六話「スキャンダルの被害」
スキャンダルが世間に公表される日。普段は読みもしない週刊誌を購入した。
件の週刊誌は予想通り、あの大人気アイドルのスキャンダル写真流失といった見出しで堂々と表紙を飾っていた。
中身も大体予想通りの内容だったが、とにかく誇張表現が目立ち、たった一枚の写真からは連想することすら困難なことも書かれていた。どんな手を使ってでも香月比奈を落ちぶれさせたいといった怨嗟があるんじゃないかと感じたほどだ。
とはいっても、そういった誇張表現は世間では受け流し気味であった。
だが、写真の方はそうはいかなかった。
思ってた以上にくっきり顔が写っており、どこからどう見ても香月比奈と断定できるのだ。一応俺の顔もはっきりと写ってるけど、そこはあまり問題ではないだろう。
……と考えていたのは最初だけで、ネットで今回の騒動について調べてみると「何だあの男。冴えないくせにアイドルといちゃつきやがって」とか「俺たちの香月たんに傷つけやがって地獄に落ちろ」など、過激な文章が書き込まれていた。香月比奈に対しても失望した人達から辛辣な文章を書かれている。
ネットでは炎上、テレビでも芸能ニュースで大きく報道され、想像以上の騒ぎになっていた。
香月比奈の記者会見は二日後の朝、芸能ニュースに被せてくるとのことで、それまでは外出を控えようと考えている。顔が割れている以上、外に出るのは危険な気がするし、正直ネットでのあんまりな言葉の暴力に結構傷ついていたりするからだ。
ただ俺の行動は正解だったらしく、マネージャーさんからも外出を控えてとの連絡が昼ごろにきた。ちなみに香月比奈も外出禁止でかつネットやニュースを見るなと勧告しているらしい。確かに彼女がこの酷い有様を目にすれば……鬱状態になったりしてもなんらおかしくはない。
そういったわけで嫌なことは忘れようと積んでいたゲームでもやろうとした矢先のことである。「和晃ぃぃぃいいい!!」と玄関の方から咆哮が届いた。
無視したいと思いつつも玄関に向けて部屋を歩く。玄関に近づくごとに「落ち着け」と数人が叫んでいる人物を抑えている声も聞こえてくる。
「やっぱり……直弘か」
顔を見せると直弘は獣のようにうがあと凄みのある顔を見せてきた。
「カズ、色々言いたいこともあるが、今はとにかく逃げろ! 直弘が犯罪を起こさないうちに!」
冗談のような言葉だが久志の顔はマジだった。
「そうだな、危害を加えられる前に退散……」
「しないで! どういうことなのか説明して! あ、久志君は直弘君の制御頼んだよ!」
次にご登場したのは小さい頃から見慣れた由香梨である。
「……詳しく教えて、和晃君」
その奥から何故か落ち込み気味で問いかけてくる若奈ちゃんも見える。
「久志ぃぃぃいいい! 放せぇぇええええ!」
「ちょ、暴れんな。無理、無理! 早く逃げろ!」
「逃げる前にどういうことなのか説明しなさい!」
「……詳しく教えて」
俺の友人達計四名が怒り、落ち込み、困惑をぶつけてきている。まさにカオスだ。
こんなときこそ必要なことを皆に言う。
「まあ、とりあえず落ち着けよ」
『落ち着いてられるか!』
全員から総ツッコミを受けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
とにかくまずは冷静になろうということで友人達を家の中に引き入れた。
「はいよ、麦茶」
「和晃、貴様ー!」
「どうどう」
三人は大分落ち着いたものの直弘だけは凶暴化したままだった。久志が変わらずなだめている。
友人達の向かい側に座って話す体勢を整える。
「それで俺に聞きたいことって?」
まあ、大体予想はつくが……。
「これよこれ」
由香梨が本を差し出してくる。言うまでもなくそれは例の写真が載せられた週刊誌である。
「この香月比奈のスキャンダル写真に写ってる男が和晃にしか見えないんだけど、これはあなたなの?」
「ああ、これは……」
四人の視線がこちらに向けられる。真剣な眼差しだ。
俺は躊躇した。そうだと言うのは簡単だけど、これが俺とばれた時のリスクを考えると白状していいのかどうかわからなくなったからだ。
「……和晃、その間は何なんだ?」
直弘の口調がかなり攻撃的になっている。
直弘は生粋の香月比奈のファンだ。何回か握手会やライブにも行ったらしく、CDやグッズも結構購入していると聞いた。それに彼こそが香月比奈の存在を俺に教えてくれた人物なのだ。彼が怒るのもわからなくない。
「やっぱりこれはお前なのか?」
久志が問い詰めてくる。
「……ああ、そうだよ。ここに写ってるのは俺だ」
観念した。ここで白々と嘘をつくのは無理と思ったからだ。それに彼等にのみなら暴露するリスクよりもメリットの方が大きくなると踏んだからだ。
「やっぱりお前、香月比奈に……!」
「おい、直弘落ち着け」
直弘は勢いよく立ち上がった。
「……和晃君、ということはアイドルと本当に……」
若菜ちゃんが不安そうに訊ねてくる。
