五話「まずは下準備から」
タイムリミット前日の夕方。
俺は再び事務所にやって来ていた。もはや定位置となってきた席に三人共腰掛けている。
「何も決まらなかったわ……」
開幕から項垂れたマネージャーさんが元気のない声で言う。
香月さんが彩さんは頑張ったよ、と励ましている。
「決まらなかった以上、公開恋愛をするということになるわけだけど、二人とも本当にいいのね?」
マネージャーさんの問いに香月さんと顔を見合わせ、二人で「はい」と頷く。
「そう、わかったわ。出来るなら他の案を通したかったけど……二人には謝らないといけないわね。本当にごめんなさい」
彼女は頭を下げてくる。
「とにかくタイムリミットが明日な以上時間がないからどんどん進めるわね。まず初めに比奈には明日の昼、生で記者会見をしてもらうわ」
「記者会見……」
「ええ。恋人がいて、これからは恋愛模様を公開する新しいアイドルを目指しますといった内容になると思うわ。慣れない生放送になるけど、いけそう?」
「はい。大丈夫です」
目の前で芸能人とマネージャーの「仕事」が行われていた。二人とも当然真剣で自分の出る幕がない。
「でも記者会見ってことは質問とかされてもおかしくないですよね? どう対応すればいいんですか?」
「高城君に来てもらった理由はそれよ。今から二人には恋人のフリをする上での設定を決めてもらうわ」
「設定、ですか?」
「ええ。それと公開恋愛をあなた達にも、視聴者やファンの方にもわかってもらうために知り合いに頼んでコーナーを取ってもらったから、それの話し合いもするわよ」
「コーナーを取ったって、何をするんですか?」
ようやく会話に混ざることが出来た。
「うーん……言うなれば公開デートっていったところかしら」
『デートォ!?』
急に段階がぶっ飛び、二人とも思わず身を乗り出す。
マネージャーさんは二人の反応にまるで動じず、さも当然のように言う。
「そう、デートよ」
「た、確かに恋人っぽいですけど、早すぎませんか? 私達まだ出会ってそんなに経っていないし……」
「そ、そうですよ」
香月さんは顔を赤らめ、俺は動揺し、てんやわんやだった。
「二人ともウブなのね……。デート、もしくは異性と二人きりで出かけたことないの?」
「ないですないです」
香月さんは全力で首を横に振る。
「自分は女友達となら何回かってとこですね」
「なるほどね。高城君はともかく、比奈がここまでとは思いもよらなかったわ……」
マネージャーさんは香月比奈の慌てぶりに逆に圧倒されてるようだ。
「まあ、むしろこっちの方がありがたいかもしれないわ。この初々しさは本番でも嫌でも伝わるだろうし、視てくれた方にスキャンダルは嘘だと思い込ませることが出来るかもしれないもの」
確かにそうだ。公開恋愛することでむしろスキャンダルの信憑性が高まるわけだが、本気で恥ずかしがる彼女がテレビで映されたら……。デートでここまで赤くなる子が外でそれ以上の行為を行えるだなんて到底思えない。
「とりあえず今は落ち着きなさい。普通に友達と遊ぶ感覚でやってくれれば十分だから。流石に比奈の動揺はいきすぎててテレビで流せないわ」
「うう……は、はい」
諭すように香月比奈をなだめる。
まだ何か言いたそうだが彼女は大人しく座りなおす。
「これじゃあ話が進まないわね。とりあえず、二人の最初の仕事はこれね。場所は頼んで二人の地元にしてもらったわ。詳しい台本はなし。地元を二人で歩いて、適当に会話して……さっきも言ったように友達と遊んでいる感覚で構わないわ。テレビだしローカルな店のお勧めの一品とかが紹介できたら望ましいわね」
「つまり地元紹介番組を撮るという解釈で大丈夫ですか?」
「端的に言えばそうね。後はなるべく初々しく振舞う。この様子だと振舞う必要もないけど。後は……高城君は素人だし、番組を作りやすくするためにも要所要所で指示出されたりすると思うけどそこは臨機応変に。それとテレビで放映していいか店の許可を取る必要があるから、どういうルートで廻るかを考えてほしいの。初仕事に関してはこれぐらいかしらね。何か質問はある?」
「台本なしってことは会話とか全部アドリブですよね?」
香月さんが質問をする。
「そういうことね」
「私、緊張して話せないかも……」
「……テレビ慣れしてる貴女が緊張してどうするのよ……。二人とも地元なんだし地元トークとかでいいのよ。あと普段のどうでもいい話とか。まあ、そこらへんはデート経験のある高城君にリードしてもらうのもありね」
チラッとこっちを見てくる。
デート経験っていうほどの経験はしてないんだけどな。
「それよりも問題は二人の設定ね。スキャンダルを少しでも打ち消せるようにそれほど深くない関係でいて、なおかつ多少の交流があるという関係性ってあるかしら」
「中々にめんどくさい前提ですね」
