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一話「秋祭り」

「比奈がドラマのメインヒロインに抜擢されたわ!」



 マネージャーさんの呼び出しに応じたら、第一声がそれだった。



「……え? 私がメインヒロイン? え?」



 突然なことに隣でポカンとする比奈。



「この前のライブが凄い好評だったじゃない? たまたまそれを見てた監督がぜひ比奈を出演させたいって連絡があったの」



 マネージャーさんはまるで自分のことのように喜びながら話していた。



「ほ、本当ですか!」


「ええ。それにドラマだけじゃないわ。仕事の依頼があのライブ以降、急増してるの。高城君も一緒にって仕事も結構あるわね」


「俺もですか!?」



 マネージャーさんは微笑みながら頷く。

 比奈のライブは世間的にも大好評だったのか。その影響で事態は好転してきている……?



「比奈!」


「カズ君!」


『いえい!』



 小さな部屋に手のひらがぶつかり合う心地よい音が鳴り響く。ライブ前に宣言したように世界一ハイタッチが似合う二人になるため、嬉しいことがあったらハイタッチを意識的にするようになった。



「二人ともどんどん息が合ってきてるわね」



 マネージャーさんは自分の子供を見守るような温かい目つきをしていた。



「……ただ、喜ぶのもいいけど今後オフを取れる日は少なくなるわ。今まで通り学校をなるべく休ませないようにスケジュールを組むつもりだけど、そうすると休日はほとんど仕事が入っちゃうことになるわ。高城君も比奈ほどじゃないけど忙しくなるわね。二人とも覚悟はできてる?」



 俺も比奈も力強く頷く。暇がないなんてアイドルにとっては願ったり叶ったりじゃないか。俺も基本は暇な人間だし、出来ることはしたい。



「聞くまでもなかったわね。二人の意思はちゃんと確認したから後は私に任せなさい。今日は今伝えたこと以外にももう一つ用件があるのよ」


「何ですか?」


「先程言ったように、これからはオフを取るのは難しくなるわ。でも次の休日は二人ともオフ。その日には近くで秋祭りをやるの。折角だから二人で行ってきなさいって催促よ」

 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 マネージャーさんに奨められたように二人で祭りに行くことにした。皆も誘おうかどうかで迷ったけどたまには二人でのんびり回るのもいいかなと思い、二人で行くことにした。表向きは恋人なんだしデートみたいなことしても別にいいよな。



「おーい、カズくーん!」



 俺を呼ぶ声が聞こえた。和服を着た比奈が遠くで手を振ってる。



「お、和服着てきたのか」


「お母さんのお下がりなんだ。どうかな、似合う?」



 比奈は全体を見せるようにくるりと回る。



「ああ、いいと思う」


「えへへ、よかった」



 彼女は無邪気に笑う。和服の女の子の笑顔はいいものだ。大和撫子最高。



「それじゃあ行くか」



 横に並んで屋台が並ぶ通りを目指す。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「このりんご飴美味しいね」


「そうだな。……けど」


「ん?」


「さっきから食べてしかなくないか?」



 合流してから一時間ぐらい経過したが、その間比奈は常に口に何か入れていた。大食いキャラじゃなかったはずなんだがなあ。



「実はこの時のためにお腹空かせておこうと思って朝から何も食べてないんだよね……。ほら、遠足が楽しみで寝れない小学生みたいな」


「比奈さんそれ自分が小学生と同等って言ってるのと同じだから」



 自分から言っていくのかと困惑する。

 まあでも今までの比奈を見てる限りある程度納得出来た。普通の人と少し外れた人生を歩んできた彼女は「普通」のことを心の底から真剣に新鮮に楽しむ節が見られる。言動だけ見れば幼いように感じなくもないが、俺なんかより遥かに凄まじい体験をしている彼女の方が精神年齢は高いだろうし、外見と性格も相待って見てて微笑ましくなる。

 こんな風に比奈のことを冷静に分析してみると、いつの間にかこんなに彼女のことを理解している自分に驚く。振り返ってみると彼女と初めて顔を合わせてから二ヶ月半といった所だ。その間だけでこれまでの人生よりも濃い体験をしているように思える。