「いや、流石に週刊誌に書かれていることは嘘っぱちだよ。そこらへんも含めて何が起きたか詳しく話す。だから直弘、一旦席座れって。な?」
「……ああ、すまん。血が頭に上ってな」
直弘はメガネの位置を直しながら腰を下ろす。
「じゃあ、まずはこの香月比奈と会った経緯だが……」
そこから今の状況を詳しく説明した。香月比奈と会った経緯、写真を撮られたことによる被害、そしてこれからの対策についても全て。
「あの香月比奈と公開恋愛だと!?」
説明を終えると直弘の態度はまた豹変した。
「公開恋愛って言ってもあくまで表面上の恋人ってだけで、本当は付き合ってるわけじゃないぞ」
「聞いたから知ってる! ただ嘘でもアイドルと恋人関係になるとかなんてうらやま……じゃなくてふざけるな!」
「……岩垣君、気持ちはわかるけど少し黙って。話が進まないから」
岩垣とは直弘の苗字だ。
「はあー、そんな出来事って起こるものなのね。漫画や小説の中だけかと思ってたわ」
由香梨はどちらかというと感心していた。自分自身で言うのも何だが確かにそう思う。
「公開恋愛ねえ。よくわからないことをしでかすもんだなあ。というかこれもう失敗じゃないか? こいつを見る限り」
久志は直弘の顔をチラッと見る。
公開恋愛を知った男性の香月比奈ファンの初の直接的なリアクションだからな。公開恋愛が始まったらきっとこういった感想がどんどん出てくるのであろう。
「まあ、従来のファンを失うこと前提で違う層の人を引き入れるための計画だし」
でも自信はない。直弘の様子を見る限り悪化しかしない気がする。
「……和晃君はどう思ってるの? この公開恋愛とかいうことについて」
「うーん、何だろう。勢いでやるとは言ったものの実際にやってみないことには何とも。香月さんは俺に責任はないって言ってくれてるけど、やっぱ責任は若干感じちゃってるし。そういったこともあって少しでも彼女の印象を良くしたいとは思う」
「くそ、慣れなれしく香月さんとか言いやがって! 畜生、畜生!」
ここまで来るといつもの直弘とギャップが感じられて逆に新鮮味を得られる。
「いや待て直弘。よく考えるんだ。友達がアイドルと知り合いってことは何時でもサインを頼み放題、ただの一ファンでは到底不可能なことが出来るかもしれないぞ」
「む、そ、それは……」
「どうなんだ、カズ。個人的にそういった頼みは叶えてくれるのか?」
「わかんないけど多分大丈夫じゃないかな。そういったことに厳しくはなさそうに思えたし。次会った時に聞いてみる」
「……頼むぞ和晃。俺とお前は永遠の親友だ」
「変わり身早すぎだお前」
それでも彼の興奮は抑えることが出来た。グッジョブ久志。
「てかさ、思ったんだけど正直に写真撮られた経緯を話すのは駄目なの?」
由香梨は真っ当な疑問をぶつけてくる。
「それについても話し合ったさ。けれど物的証拠にばかり気が取られて聞く耳を持たない人も多いだろ? それにどうせ言い訳ってことにされて結局何も変わらないんじゃないかって結論が出た」
「いや、でも今回に関しては大丈夫じゃないか?」
久志が言う。
「どういうことだ?」
「何ていうかな、非現実っぽいからこそ逆に出来すぎじゃないかって思えて。直弘もそう思わないか?」
「まあ、そうだな……。香月比奈に絡んできた男達は異様にしつこかったんだよな?」
「ん、そうだな。香月さんも結構強気で拒否ってたけど、男達は食い下がらなかったな。香月さんも若干イラついてた。それでも執拗に絡んでた」
「やはりな。それとこのくっきりと写った写真。普通スキャンダル写真って遠目から撮ってて本人かどうかぼやけているのが多いイメージだ。そうじゃなくてもこの写真は撮影距離が近いし、あまりにもはっきりと写りすぎている。あらかじめどういった状況で、どんな場所で撮るか決めていたと思えるほどにな」
これは自分も思ったことだ。ただ考えても意味はないと切り捨てたことではあるが。
「……つまり、このスキャンダルは仕組まれてた」
若菜ちゃんは言い切った。
写真を撮られた状況、結果から考えるとその可能性は非常に高い。
「ま、そういったことだろーな。でもこういった写真を撮られた時点でアウトなんだろ、カズ」
頷く。どんなに考えてもこのような写真が世間に公表されたことが既に駄目なのだ。もう何度もマネージャーさんに聞かされている。
「大体分かってもらえたかな。これが今回のスキャンダルの真実で、現状といったところだ」
久志、由香梨、若菜ちゃんの三人は頷いた。しかし直弘だけは「分かったけど、それでも許せん。俺たちのアイドルと仲良くなりやがって! 羨ましすぎるぞ! 爆発しろ!」といった感じで納得いかないようだ。
今回の件を理解してくれて、心配してくれる友人達のお陰で少し気は楽になった。けれど直弘のような本物のファンの反応を見るとこれからのことに不安も覚えるのもまた事実だった。
そしてその不安は的中することになる。