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【完結・改稿】ノヴァゼムーリャの領主  作者: 文野さと
第二部 故郷は心の住まう場所
109/154

108 障壁22−1

「レーニエ様!」

 二人が市庁舎のホールに入った途端、叫び声を上げてサリアが駆けてきた。

「おや、遅いお帰りで」

 回り道をしていた二人より、早く帰りついていたセルバローは厭味ったらしく朋輩を出迎えた。後ろにジャヌーも控えている。

「なかなかお戻りにならないのですもの、大層心配いたしましたわ! ん? まぁ! レーニエ様、お顔が赤ぅございますわ。よもやお熱でも? いったい何があったんでしょうねぇ」

 サリアはじろりと主の背後に立つファイザルに流し目をくれたが、男は慎ましく頭を下げるだけで、何も説明しようとしなかった。

「さ、レーニエ様、ともかくお部屋にまいりましょう。御髪も乱れてございますわ」

 文句はとりあえず飲み込んで、サリアはいそいそと主の世話を焼きはじめる。

「あ……うん」

 サリアが鋭く指摘したように、レーニエの頬は幾分紅潮しており、髪は乱れ、瞳が潤んでいる。

「さ! さぁっ! さぁさぁ!」

「あ~あ。あの子、絶対叱っかられるぞぉ」

 泣く子も黙る「掃討のセス」に凄まじい一瞥(いちべつ)をくれ、プイっと背を向ける侍女に追い立てられる娘の後姿を見送って、セルバローは大げさに溜息をついて見せた。

 ファイザルも苦笑しながら、どちらが偉いんだかわからない主従を見送っている。

「どこで何をしてたんだかなぁ? え? 俺がちゃんと周囲の哨戒人数を増やしてたからいいようなものの、もし何かあったら……」

「レーニエ様は俺が守る」

 やれやれ、畜生め。生まれ変わったような顔をしやがって、この野郎!

「なんで、王女殿下のほっぺたが赤いんだろう」

「肌寒い日だからな」

 しれっとファイザルは応じ、朋友に背を向けて自室に向かうが、セルバローの追及は容赦ない。

「それにあの、うるうるした瞳は尋常じゃないな」

「風も強いし」

「あの侍女な、さっきまで大騒ぎしてたんだぞ。可哀そうに、お前の従卒は、首を絞められて責められてたんだぜ」

「ほんとうか、ジャヌー?」

 ファイザルはさすがに振り返り、若い従卒を見たが、ジャヌーは真っ赤になって両手を振る。

「えっ!? いえっ! 俺は大したことではございません……ですが、司令官殿、それでは、そのぅ……お二人は仲直りされたのですね?」

「……お前にも心配をかけたな……すまん、ジャヌー」

「いいえ! 俺は……嬉しいんです。あの方のあんなに嬉しそうな顔を見られて……本当に……俺は……」

 若々しい顔の片側がぐしゃりと歪み、彼は慌てて顔を反らした。

 夏の空のように澄んだ瞳に光るものがある。それを振り切るように、ジャヌーは白い歯を見せて笑って見せた。

 ジャヌー……忠実についてきてくれたこの青年に、自分は何を返せただろうか……

「すまない。迷惑をかけた」

「……おい」

「なんだ」

「迷惑は俺にもかけただろうが!」

「記憶にないな」

「ちぇっ! どうでもいいが、その締まりのない顔を何とかしろ、気持ちが悪い。今夜話して聞かせろな。洗いざらい」

「ご免(こうむ)る」

「ふぅん……なら、お前が今日アローウィンの城壁で、何をしてたのか言いふらしてやる。確か殿下を赤ちゃん抱っこで降りてきたよなぁ。それでな、ジャヌー」

「お、おい!」

 ファイザルを見ないようにジャヌーは下を向いているが、さすがに好奇心がその背中から滲み出ていた。

「なら、諦めろ。酒は上等のを用意してやる。まさか、こんな場所でお姫様の寝所に忍び込むつもりでもなかろう。飲み明かそうぜ。おおっと、剣に手を掛けるのはやめろ。くぉら、ここをどこだと心得るこの無礼者!」


「それではレーニエ様、お湯から上がられる時にお声を掛けてくださいね。それから今夕の晩餐は、お断りになられると伝えてよろしいのですね」

「そうして」

「ではそのように。ごゆるりとお疲れを癒してくださいませ」

「ああ、ありがとう」

 レーニエは湯船にゆったりと身を伸ばした。

 領主館の浴室ほど大きくはないが、この施設の中で一番良い部屋を自分が独占している。

 そのことに対する後ろめたさはあったが、ゆっくり湯に浸れることは風呂好きのレーニエにとって素直にうれしい事だった。

「ん……」

 つい先ほどファイザルが触れた場所を、レーニエは指で辿ってゆく。

「んぁ」

 湯の中で自分の胸に触れてレーニエは身を捩った。自分の物でないような声が漏れ、驚いてしまう。

 だって……だって思い出すと、変になるんだもの……

 このまま変になってしまったらどうしよう、とレーニエが真剣に悩み始めた時「失礼いたします」という声と共にサリアが顔を覗かせた。

 途端にじゃぶんと大きな音が鳴る。

「レーニエ様? あれ? どうかなさいまして?」

「なんでもっ!」

「はぁ。あの、ただいまシザーラ様がいらして、お目通りを願っておられますが、いかがいたしま……あら、随分お顔が赤いですわ。もう上がられた方がよろしいのでは?」

 着替えと体を拭う布を脇に置きながら、サリアは怪訝そうに主人を見た。実は彼女には大方の想像はついている。大切な主に今日、何があったのか。

 このところ伏せられることの多かった瞼を凛々しく上げて、見つめる先に誰がいるのかを。

「レーニエ様?」

「あっ、ああ、そうする! え? シザーラ殿が!?」

 かなり混乱してレーニエは勢いよく湯船から立ち上がった。

「はい。お疲れだと言って、お断りいたしましょうか?」

「いやいやっ! 会う、お会いするからっ!」

 レーニエは慌てて布を体に巻きつけた。



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