第1話『あなたのElementlumは?』
視界に迫る錆びた鉄格子に左手を引っ掛ける。
同時に左脚をアスファルトに刻み勢い良くポールを掴み飛び越える。
多少の高さはあろう数フィート下方に見える路面にクルリとダイブ。
そのまま落下速度を武器に反対側にある路面に転がりスライドするように駆け出す。
「うし!見えたっ……距離にして役10メートル。未だ俺の存在に気付いてねェ〜な。このままターゲット確保しトンズラってねっ」
口内で迅速なる作戦遂行を呟きながら肺一杯に新鮮な酸素を吸い込む。
その大量に補給した酸素を燃焼させるが如く俺はラストスパートを掛ける。
しかしながらあの犠牲者にもなる輩の変わった容姿に多少の疑問はあるんだけどな。
なんなんですか?あの青いマントに同色のブーツって?
しかも、耳元まで立てたマントのエリから除く淡い水色髪。
コスプレっつー良く有りがちな容姿にも一致してもおかしくない。
しかし、あの後姿から感じ取れる第六感的な圧迫感は、憖信じたくもないが。ひょっとして遠い世界の住人のような。
そんなんと関わると、危険が降りかかる嫌な予感すらしないでもない。
しかも、やけに生々しくも見えるその髪色に似合うこれまた綺麗なピンク色の三角の髪飾りが余計目立つあの輩って。
「んな事はどーでもいいっ!今はそいつの真ん前で降着中の不良共からあいつをかっさらい逃げるだけだ」
三人組の不良共からあいつの距離をざっと見て役4〜5メートル。幸いに奴等とあいつとの間には右斜めから除く抜け道がある。
まぁ最悪そこを通れないまでも速度を利用し一番ヒョロイ左の奴から切り崩し突破口を開けば余裕だ。
「なぁなぁ、あんたのその髪色。カラースペか?それともワックススペ?」
「へ?…私?自髪だけど」
「おいおい、幸治ぃ…んな意味のねーもん聞くんじゃねェ〜っての、ったく俺達”爆裂団”の矢萩さんにも言われただろ?”アニヲタ”は卒業しろって」
いやいや…なんか知らね〜があの三人の様子じゃこのまま力任せにラチり、そのまま事件すらおかしかねない。多勢に無勢。運が悪ければ俺まで巻き添えに。
いや、大丈夫。あの中央に布陣する一番目立つデケェ奴を吹き飛ばしさえすりゃ奴等は混乱する。
その隙にあのコスプレっ娘を俺がかっさらい離脱すりゃ一瞬で決まる!
◆◇
「ありっ?…あっのぉ〜これは一体」
「ふっ、前方に気を引かせといてからの背後からの襲撃っ?…でもさ、こんな間抜け面の弱っちいのを布陣するっつーのは基本的なミスだよっ?」
「て?ちがぁーーーーうっ!なぁーにが背後からの襲撃だっ!それにアンタ!なんちゅー事してくれたんだぁあああああ!これは”アレ”か?…ひょっとしてアンタ等引っ括めてグルでこの俺様を罠に嵌める新手のドッキリか?ドッキリなんだな?そう」
「うっさいよっ!突然背後攻め喰らわしてきたあなたが悪いんだよっ?」
「いや、なんかすっげー勘違いしてんな?」
「よ?」
「や、やるな姉ちゃん」
「…」
あの目の前の三人組の野郎すら呆気に取られながら間抜け面を向けているし。
け、形成逆転とはこんな事を言うのかっ?何故か完璧に建てた筈の作戦所か、背後から救出目的にもなるコスプレ少女の手を取り彼女と相対する位置の一番ボスキャラなデカイ奴をつき飛ばしその混乱に常時とんずらの作戦。
それが事もあろうか、特長のある青いブーツを軸にクルリと半回転。
思わず掴もうとした手の甲を逆手に弾かれた瞬間軽く体重を乗せてからの首と肩。更に右手を背中に当てながら前屈みに地面に捩じ伏せられる。
