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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
110/154

109 障壁22−2

「こんな時間に失礼いたします」

 シザーラは、晩餐用の衣装で部屋に入って来た。

 対してレーニエは、湯あがりの髪も乾かさぬまま、急いで身につけたいつもの通りの黒の平服だ。

「私こそ、このような成りで申し訳ない。さっき湯を使ったばかりで……今日は少し遠出をしていたものだから。それであの、晩餐の儀は今夜は断ろうと思って、先ほどそう申し伝えたのだ」

「あら、存じませんでした。それなら私も断ればよかった」

「え? お身体の具合でも?」

「そうではなくて。あの、失礼を承知で申し上げますが、私はレーニエ様と少しお話がしたいと思いましたの。レーニエ様さえよければなのですが」

「ああ、そう。私は構わない。ちょうど一人で身を持て余して……あ、いや、その……サリア?」

「はい」

「今ならまだ間に合うかもしれない。ドルトン殿にシザーラ殿と私はここで夕餉をとると伝えて」

「かしこまりました。それでは厨房にもう一人分、こちらに運ぶように申しますね」

「ありがとう」

 サリアはレーニエが同年代の娘と仲良くなるのを、喜んで身軽に部屋を出て行った。

「で、シザーラ殿。お話とは?」

 椅子を勧めながらレーニエは尋ねた。

「……」

 シザーラは、うっとりとレーニエを見つめていた。長い髪は早く乾くように解きほぐされ、滝のように背中に流れている。

 湯上りの頬が上気して白い肌に際立ち、同性ながら惹きつけられずにはおれない妖艶さだ。そのくせ、すらりとした身に纏う男物の服が大変よく似合い、アラメインを見慣れているシザーラですら見惚れてしまう。

「シザーラ殿?」

「えっ? これはご無礼いたしました。つい見蕩れてしまって」

「何に? ま、とりあえずお座りになられよ」

「はい。では」

 シザーラは、はす向かいに置かれた婦人用の椅子に腰を掛けた。目線が同じ高さになり、今度は鋭い観察者の目でレーニエを見つめる。

「あの、レーニエ様?」

「なぁに?」

「レーニエ様は、先日お慕いされる殿方がいるとおっしゃられておられましたが、私、要らぬお節介を申したでしょう?」

「え!? でもあれはお節介ではなくて、ご忠告だと思っているけど」

 一体何を言われるのだろうと、レーニエは目をぱちくりさせた。

「この間のお話ではその……レーニエ様は、その殿方に厭われているとか。あの……」

「ああ、それはもういいんだ」

 晴々とレーニエは宣言した。

「まぁ! それでは、きちんとお話ができましたのね!」

「え、うん、まぁそう。それで……その方も私を……そのぅ」

「まぁ! そうなのですか。それはようございました。実は私、余計なことをしたのではないかと、ずっと気に病んでおりましたの」

「いいや? シザーラ殿のご助言は大層役に立った」

「あ、ああ。その事は。でもそれだけじゃなくて……え~」

「ん?」

 レーニエが襲われた日の夜、ファイザルに喧嘩を売ったとはまさか言えないシザーラである。

 おまけに啖呵まで切ってしまい、あの後どうなるかと内心ドキドキしていたが、上手くいったんだからまぁいいや、とこの事は伏せておこうと心に決めた。

 あの人は、女の悪口を言うような男じゃないし……レーニエ様には絶対にばれないわ。

「いえ、あの……あの時とはお顔のご様子が全然違います。今お幸せ?」

「……たぶん」

「ふ……それはようございました。これで私もお節介のし甲斐があったというもの。どなたかは存じませんけど」

「あ~、あの」

 ファイザルの事を打ち明けたものかどうなのか、レーニは居心地悪そうに、椅子の上でもじもじと指先を弄っている。

「お名前を伺おうと思っている訳ではありませんの。ただ同じ恋する女として嬉しかったので」

「ありがとう」

「私も……私も同じ思いをしておりますから」

 シザーラの率直なものの言い方は、レーニエの好みにあった。

「アラメイン殿は、どのようにあなたに接するのですか? 伺ってもよければ」

「殿下はそうですね、お優しい方です、でもお優しすぎて……よく迷われますの。ドーミエがずっと宮廷や政治を牛耳ってきたので、仕方がないのかもしれませんが、今回の事も随分迷っておられた。以前申し上げた通り、私を諦めようとさえされて……それは私も同様なのですが」

「うん。よくわかる。あの方もそうだったから」

「まぁ」

「自分の生い立ちや経歴に、苦しんでおられた。だけど、私にとっては、あの人の生き方、心のかたち……そんなものがどうしようもなく好きで……瞳に自分を映してほしくて、ここまで追いかけてきてしまった」

 レーニエは込み上げる想いの大きさに言葉をなくした。そんな彼女を理解のある眼でシザーラが見つめる。

「ええ、そうですわ。女にとっては、恋しい方と供にあること以上の幸福はありませぬ」

「その通りです」

「ですが、私……あの、ご相談事があるのですが」

 シザーラはちょっと居住まいを正した。

「なんでしょう?」

「私はレーニエ様と共にエルファランの首都、ファラミアに赴こうと思いますの。おじい様の許可は既にとってあります」

 恋する乙女の顔は消え失せ、宰相ジキスムントの後継者としてのシザーラがレーニエの前にいた。

「あなたがファラミアに?」

 驚いてレーニエは腰を浮かせる。

「はい。かの地で我が国代表の一人として、平和条約締結の準備をお手伝いさせて頂きたいと」

「そう言えば、シザーラ殿は政治家になられるのだったな」

「はい。我が家に生まれた者の宿命にございますれば。父も兄もドーミエのために既に鬼籍に入っておりまする。残ったものは私しかおりませぬ」

「それだけで、あのジキスムント殿が後継に指名するとは思えぬが。あなたには優れた資質があられる。私などから見れば、大変ご立派だ」

「レーニエ殿下こそご立派ですとも! ともあれ私は、ファラミア行きが楽しみになってきました。エルファラン国では学ぶ事が多くありましょう。けれど、無礼な事を申しますが、レーニエ様とお近づきになれることが、一番嬉しゅう存じます」

「私もあなたともっと語り合いたいと思う。だが、私はいずれ領地に帰らねばならない」

「ご領地? 国王陛下の一人娘の殿下が王都にお住まいになられないのですか?」

「王都には私の居場所はない。だから母上に乞うて北の辺境に領地を頂いた。そこで名ばかりの領主に納まっているのです」

「北の辺境……でございますか」

 先日その話を聞いたシザーラはレーニエの表情から、さぞかし素晴らしいところなのだろうと感じる。

「いつか行ってみたいですわ! ええ、本当に」

「ああ、ぜひ来られるといい。冬が長く、貧しい土地柄だが、人々は懸命によく働く。心は美しく、皆穏やかに暮らしている。とても心安らぐ場所で」

「レーニエ様はその土地を、人々を愛しておられるのでございますね」

「そう……とても。早く帰りたいと思っている……あの人と一緒に……」

 夢見るような瞳は、遥かなノヴァの地を思い浮かべるように、窓の外に馳せられた。




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