異世界チートなんか死んでしまえ! 平凡な没落貴族の手記
これから先、俺のような目にあう人間がでるかもしれない。
そいつのために、俺はあったことを書き残しておこうと思う。
皇紀345年。
このニッポン列島は、8つの国に分かれていた。
北から「サッポロ王国」「トウホク自治領」「カントウ王国」
「チュウブ神聖領」「キンキ王国」「モウリ帝国」
「シコク自治領」「シマヅ王国」だ。
これらの国は、小競り合いはあるものの、ここ200年は安定して過ごしていた。
俺は、カントウ王国のミト公爵家の長男として産まれた。
我がミト公爵家は、イバラギ地方を領地としている、王国でも屈指の大貴族だ。
数世代前から、カスミガウラ湖の干拓に着手し、食糧事情の改善を目指していた。
祖父は、生前、宮廷で「泥んこ公爵」と言われるほど干拓事業にのめり込み、
その甲斐あって、着々と目処がたってきていた。
祖父の死後、親父がその事業をついだ。将来は、俺も継ぐつもりでいた。
この年のある日、異世界から1人の人間がやってきた。
「キムラタクヤ」という、発音しにくい名前のその男は、巨大な魔力と強靭な肉体の持ち主だった。
慈悲深いカントウ王は彼を保護し、この世界での知識と魔法を与えた。
『彼』は、魔法で魔獣を倒したり、人々の怪我を癒したりしていたが、
ある日、世界を見たいと言い残し、旅に出た。
数か月の間『彼』はニッポン列島の各地で噂となった。英雄として。
転機が訪れたのは、『彼』がサッポロ王国を訪れた時だ。
『彼』の無礼に激怒したサッポロの王子が、決闘を申し込んだ。
王子は、いろいろと卑劣な手を使い、『彼』を怒らせた。
サッポロの首都ススキノは、彼の魔法で半壊した。
恐れたサッポロ王は王子を処断。北の雪姫として名高い王女を『彼』に娶わせた。
カントウ王も彼がサッポロに永住する事を恐れ、孫娘である王女を彼に娶わせる。
カントウの薔薇と呼ばれた美しい王女。
社交界デビューで俺をパートナーに指名してくれた事は昨日のように覚えている。
王族の結婚には、たくさんの侍女がついていく。
俺の妹も、王女の話し相手兼侍女頭として、ついて行くことになった。
俺の初恋の人は、俺の前に居たはずなのに、届かない場所に消えた。
『彼』のもたらす魔法と発明品の恩得は巨大なものだ。
「蒸気機関」「火薬」「活版印刷」「熱気球」など、俺には良くわからないが
様々な発明が彼からもたらされた。
魔法の恩得はもっと直接的なものだ。
半壊したススキノの街は、一晩で復興した。
さらに、地下に温水を流し、冬でも暖かくなる仕組みが実現された。
サッポロの山々は削られ、村や町の行き来がしやすくなった。
その後、『彼』はカントウ王国に戻り、鄙びた漁村のマイハマを本拠地に定めた。
一夜にして、王城よりも巨大な城がマイハマに現れた。
カントウの王女様や妹も、そこで暮らすことになった。
『彼』は、カントウでの活動に、カスミガウラの干拓を手始めとした。
祖父や父が数十年かかった仕事が、彼の魔法ならあっという間に終わる。
1日目で、干拓が終わり、荒野が広がった。
2日目で、荒野が区画整理された田畑となり、3日目で種が播かれた。
4日目で、米や麦が青々と茂り、5日目で稲穂と小麦で、一面金色に染まった。
6日目には、魔法生物の手で刈り取りが行われ、大量の穀物が収穫された。
7日目。カスミガウラ近辺の住民は、『彼』を大声で称えていた。
数百年治めた王ではなく、数十年干拓してきたミト家でもなく、1週間前に現れた『彼』を。
その日、ミト公爵家は、誇るべき仕事を無くしてしまった。
親父は、浴びるように酒を飲み、娼館に入り浸り、家に帰らなくなった。
父と母が喧嘩したのを、俺は初めて見た。
その頃になると、他の国からも様々な美姫が彼の元に送りこまれるようになった。
この列島の貴族は、1夫多妻は珍しいものではない。
シマヅ王国からきた、褐色の肌をした、まだ幼い姫君はカントウ王に謁見した後、
マイハマに向かっていった。