水色ショートをふわりとさせ。一瞬にして大の男である俺を、もののわずか0.2秒も経たずにアスファルトに叩きつけられる。
あの華奢な身体からは予想不可な素早さと確実な戦術に思考すらも追いつかない鮮やかさを醸し出す彼女は、多分。
相当鍛え抜かれた格闘術を会得しているとしか。
「へえ?…君。意外とやるね」
「おい、兄貴。あのガキ。チト不味くねェか?」
「いんや、久々に骨のありそうな奴だぜ、面白そうだし」
ヤバい、更に状況は最悪か、それにあの目の前の野郎共を逆にヤル気にさせやがってるし。今から逃げ推せるのは到底不可。
仕方ないが。今現在等の彼女の戦闘術に掛け二人で強行するしか。
「つーか、何時まで勘違いしてる!俺はアンタを救出しに来ただけだ」
「ん?…んな口車に乗るマリオン様じゃないよ?…」
「いいから俺の言ってる事を聞けっつーの!しかもこんな一般じみた容姿の俺があのホスト崩れみてぇーな不良共の仲間に見えんか?この超鈍感!」
「ど、鈍感って!でもひょっとしたら」
「そのひょっとする!いいからって?危ねっ!俺から離れ」
彼女に捩じ伏せられている体制からねじ込む形で二人の視界に襲いかかるデカイ奴。
このまま俺達の隙を突き、力任せに羽交い締めにするのか。
咄嗟にマリオンと名乗る彼女は俺を振り解き際に突き飛ばし、自身も反発てきに逆方向に転がる。
咄嗟的に目標を見失い前屈みによろける野郎を左手を軸に遠心力を利用しての足払いが鮮やかに決まり顔面から硬いアスファルトにダイブ。
待ってましたの如く、可愛い顔立ちには似合わない表情でニヤリと微笑み落下中の野郎の懐に滑り込みからの右手の平の突き出しが無防備な腹にクリティカルヒット。
「うごっ!」と、蛙を踏み潰した断末魔を残し役数メートル跳ね上げられ背中から電柱に激突。
先制攻撃を仕掛けたデカ男は逆さになり白目を向いている。
その一部始終を目の当たりにする俺に、足元まである青いマントに付着した埃を叩きながら今度こそ理解したのか。スラリと伸びた青い手袋越しの手を添えながら複雑な表情で見つめる。
「ほらっ、立てる?…と、とりあえずはあなたを…し、信じてあげるよ」
「いてて、ようやく信じた割には全くヒデェ目にあったぜ」
「ご、ごめんっ…でもその前に」
「うっわ、マジ?」
いつの間にか賑やかな野次馬が湧いたとおもえば、あのデカ男を倒した所じゃ済まされない惨状と化す。
人数にして15〜6所か、この場所を根城にする不良共の応援がまるでアリか蜂の巣を突くように湧いているって!?
「ほう?コイツ等がオレのテリトリーをねぇ」
「そ、そうっすよ”旦那”」
いや、あの右端の奴。兄貴が倒されたら今度は”旦那”って。
「ふむふむ。ひぃふぅみぃ…あなた、魔術は?」
「へっ?…ま?こんな時に中二トークは」
「だから、魔術の”特性”を聞いてるんだよ。私のElementlum(特性)はAqua(水系)だし、あの規模の小隊を吹き飛ばすのは余裕だけど反発されたらこの地域だけじゃ」
何を説明しているのか、理解は出来ないが、真剣な眼差しを向ける彼女の表情からしてなまじ嘘とは言いにくいのはわかってる。
容姿からして俺やあの目の前にワラワラと布陣する野郎とは明らかに何か浮いている。
そんな思考をそっちのけるかのように、俺はこの19年間の人生で初めてとんでもねぇ事件に巻き込まれる事になろうとは。
つづく。
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