリアも話に加わる。いつの時代も芝居は、女性の娯楽なのだ。

「うんうん、実際の戦は恐ろしいものだが、お芝居とわかって見るのは、こんなに面白いものなのだな」

 三人の娘は、並んで仲良く国立劇場の大階段を下りてゆく。フェルディナンドが少し前を先導し、歩きやすいように配慮している。

 両脇に大柄な青年達。そして、背後には赤毛の美丈夫。

 彼らの進むところ、人々が波のように両側に引いて行く。

「いやぁ、いま評判の芝居は、お嬢さん方のお気に召してよかったなぁ」

 彼は上機嫌で、そこら中の女性に甘い微笑みを振りまいている。

「ええ、本当に。さすがは女性の扱いに慣れていらっしゃる雷神殿ですわ。大感激でございます!」

「わははっ! そんな当たり前の事を」

 彼らに目立とうとする意思は無いにせよ、これでは人目に立つなと言う方が無理だろう。

「アンタが目立ってどうすんだよ」

 フェルディナンドはこっそり毒づいた。

 周り中の女性たちはぽかんと口を開けたり、頬を染めたりしてセルバローを目で追っている。少年は恥ずかしくて仕方がない。

 しかしここで、この男に文句を言っても相手にされないばかりか、却って目立つだけだろう。フェルディナンドは、黙って予定通りの道順をたどった。

 それにレーニエ達にはわからないが、訓練を積んだフェルディナンドの目には、劇場内のそこここに私服の兵士たちがいたし、こうして壇上から広場を眺めていても、要所を固めている警備の布陣が良く判る。

 この後の行程にも、このように配備がなされているのだろう。

 ファイザルの手腕だった。

「さぁ、次は商店を覗いてみましょうぜ」

「まぁ商店ですの? お買い物ができるかしら?」

 一行は劇場前の広場を横切り、都で一番大きな市場に向かう。

 午後の市場は、よく賑わっていた。

 ここでは幅の広い通りの両側に、様々な店が並んでいるが、簡単なテントを張ったり、敷物を敷いただけの露天商店もたくさんある。

 ここがファラミア最大規模の中央市場で、食物、花、日用雑貨から、薬、装身具、服飾、そして動物を扱う店まであった。

「これは外国からの品物を扱う店ですよ」

「あら、じゃあ、我が国からのものもあるのかしら?」

 シザーラはさすがにただ単に楽しむだけでなく、どんな品物が人気があったり、物価はどうだとか、セルバローたちに質問しながら、小さな手帳に何やら記入したりしている。

 サリアはこの辺りをよく知っているらしく、きょろきょろしているレーニエにいろいろ教えながら、好きな雑貨を見せている。

「姉さん、ちょろちょろしすぎだよ。レーニエ様は慣れておられないんだぞ」

「大丈夫。ちゃんとついていけるよ」

 レーニエも楽しそうに様々な商品を見ている。

「そうよ。女にとって、見て歩きは大事な特技なのよ」

「それは姉さんだけの特技だろう? 買いもしないのに、よくそれだけひやかせるな」

 最初緊張していたフェルディナンドだったが、少しずつ警戒心が解れてくるのを感じていた。

 普通の娘のように可愛らしい品物を手に取っているレーニエを見ていると、連れ出してよかったと言う気がしてくる。

「おい、小僧」

 フェルディナンドの頭の上から、通りのよい声が降ってきた。

「フェルディナンドとお呼びください。で、何ですか?」

 その方角を見もせずに少年は応じる。

「お前、ザカリエ宮廷に単身乗り込んだんだってな?」

 その問いかけにフェルディナンドはやっと振り向き、高い位置にある顔を見上げた。

「任務でしたので。それがなにか?」

「かっわいくないガキんちょだな。せっかく褒めてやろうとしたのにやめた」

 雷神は少年から視線を外し、店を覗いて楽しそうな娘たちに目を遊ばせる。

 彼女たちの後ろにはクランプとタッカ—が、いかつい顔をほころばせながら背後を守っている。

「それは残念。高名な雷神閣下に褒められるなんて、千載一遇の機会でしたのに」

 特に残念でもなさそうにフェルディナンドは言い返したが、彼は彼でセルバローのやり方にある意味敬服していた。

 雷神は一挙手一投足をわざと人目を引くように振る舞っていたが、自分が目立つ事によって、人々の注意をレーニエ達から逸らしているのだと気づいたからだ。

 それにしても彼は立っているだけで光を放つ、灯台のような男だとフェルディナンドは今更ながら感心する。

 豊かに波打つ緋色の髪だけでも充分人目を引くのに、明るい金色の瞳が整った顔に(はま)り、それが様々な表情を浮かべる。

 まさにファイザルとは対照的な男である。

「レーニエ様のお陰で、士官学校に行かせていただいたのですから、あれくらいのご恩返しはあたりまえです」

「やなガキだなぁ。俺の知ってる誰かを思い出させるぞ」

 吠えるように雷神は笑った。



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