その姿は、抗えない運命に引きずられる、哀れな子羊に見えた。
1ヶ月後、彼はシマヅ王国へと向かった。
シマヅ王国には、イサハヤという場所で干拓をしている貴族が居る。
この広いニッポン列島でも、自腹で干拓をしている物好きは、我がミト公爵家と
イサハヤのアリアケ伯爵くらいだ。
当代の当主は、俺より5歳上。彼がカントウ王国に来た際に会ったことがある。
まだ幼かった俺たちは、「泥んこ貴族」であることを誇りとし、一晩中夢を語り合った。
シマヅ王国でも『彼』はいろいろな事を行った。何かを行うたびに喝采を浴びた。
イサハヤの干拓もそのひとつだ。広大な田畑ができあがった。シマヅは飢えから解放された。
アリアケ伯爵は、職務怠慢の罪にて、家名剥奪のうえ領地財産が没収され、死刑となった。
それをカントウまで知らせてくれた、アリアケ伯爵の家臣に、伯爵の妻子について聞いてみた。
3歳の男の子は連座で死刑。1歳の女の子と奥方は実家で生涯幽閉。
俺は、せめて金品だけでも、と、伯爵の妻子に持ち合わせを全て送った。
そして、母が死んだ。
もともと体の強いほうでは無かった。最近の心労で夜も眠れない日が続いていた。
母が死んだ日も、親父は帰ってこなかった。
娼館を捜し歩き、5件目でようやく見つけた。
俺は、泣きながら親父を殴り、家まで引きずって帰った。初めて親父を殴った。
母の葬儀にあわせ、妹が帰ってきた。
マイハマは、『彼』の歓心を得るために、各国の高貴な美姫たちが、
毎夜、娼婦のように艶を競う場と化しているらしい。
『彼』を怒らせれば、祖国がススキノのように、灰になる。
そんな恐怖に、20歳にもならぬ姫君が抗えるわけが無い。
最近の『彼』のお気に入りは、カントウの王女とキンキから来た姫君。
彼女ら2人を同時に寝室に侍らせて楽しんでいるそうだ。
キンキ王国とカントウ王国は昔から仲が悪い。国民感情にも亀裂が入っている。
その憎い相手に、閨房での痴態を見られたり、見せられたりする2人の姫君は
どれほど傷ついているのだろう。どれほどの屈辱なのだろう。
自分から言い出したのか、妹から言い出したのか。
今となっては思い出せない。
一瓶の毒薬を持って、妹はマイハマに帰っていった。
カントウの王女と妹は『彼』を毒殺しようとした。
だが、果たすことは出来なかった。
『彼』は死なず、毒はカントウの王女を害しただけで終わった。
妹は、主人たる王女を毒殺した罪により、処刑された。
この列島では、大逆をおかした罪人の遺体は損壊され、遺棄される。
墓に埋葬することも許されず、先祖とは切り離される。
遺体の無い葬儀。いや、葬儀すら行うことが出来ない。
俺は、心の中で、そっと妹の葬儀を行った。
ミト公爵家は、連座により、貴族位剥奪と領地没収。
死刑にならなかったのは、歴代の当主の人徳のおかげだろうか。
そして、3年後。皇紀348年。
親父が死んだ。
酒と女に入り浸った3年だった。ぶよぶよの贅肉と死んだ魚のような目。
「泥んこ貴族」だったころの引き締まった体と鋭い目は何処に行ったのだろう。
だが、鏡にうつった俺も、親父と同じ目をしていた。
俺は、何もかも失ってしまった。
皇紀350年。
『彼』が死んだ。
数百人にも及ぶ、美姫と侍女。彼女たちの中で、血を吐き、それが喉に詰まって、
呪文を唱えることも出来ずに窒息死したそうだ。
俺はカントウ王の命令で、これからマイハマに行く。
マイハマに居る、全ての女子供を皆殺しに行く。
数多く殺せば、ミト家を復興させる と言われている。
だが、俺は急がない。
きっと今頃、マイハマは炎に包まれているだろう。
あれほどの屈辱を受けた王族が、今も生き続けているはずが無い。
そして、たぶん、いや、確実に俺は、マイハマに行った後、殺される。
マイハマが灰になったあと、王は、没落貴族の復讐としてこの一件を処理する。
そして、死せる英雄を汚した悪人として、俺を始末するのだろう。
せいぜい、派手に悪人役をしよう。
俺が大逆の悪名を着れるくらいに。
妹のところへ、行けるくらいに。




