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五話「ボーイズトーク」

 時計の短針が十二を超え、二時間程経った頃。



「本当に香月さんに何もしてないのか、ああん?」

「おいおい、別に俺たちゃあ言いふらしたりしねえからよ、素直に白状してみいや。な?」



 俺はクラスメイトから尋問を受けていた。



「だから何度も言ってるだろうが! 何もしてないって! キスすらしてねえよ!」


「嘘つくな和晃! 純情な男子高校生が可愛い子と付き合って理性を抑えられるはずがねえだろが!」


「理性を抑えられないやつは純情とは言わねえよ!」



 さっきから何度もこんなやり取りが行われていた。



「比奈がテレビに出てる限りは彼女には何もしないって宣言したんだ。……あれは宣言というよりも契約みたいなものか。とにかくその言葉が有効な限り、何が何でも手繋ぎ以上のことはしない」


「普通そういうのって嘘ついてでも破るだろ。……まさかお前、意気地なしか?」


「うるせえよ!」



 今の突っ込みは割りと本気である。



「俺の話はもうおしまい! 俺なんかより、皆の方がそういった色恋沙汰……あえて言うならキスやそれ以上の話あるだろ」


「あるっちゃあるけど、だってテレビに出てるアイドルがクラスの男子と付き合ってるんだぜ? 嫌でも気になるだろ。というかぶっちゃけ羨ましい。アイドルが恋人って何よ。リア充爆発しろマジで。彼女を取り替えることが出来るなら取り替えたい……」


「凄い悲痛な叫びに聞こえるけど、お前彼女いるだろ。その言葉聞いたら彼女さん泣くぞ」



 といってもまあ、彼の言うことは冗談に近いだろう。ここら辺は男子のノリというものだ。



「そういや、田中。お前隣のクラスの子が好きだって聞いたけどマジか?」


「え、俺?」



 適当に話題を振って、注目を逸らす。由香梨から事前に聞いておいて本当によかった。

 田中が集中砲火をくらっている間にそっと部屋を抜け出す。



「いやはや予想は出来たけど……大変だ」



 男子でもこのめんどくささだ。女子側はこっちに比べてさぞかし大変だろう。

 ……頑張れ、比奈。



「カズ、お疲れ」



 心の中でそっと比奈を応援していると声がかかる。久志だ。



「おう。そっちはどうなってるんだ?」


「今はちょっと休憩中。その隙に直弘と抜け出した」


「なるほどね」



 うちのクラスの男子は大きく二つに分かれた。さっきまで俺がいた夜通しハイテンションの変態&恋人話グループ。もう片方はのんびりトランプでもしながら色々語りあうグループ。

 久志と直弘は後者にいた。

 俺も後者が良かったのだが、ハイテンションな男子たちに拉致られ、仕方なくあそこにいたというわけだ。

 


「よし、じゃあ直弘と合流するか」


「そうだね。いいのか悪いのか、カズが本音で語るには真実を知ってる俺達がいないとだから……」


「だな。……他の男子達には悪いけど、修学旅行第三班男子の……ボーイズトークの時間といこう」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 俺達に割り当てられた部屋に戻る。そこには既に直弘が待機していた。

 三つあるうちのベッドに三人集まり、あぐらを掻いて輪を作る。



「……こうして集まったわけだが、何から話せばいいのでしょうか」


「この前も言った通り、うちの班の女子がいないところでしか出来ない話をするぞ」


「とは言ってもあるかそんなの?」



 直弘が何を言ってるんだお前は、と呆れた顔で見てくる。



「……色々あるだろうが。じゃあ早速本題に行ってやろう。和晃、お前香月のことをどう思ってるんだ?」


「……へ? 比奈のことを?」



 唐突に聞かれたせいかいまいち理解できなかった。



「そのまんまの意味だよ。ほら、二人は表面上付き合ってることになってるじゃん。それはわかるけど、実際のカズの気持ちはどうなのってこと。今は強がりで表面上だけに収めてるけど、本当は香月さんのこと好きなんじゃないのかなって」


