114 帰還2−1
「そうか。ではもし、その噂が真実なればなんとされる」
ファイザルの小さな変化も見逃すまいと、女王は男を見据えながら問うた。
レーニエの出生にまつわる噂。
それは、つまり両親、ソリル二世アンゼリカと、故ブレスラウ公レストラウドが、同じ父親を持つ、腹違いの姉と弟ではないかと言う事だ。
父とはアルバイン先王である。
以前ファイザルは、レーニエ自身にその疑いを聞かされていた。
彼女はずっと苦悩してきたのだ。
「なにも。私には意味のないことでございますれば」
ファイザルはまっすぐに女王を見つめ、静かに答えた。女王もその湖のような瞳を真正面から受け止める。
「……成程な」
「……」
「成程、そうか」
女王は感慨深げに繰り返した。
「ようわかった。私はな、あれが我が娘であると、和平使節に立つ前に、公けにしたのです」
「そう、聞き及んでおります」
「皆には酷く驚かれた。今更、昔の醜聞を蒸し返さなくてもと、諌める者もいました。しかし、あれの心根を聞いて、私は決心したのです。今こそ、過去の亡霊を解き放つ時であるとな」
ソリル二世、アンゼリカ・ユールは、きっぱりと言い放った。
「あなたにも聞いて欲しい。だからこそ、この接見を早々に認めたのです。よろしいか」
女王はずいと身を乗り出した。
輝きの強い、挑戦する瞳は、凄味さえ漂わせている。
ファイザルは身を引き締めた。
「は!」
「あれは私とレスター……ブレスラウ公レストラウドの間に生まれた愛しい子。しかし、かつて一部の者達の間で、公と私は姉と弟の関係にあるのではないか、と言う噂が流れました。レスターと父の面立ちが、少しばかり似ていると言うのでね。彼が当時のブレスラウ公、大ライナスの養子だったのは周知だったし、父の後宮にいた女性が、レスターの生まれた時と同じくして、産辱で亡くなられた事もあって」
女王はファイザルが理解したかどうか見る為に少し言葉を切った。
王家のデリケートな事情の前に、青い瞳は複雑な色を浮かべていた。
「私たちは奇跡のような偶然で知り合い、すぐに恋に落ちた。姉弟だなんて、そんな事は信じなかったし、レスターに至っては気にもしなかったのです。自分があんなクソ爺ぃの血を引いている訳がないとね。それから戦争やらいろいろな事があって、当時の関係者はほとんど亡くなってしまい、長い間に噂も忘れ去られていたのです。レーニエが生まれた事を知っている人は、ほとんどいなかったし」
「ですが、当のレーニエだけはずっと、自分の出生の疑惑に怯えていた。私がいくら否定しても信じようとはしなかった。私もあの子の疑念を払拭するほど密に関わってやれなかったこともあって、そこまで苦しんでいるとはわかってやれなんだ。ですが、ノヴァから戻ったあの子の眼差しを見た私は、改めて調べてみたのです。時が経っていましたので、苦労はしたのですが」
「左様でございましたか。しかし、私は」
「そんな事、どうでもよいと言うのでしょ? わかります。私もずっとそう思っていました。でも、あの娘の気持ちもあるのでね。だから、この話を先にさせてください」
女王の言葉は、いつしか君主が臣に対するものではなく、一人の母親のものになっている。
「よろしいのですか? 私のような者に打ち明けられて」
「ファイザル殿に知って貰いたいのです。その中には、えげつない話も含まれますが、あなたが易々と口を滑らす人ではないと言う事はわかります」
「恐れ入ります。こう申しては尊大に聞こえるかもしれませんが、その点はご信頼くださってよろしゅうございます」
ファイザルはあえて表情を消して応えたが、主君の重々しい告白を前に、落ち着いた態度は女王にも感銘を与えたようだった。
「うん」
彼女は頷き、しばらく考え込んでいたがやがて口を開いた。
この一話、以前は8000文字以上あったんです。
あの頃はよく書いていたなぁ。そして無駄な修辞がすごく多かった。
今なら(今でも?)見向きもされないかもです。
刻みます。