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六話「最終警告」

「梨花さんの恋愛観を聞かせてみな!」



 大袈裟に手を広げて問いかける。



「…………」



 だが目の前の後輩女子は一歩後ろに引いた。



「何故引く!?」


「引かない方がおかしいですよ!? 突然呼び出されたかと思えば両手を広げて爽やかに恋愛観を教えろって聞いてくる人に今迄と同じように見れますか?」



 あれおかしい。手を広げたのもどんな考え方を持っていても暖かく受け入れるぞっていう意思表示のつもりだったんだが。



「というか、比奈さんに恵先輩も高城先輩のおふざけに付き合わないで下さい……」



 梨花さんは少し後ろにいるはずの比奈と恵ちゃんにも呆れる。



「あのね、梨花。ふざけてるように見えるかもしれないけど、大真面目な質問なんだ」


「そうそう。大人しく白状しなさい。先輩の言うことは聞くものよ」


「恵の言うとおりだよ!」


「ここぞとばかりに先輩面しないで下さい!」



 いい性格してるなお前ら。流石に梨花さんに同情する。



「でも真面目なのは本当なんだ。実は――」



 梨花さんにも事情を説明する。



「それで突然こんな事を。高城先輩に影響されて先輩達も馬鹿になったかと……」


「なあ、さりげなく俺の悪口言ってるだろ」



 おかしい。最初は梨花さんの俺に対する好感度は低くなかったはずなのにいつの間にか最底辺になってる気がする。

 たまに会った時、「今日はパッドつけてないのか」とか「文化祭のメイド、さまになってたぞ!」とか言ってたのが駄目だったのか。……心当たりがあり過ぎる。



「まあとにかくだ、実際に恋してる人の恋愛観を知りたいんだ。だから梨花さんを頼ってる」



 俺を疑っているのか、梨花さんはジト目で見つめてくる。そして急に目線を変えたかと思えば、



「……うん、梨花、言いたいことはわかる。けど言わないであげて」



 とかいう恵ちゃんの声が飛んでくる。この前の勉強会の時といい、一体何だって言うんだ。



「……わかりました。私もさっさと戻りたいですし、ぱっぱと終わらせちゃいましょう。私の恋愛に対する考えを言えばいいんですよね?」


「まあ、そんなところだ」


「そうですね……」



 実のところ梨花さんにはかなり期待している。正直雰囲気だけでいえば一番大人っぽいのは梨花さんだからだ。考え方もただの高校一年生と思えないぐらい達観してる気がする。

 そんな彼女が発した言葉は――



「例えるなら、シンデレラの物語みたいなものですね」


「……………………はい?」



 シンデレラ? 童話の? シンデレラが落としたガラスの靴を王子様が拾って、探し当て結ばれるというあれのことか?



「えっと、それはどういうことでしょうか」


「恋とは、すなわち運命です。女の子はいつでも白馬の王子様を待っているんです」



 何だ。何なんだこれは。意味が分からない。分からないのに、背筋に寒気が走った。体中がムズムズする。

 彼女の語りはまだまだ続く。



「女の子はか弱くて、乙女なんです。そんな乙女を見つけ出し、優しく微笑みかけてくれる王子様。いわゆる運命の出会いというやつです。赤い糸で結ばれた王子様と乙女は周りの糾弾にも屈せず、甘い甘い未来を歩んでいくんです」



 もはや恋愛観とは何だったのかと根本的なことが分からなくなっていく。そんなとてつもない威力の弾丸を放ち続ける梨花さんの目は爛々としている。



「もういい……! もう……休めっ……! 休んでくれっ……!」



 彼女を止めるのにもはや懇願する形になってしまう。このままだと彼女は後に深い傷を負うだろうし、聞いてる俺達も悶え苦しみそうだ。彼女の名誉のためにも、自分たちの健康のためにもこれ以上言わせてはいけない。