「カズ君?」



 少し考え事に更けていたら比奈が怪訝そうな顔を浮かべてこちらを覗き込んできた。



「ん? ああ、悪い。ちょっと考え事があって」



 この前の学園祭で彼女といる理由がはっきりした今、こうして過ごせていることはとても幸運なことだろう。これからも俺たちは二人で色々なことを経験していくのだろうか。



「お腹空いてるのは分かるけど、そんなに食べて太ったりしないの?」


「生まれつき目立って太るような体質じゃないんだよね。だとしても、女の子に太るとか言っちゃ駄目だよ」


「悪かったって」



 あきらさまにプリプリ怒る彼女を宥める。

 そんな風に彼女と過ごしながら道を歩く。



「あ、あれって射的だよね?」



 比奈が射的の屋台に目を付ける。お金を払って彼女は銃を手に取る。



「あの小さいのぐらいなら……」



 小さなラムネを彼女は狙う。最初の二発は案の定外した。



「違う違う。こうしたら狙いが定めやすくなるぞ」


「こ、こう?」


「そうそう。その状態でブレがなくなったら引き金を引いてみ」


「えーっと……えい!」



 可愛らしい掛け声と同時に弾が発射され、見事的に当たる。



「やったー! 取れた!」


「お見事。中々筋がいいぞ」


「そうかな? もっと腕が良かったらあれを落としてみたりしたいんだけどね」



 彼女の視線の先は段の一番上にあるウサギのぬいぐるみだった。そんなに大きくはないけど射的で取るとしたらかなり難しいだろう。



「ふむ……そうだな、おじさん二回分お願いします」


「お、彼女のためにぬいぐるみ狙うのか?」


「ちょっとやってみます。余った銃に弾を込めてもらっていいですか?」



 屋台のおじさんは気前のいい返事をして、言った通りにしてくれるどころか、ターゲットを少しでも取りやすくなるように少し前に移動してくれる。



「カズ君、取れるの?」


「ま、見てな。ただ集中が必要だからちょっと話かけないでほしい」



 銃を構えてぬいぐるみに銃口を向ける。当たった時に最も揺れが大きくなりそうな所に狙いを定める。間違って外さないよう、ぬいぐるみと体が正面から向き合うようにして、目を細める。

 完全に体勢が整ったところで引き金を引く。ぬいぐるみが前後に小さく揺れる。すぐさま次弾を込めてぬいぐるみが後ろに傾いた所で二発目を発射。揺れが更に大きくなって、同じように三発目を打ち込む。

 次にあらかじめ弾が込められた銃を手に取り、続けて撃つ。五発目も放ち、最後の一発は後ろにギリギリまで傾いた所を狙い撃つ!

 パアンと銃声がして、弾はぬいぐるみのバランスを崩した。ぬいぐるみはあっけなく後ろに落ちていく。



「おお、マジでとりやがったこの小僧!」


「わー! カズ君凄い!」



 比奈が拍手して小さく飛び跳ねる。



「ふ、こんなの朝飯前よ」



 俺は肩に銃を乗っけてドヤ顔をしてみる。漫画なら謎の光とともにキラーンという擬音が書かれるだろう。



「はいよ、プレゼントだ」


「わっ!」



 屋台のおじさんから受け取ったぬいぐるみを比奈に投げ渡す。



「いいの? 貰っちゃって」


「比奈が欲しいって言ったものだしな。男の俺が持ってても変だし」


「あ、ありがとう。家宝にするね」


「五百円で取ったものを家宝にするのは流石にどうかと思うけど」



 しかし比奈は割と本気で言ってる気がしてならなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ぬいぐるみを取ってからの比奈は更にご機嫌になったように見えた。最初は二人で話しながら屋台を回る形だったが、いつしか彼女に引っ張られて動き回る形になっていた。

 楽しい時間はどんどん過ぎていき、祭もいよいよいい時間になってきた。



「この中に比奈の写真があったりするんじゃないか」


「それはちょっと恥ずかしいかな」



 訪れたのはアイドルの写真などが売っている屋台だった。



「……ま、まさか本物の香月比奈!? それで隣にいるのはその彼氏!?」



 屋台の若いお兄さんは興奮して立ち上がる。

 こういった事は今回に限った話じゃない。他の屋台の人にも驚かれたし、通行人の視線も多く集めたりと、注目される事に関してはもうお腹一杯だ。



「あ、あの、写真とサインお願いしていいですか!?」


「えっと、写真は駄目ですけどサインぐらいなら……」



今日比奈がサインを求められた回数はどれぐらいなんだろう。



「あ、彼氏さんも是非!」


「……俺もですか」



 比奈ほどじゃないけど自分も何回かサインを求められた。比奈みたいに落書きのような文字なんて書けないから筆記体で名前を書いてるんだが……これでいいんだろうか。必要ないと思ってたけど今度サインの練習しておこうかな……。



「あ、ありがとうございます! お礼に何か一つタダで貰っていって下さい!」



 サインした紙を渡し、お兄さんはそんな提案をしてくる。こういう時は厚意を受け取るという意味で素直に頷いておいた方がいい。



「恵ちゃんの写真とかは……流石にないか」


「難しいだろうね。自分のはいらないし、どれにしようかな」


「そうだ、比奈の憧れのアイドルの写真とかはどうだ?」


「それいいね」



 思いついて、お兄さんに尋ねてみる。比奈が小学生の頃流行っていたアイドルの写真はあるかどうか。



「昔のだから安いのばかりだけどいいんですか?」


「大丈夫です」



 昔のだからか写真はこれでもかというくらいあった。そのほとんどが手の平サイズのポラロイド写真だ。

 箱の中に無造作に入った写真を二人して漁る。その中で一枚だけ気になるものが出てきた。



「このアイドル、メガネを取ったマネージャーさんに似てないか?」



 マイクを手に持ち、観客席に向かって手を振っているアイドル。彼女が俺と比奈のマネージャーさんに雰囲気が似ていた。

 比奈は写真を受け取るとじっくりとそれを眺め、ポツリと呟いた。



「……これ、私の憧れのアイドルだ……」


「え、マジか?」



 まさかの偶然だ。

 比奈は目をパチクリさせて写真を凝視し続ける。



「……それとこの人、似てるとかじゃなくて彩さん本人だ……」


「何だその冗談」



 はは、と笑うが比奈は首を振った。



「……冗談じゃない?」


「うん……彩さんが憧れのアイドルみたい……」



 マネージャーさんが比奈の憧れのアイドルか、そうかそうか。



「……って、はあああああああああ!?」



 その日一番の絶叫が辺りに響き渡った。




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