「ああ、そういうことね」



 つまり俺と比奈の仕事上の関係を抜きにして彼女に対して本当はどう思っているのかを聞いているようだ。



「……今宵は修学旅行。包み隠さず言うんだ」


「とは言ってもなあ」



 俺はうーんと天井を見上げる。そして比奈のことを心に浮かべて、



「正直な所……よくわからない。別に逃げようだとか、誤魔化そうとかしてるわけじゃない。その、何とていうか、異性を好きになる、恋をする感覚っていうのがいまいちわからないんだ。少なくとも友達以上に好きっていうのは分かるけど、異性として付き合いたい、恋人になりたいとかになると、ちょっと自信ないかな」



 言葉にしてる間二人はうんうんと頷いていた。そして答え終わると、



「まあ、大体予想通りだ」


「俺もだよ」


「分かってたのかよ……」



 なんだか赤裸々に回答したのがアホみたいだ。



「じゃあ重ねて質問なんだけど」



 今度は久志が口を開く。



「もし香月さんに本当の恋人が出来たり、そこまで行かなくても好きな男の人が出来たりしたらカズはどうする?」


「それは……」



 比奈が他の男と二人で仲良く歩いているところを想像してみる。

 比奈が他の男に自分から腕を組みに行き、笑顔で笑う。男も彼女に応えるように爽やかな笑顔を返す。

 …………そんなことまずないだろうな。


 絶対にないとは思うが、もしそんなことがあるとしたら、俺はその時――



「……素直に応援するんじゃないかなあ?」


「マジか」



 何故か直弘は驚いていた。



「いやだっ、て本気の恋が出来たってことは俺なんかと偽りの恋なんかもうする必要ないだろ? スキャンダルの相手がたまたま俺だっただけで、彼女にも選ぶ権利はちゃんとあるんだし。……そりゃまあ、そんなことになったら面倒ごとはたっくさん発生するだろうけど。それでも俺は彼女を応援すると思う。やっぱり俺にも責任はあるからな」



 ただどれも「多分」が言葉の最初に付く。あくまで予想なので、実際どうなるかはわからない。

 今までのことを顧みてみると、どちらかというと親の気分で彼女を暖かく見守るポジションに落ち着きそうな気がしないでもない。



「俺への質問は以上だな? じゃあ、こっちも質問させてもらうぜ」



 俺のターンだと言わんばかりに強制的に話題を変える。顔を直弘の方に向ける。



「直弘、比奈のこと好きだって言ってたよな? それ、今はどうなんだ?」


「……香月の事は確かに好きだ。だが異性として好きってわけじゃない」



 ばっさりと切り捨てられた。



「俺の場合はアイドルの頃からの香月が好きっていう延長線上だ。ファンとして普通に喋れたりするのが純粋に嬉しい。恋というよりも憧れや羨望、尊敬とかそっちの類だな」



 直弘のそれは初期から持っていたものであるから素直に頷くことができた。



「なら……カズはさっきの回答からいないって分かるけど、直弘は他に誰か好きな人とかいるのかい?」



 今度は久志から直弘に質問が飛ぶ。



「いや、それもいないな。今はまだ画面の中の女の子達で十分だ」


「それはそれでいいけど……直弘って結構評判いいらしいぜ。案外リアルでもあっさり攻略できるかもしれないぞ?」



 以前由香梨がそんなことを言ってた気がする。



「それが本当かどうかは知らん。俺は別に急いで恋人が欲しいだの、好きな人を作りたいだのと思わない。無理したって疲れるだけだ。俺なりに生きて、その過程で自然とそういった感情が芽生えたのなら、その時は悔いのないように行動する。一度きりの人生で自分に嘘をついたりなぞしたくないからな」