「まあね。二人とも見ず知らずの状態からちょっとの出会いで付き合うことになったってのは嫌でしょ? 健全に付き合い始めたというのが双方にとってベストよ」
なるほど。確かに真実を話して、助けた助けられたの関係だけで付き合い始めましたっていうのは二人とも「軽い」人間と思われるかもしれない。俺としても、アイドルであり反応を見る限り純朴な彼女にとってもある程度の繋がりがあって、交際に至ったという方がありがたい。
「うーむ……幼馴染で昔から付き合いがあったとか?」
「悪くないわね。けどそこまで馴染みがあって初々しいってのは無理がありそうじゃない?」
「なら小さい頃よく遊んでいて、最近まで疎遠になってたけど、また交流を始めて交際に至ったとかはどうかな?」
「……それって前に比奈が読んでたラブコメ漫画の設定よね。現実で通用するかしらそれ」
「うーん……」
香月さんは真剣に悩んでいる。
俺は俺で彼女もそういった漫画を読むんだなと勝手に親近感を湧かせていた。
「でも私が考えた小さい頃婚約を結んでつい最近邂逅、交際するようになったよりはましかもしれないわ」
「しれないわというかそっちの方が創作臭いと思いますよ彩さん」
「そうよねー……」
女性陣はとりあえず創作物にありそうな設定で攻めていくんだな。
中々いい案が出ず、三人でうーんと唸る。
多分公開恋愛以外の案を決めるときも大体こんな感じだったんだろう。マネージャーさんの苦悩がよくわかる。
少し悩んだが消去法で選んだ結果、疎遠になってた幼馴染の関係だったという設定に落ち着いた。
「小学校が分かれたことで疎遠になって、比奈が芸能活動を始めた直後ぐらいに偶然街で再会。それをきっかけに交流を始めて、高城君の告白で最近付き合い始めた。スキャンダルの誤解を解くため、新しいスタイルのアイドルを目指すため、あえて初々しい二人の公開恋愛をするに至った……という流れでいいわね」
その後も少し話し合いマネージャーさんが語ったような設定となった。
ちなみに肝心の話し合いは妄想をお互い語り合っているようで随分むず痒いものとなった。
「これだと記者会見は明日じゃなくて日を少し置いた方がいいわね。これを元に台本を作るから、そうね……三日後に変更しましょう。それまでに比奈は台本を覚えて記者会見に臨むこと」
「はい!」
「高城君には悪いけどデート当日の予定を組んでくれないかしら? 多少比奈とも連絡取りながらでいいから」
「が、頑張ります」
これでそれぞれの役割分担が決まった。
後は三日後以降の日々に備えるだけだが……。
「あの、この公開恋愛はいつまでやるんですか? やっぱり香月さんのアイドル活動が続く限りずっとですか?」
「うーん……そこまで先のことはわからないわね。とりあえず二週間。二週間後の香月比奈の世論によって成功か否かを見ましょう。それ以降のことはまたその時考えるわ。あと重要なことを忘れてたわ。一応恋人同士なんだし、お互いの呼び名をもっとフランクにしないと」
「初々しさを出すためには今のままの方がいいんじゃ?」
「恋人になったことで呼び名を変えてみた。けれど慣れずお互い恥ずかし合ってるっていうのがいいんじゃない」
ニヤリとマネージャーさんは笑う。
ああ、これはからかわれてるな。
「さっきまでの設定も考慮して……高城君は比奈、比奈は和晃って名前からカズ君とかどうかしら?」
どうかしらと言われても恥ずかしくて自分に名前呼びなどできるはずがない。
案の定香月比奈も無理ですと首を振っている。
「いや、真面目にお互いの呼び名って重要よ。とにかくやってみなさい。ほら二人とも立って!」
無理やり立たされ、香月比奈と正面から向かい合う。
気恥ずかしくてまともに顔を見れないのに……。
「二人ともちゃんと見つめ合って。さっき言った呼び名で呼び合う。はい、三、二、一、キュー」
俺たちに反論の隙すら与えないマネージャーさん。
俺も香月さんも観念したように正面から見つめあい、
「え、えーっと、呼ぶね、高城君」
「あ、ああ、俺こそ……」
と前置きし、覚悟を決める。
「……ひ、比奈」
「……か、カズ君」
言い終わるとばっと顔を逸らす。
特別な呼び名で呼ばれたという嬉しさと恥ずかしさがごっちゃになり、かつ照れてまともに彼女の方を見れそうになかった。
「……青春って素晴らしいわね。今はまだそれでいいけど、本番にはほんのり恥ずかしがる程度までになっておきなさいよ。さっきまでの余所余所しい呼び方は絶対にNGよ」
マネージャーさん、それニヤニヤしながら言う台詞じゃないです。
本当にこんな調子でこの先大丈夫なんだろうか。もの凄い不安を覚える。
それでも三日後には公開恋愛がいやがおうにも始まってしまう。
こうして公開恋愛の下準備は整った。
俺にとっても、香月比奈にとっても長い二週間と三日が幕を開けようとしていた。