「……なんで止めるんですか。乗ってきたところだったんですけど」


「いや、梨花さんの恋愛観は十分わかったから。な、恵ちゃん?」



 恵ちゃんを見ると凄い勢いで首を縦に振っていた。彼女の隣にいる比奈の目は感心してるように見えたが……気のせいだと信じたい。



「本当にわかったんですね?」


「ああ! 梨花さんは乙女で、祥平は運命の王子様。こういう認識でいいんだよな!?」


「いえ、私たちはそんな簡単な言葉で済ませられるような関係じゃ……」


「もういい! 悪かった! ごめんなさいもう馬鹿なことはしません――」



 心の底から聞いた事を後悔したのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



『じゃあまた後でな』


「はい。失礼します」



 記者さんとの通話を終える。



「どうだった?」


「ああ、一通り調べてまとめてくれたらしい。放課後、商店街の喫茶店で待ってるってさ」



 記者さんからの電話がきたのは梨花さんの恋尋問の少し後だった。その際のダメージがでかすぎて、引きずっていたところに最高のタイミングでかかってきてくれた。



「比奈はどうする? 来るか?」


「うん。今日は空いてるし、私が言い出したことだからね。ついていくよ」



 というわけで比奈の同伴も決まり、後は時が経つのを待つだけだった。



 時間の経過はあっという間で、気が付けば放課後になっていた。

 俺と比奈は学校を出ると一直線に待ち合わせ場所に向かった。



「お、来たか」



 喫茶店の一席に座っていた記者さんを発見する。彼は俺達を見つけると口に咥えていたタバコをはなし、火を消した。



「座ってくれ。何か注文があったら自由に頼んでくれ。今日は奢りだ」


「いや、それは……今日はこちらが教えてもらう立場ですし」


「構わねえよ。沢山食うならともかく、コーヒーの一杯二杯くらいなら安いものだ。それに……」



 記者さんは比奈の方を見る。比奈の方も記者さんにどう接したらいいか迷っているのか、微妙に距離を置いていた。

 


「……本物の香月比奈だろう? 君に対する罪滅ぼしはこれぐらいじゃ足りないからな」



 そういえば比奈と記者さんが実際に顔を会わせるのは初めてだった。記者さんにスキャンダルの真実を問い詰めた時は比奈はいなかった。そして記者さんのことは彼女には口で語っただけだ。



「……本当にすまなかった」



 記者さんは立ち上がって、比奈の正面に立つ。そして深く頭を下げた。



「あ、いえ、その……顔を上げてください。怒ったりしてませんから。私も芸能人としてああいうことがいつ起きてもおかしくないって頭に叩き込んでいましたし……それに今日は、謝られるためにここに来たわけじゃないんです。ですからお願いします」



 対する比奈もむしろ頭を下げていた。



「……ありがとう。その言葉だけで少し救われたよ」



 記者さんの強張っていた顔が緩やかになっていく。ひとまず一件落着か。

 傍から見れば訳の分からない初対面の挨拶を済ませ、俺と比奈はテーブルを挟んで記者さんに向かい合うように座った。



「さて、今日は二人に関わりのある二人を調べてくれって話だったな」


「はい」


「多分、君達が望む二人の過去は調べられたと思う」



 そう言う記者さんの口調は何故か重い。



「その……何だ。頼まれたから調べたし、今日こうして来てもらったわけなんだが、素直に言わせてもらうと……聞かないほうがいいと思うぞ」



 彼はばつの悪い顔をした。それは過去を詮索しない方がいいと言った伊賀さんと同じ表情だった。



「……どうしてですか?」


「ある程度分かってるとは思うが、すっきりしない話だからだ。俺が言うのも何だけど、君達がスキャンダルから立ち直れたのも公開恋愛を始めたからだろう? もし公開恋愛が失敗に終わってたらどうなると思う?」


「それは……」



 公開恋愛が失敗してた場合の俺と比奈か……。

 少なくとも比奈はアイドルを辞めることになっただろう。けど影響はそれだけじゃ収まらないはずだ。 一度顔を晒した俺も平凡な道を歩めなくなるだろう。

 具体的にどういうことが起きるのかまでは予測できないが、二人ともいい未来を歩んでいることはまずないだろう。



「悪い想像しか出来ませんね」


「……二人の過去はきっと君達が失敗していた場合の未来と酷似しているはずだ。その悪い想像っていうのが具体的に語られることになるんだ」



 マネージャーさんと伊賀さんの物語は単なる過去話じゃなくてそのまま俺達のIFストーリーとなる。そうなると思ってた以上に救いのない話になっている可能性が高い。



「それともう一つ。話を聞くっていうことは二人の過去を無断で知ることになる。それも覚悟の上で来たのかもしれない。だけどこれから知るのは平凡な人生を歩んだ人の軌跡じゃない。人にはあまり話したくないような過去だ。俺は職業柄、慣れちまったけど、君達は確実に酷い罪悪感を感じることになる」



 それは警告だった。俺達のことを案じてくれた上での警告だ。



「それでも……知りたいのか?」



 これが引き返すための最後のチャンスだった。彼は念入りに警告し、俺達にもう一度考え直す機会を与えてくれたのだ。

 伊賀さんも記者さんも知らない方がいいと言った。それは俺達が知っても決していい思いはしないから。知ったとしても二人の過去から何も学べないかもしれない。それどころか結果的に悪い影響を受けてしまうかもしれない。

 


「……それでも私は知りたいです。ここまで来て引き返すことなんか出来ません」



 しかし比奈は強い口調できっぱり言い切った。



「……高城君は?」


「比奈が知りたいと言うなら、俺もそれに付き合うまでです」



 きっと聞いてもメリットはない。あるのはデメリットだけだ。

 それでも俺達は知ろうとする。知らなければならない使命感のようなものがあった。



「そこまではっきり言われたら、これ以上やめとけとは言えないな」



 記者さんはふうと一息つき、鞄から何枚か束ねた紙を取り出す。



「じゃあその二人のことを話すとしよう。そうだな、わかりやすいように時系列順に話していこうか」



 緊張感のようなものがこの場に生まれる。唾をごくりと飲み込んだ。


 そして彼は語り始める。

 それは、アイドルに恋した青年と普通の青年に恋したアイドルの、切なくてどうしようもない恋の物語――




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