「何こいつかっこいい」



 直弘が想像以上におとこだった。あっさり攻略できるかも、なんて言った自分がおこがましく感じてくる。



「……と、俺のつまらない持論はこの場にはいらんな。というわけで次は久志の番だ。お前にはいるのか、好きな人?」



 順番はついに久志に回る。ここで彼がノーと答えたら俺達三人はまだ恋を知らないガキンチョ集団になる。でもそういった仲間がいると安心するのも事実だ。



「……お、俺か」



 だが、その久志はというと急に歯切れが悪くなり、心なしかそわそわしだしていた。



「その反応……いるのか?」


「確証はないけど……でも、好き……なのかもしれない」



 もしこの場に女子がいたら、彼の照れている姿に悶えるのではないかと思う。男の俺から見ても今の久志は何か乙女チックだから。



「それは誰だ? 俺達の知る人物か?」



 直弘が食い気味に問い詰める。お前さっきの持論はどうしたと言いたくなるほど能動的だった。



「うん。えっと、彼女……中里さんのことが好きだ」


『中里さんって……』



 俺と直弘は顔を見合わせる。

 中里さん。俺の知ってる中里さんは一人しかいない。

 常に気だるそうな目で、しかも無表情だから不機嫌にしか見えない彼女。けど実は感情豊かで必要以上に表に出さないだけ。本人は見た目見た目省エネ、中身はハイテンション系女子とか言ってた。

 前髪は目にかかる程度の長さでそろえられており、後ろ髪は肩甲骨の辺りまで伸びている。

 不機嫌に見えるが、よく見るとかなりの美少女で、身長は百五十前半とかなり小柄。何より目を引くのが身長に見合わない大きな胸。

 それが俺の知ってる唯一の中里さん……もとい中里若菜ちゃんだ。



「久志……若菜ちゃんのことが?」


「多分、だけど」



 恥ずかしがって言う彼の姿は到底ふざけているようには見えなかった。ということは……マジだこれ。



「中里を好きになったきっかけとかはあるのか?」


「う、うーん……気が付いたら好きになってたって感じで、大きなきっかけはないかな? それに普通にか、可愛いし……」



 久志の顔がかあっと赤くなる。羞恥心に顔を染める彼を見てると何だかいけない気持ちに目覚めそうだ。



「そうなのか……。告白とかは?」


「そんなのまだ無理!」


「その様子だとまだ気持ちを自覚しただけのようだな……」


「まだスタートに着いたばっかか。よし、それなら久志の恋が実るよう精一杯サポートしてやる! 直弘も協力しろよ!」



 立ち上がって力強く言い放つ。が、二人はどうしてか俺を見て唖然としていた。



「……? 何だよ。俺じゃ不満か。なら由香梨にも協力を要請しよう。あいつの方が色恋沙汰には詳しいし適任だろう」


「あのなお前……。いや、色々言いたいことはあるが名誉のためにも言わんでおこう」



 直弘は頭を抑えて顔を横に振る。彼は最後に「それに」と言葉を継ぎ足し、



「また一つお前に聞きたいことが出来た。和晃は菊池とは何もないのか?」


「俺が由香梨と?」


「ああ。小学校以前からの付き合いだろう? その間、二人の間に何かあったりしないのか?」


「えーっとそれは……」



 まさかその話題がここで来るとは。

 顔を逸らす。冷や汗が流れたのがわかった。



「怪しい反応だね。俺も気になるな、二人のこと。俺も昔は幼馴染とかいたけど、時が流れるにつれて疎遠になっちゃったし。二人がここまで上手くやってこれた経緯も知りたいな」



 久志まで便乗してきやがった。



「……言わないと駄目?」


「今宵は修学旅行の夜。包み隠さず話すんだ」


「そういうことだね。カズと菊池さんの歴史を語ってもらおうか」



 ぐいぐい迫ってくる二人にどう足掻いても言い逃れできそうにない気がしていた。だからやけくそになって、



「ええい、分かった! 話してやる!」



 俺の答えに二人はニタニタ笑う。下賎な笑みを浮かべやがってこいつら……!



「俺と由香梨の過去だろ? そうだな、そこから今に繋げるように話すとなると――どうしても小学生以前のことから話さないといけないな。あれは確か、俺が三歳か四歳の頃か」



 嫌々だけれど、由香梨との思い出を振り返り、言葉にしていく。

 その内純粋な懐かしさを感じるようになっていく。

 


 今夜、俺が二人に話すのは、俺と由香梨、それと今この近くにはいないもう一人の幼馴染の女の子の、ちょっとした昔話である。




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