九話「崎高祭二日目」
崎高祭二日目。今日は一日目と違って、予定は皆バラバラだ。俺も午後はクラスの方で働かねばならない。ただまあ、午前中は暇だ。
適当に学校をぶらぶら回るかな。同じように暇なやつでも誘って――
「……和晃君。おはよう」
「お、若菜ちゃん。おはよう」
若菜ちゃんが声をかけてきた。
「……何か考え事してた?」
「大したものじゃないけどな。午前中特にやることないし、誰かと回ろうかなーって考えてた」
「……和晃君、午前は暇なんだ」
「ああ。代わりに今日の午後から明日の最後まで働きっぱなしだ」
仕事の入れ方を完全に間違えた。苦労を後に残してどうする。
「……実は私も午前中暇。クラスの仕事は午後だし、部活の方も午後からだから」
「そういや今日からか」
演目は一日目はなく、二日目から開始である。他の部活も演劇部の発表と同じステージを使うためどうしても回数が限られるのだ。なので二日目と三日目の午後が主となる。
「そうだ、折角だし今日も一緒に回らないか?」
「乗った」
「即答!?」
いつもの間がないだと!?
「じゃあ他にも誰か呼んでみるか。そうだな……」
「……由香梨と久保田君はクラスの仕事。岩垣君は漫研の発表。比奈はリハーサル。……暇なのは私達だけ」
「お、おう……?」
若菜ちゃんが饒舌だ。一体何が彼女をそうさせたのか。
「……だから、二人で回ろう」
「でも……」
「……つべこべ言わず、二人きりで回ろう」
「なんで『きり』を追加した。そして何で有無を言わせない感じになってんだ」
「……私と二人で回るのは嫌?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……俺と二人だと後々めんどくさいことになるぞ。比奈が彼女っていう設定だしさ。若菜ちゃんにも風評被害が回ってくるかもしれないし」
あいつ芸能人の彼女いるのにとか周りからは言われそうだ。気楽に女子と話せなくなったのが公開恋愛の弱点なのかもしれない。けど若菜ちゃんは平然と、
「……私はそれでも構わない」
と言った。
「まあ、若菜ちゃんがいいならいいんだけど」
「……なら決まり。行こう」
「お、おい」
凄く食い付き気味な若菜ちゃんに腕を引っ張られる。彼女どうしてこんなにやる気に満ち溢れてるんだ。それこそここ最近で一番張り切っているように見える。
強引に連れてかれた感も多少あるが……俺と若菜ちゃん二人の文化祭が始まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それで今日もお化け屋敷か」
若菜ちゃんに連れ回され、昨日とは違うお化け屋敷に来ていた。
「……違う所の方がよかった?」
「お化け屋敷でも忍者屋敷でも何でもウェルカムだ。ただ若菜ちゃんつまらなくない?」
昨日だって少し震えていた由香梨の隣で平然と立っていた。感想を聞いてみると、
「……遊園地よりも茶番。余裕」
とのこと。
学生に遊園地レベルのお化け屋敷作成を求めないで頂きたい。
遊園地の方も顔色一つ変えてなかったからなあ。こういったこととは相性が悪いんじゃないかと思うんだが。
「……わー、こわーい」
「……怖がってるつもりかそれ?」
棒読みにも程がある。
「……怖がってるつもりじゃない。怖い」
「顔も態度もいつもと変わらないんだけど」
「……怖くてもあまり表面に出ないタイプ」
嘘だ! 今若菜ちゃんの隣から手が飛び出してきたのに全く動じてないじゃないですか!
「……和晃君のこと頼りにしてる」
「ことお化け屋敷については若菜ちゃんの方が頼りになりそうなんだけど」
「……わー、こわーい」
「またそれか!」
しかも今は怖がらせる仕掛けは何も発動していない。恐怖を味わいにきたというより、若菜ちゃんとコントしに来たみたいになってる。
とはいっても、例えフリだとしても女の子に頼られるというのは嬉しいことだ。更に腕に抱きついてくれたら言うことなしだ。その他の誰よりも大きいそれを味わってみたい……!
「……和晃君いやらしいこと考えてる?」
「はっはっは、そんなわけなかろう」
やべえばれてる! 若菜ちゃんの前ではこういう事考えちゃ駄目だな。
「……あまりそういう気分になれないかもしれないけど、頼りになるところ見せてほしい」
「難しいなあ」
それでも俺を頼ろうとしてくれてるのか。
「よし、じゃあ行くぞ」
若菜ちゃんの手首を掴んで、誘導する。
「……うん、ついてく」
彼女は大人しく俺についてきてくれた。
……ただこの後驚きの声を上げたのは俺だけだったけど。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「何か食べたいものある?」
「……和晃君に任せる」
少し早めの昼食を取ろうということで、どこで何を食べるか悩んでいた。
パンフレットを眺めながら何かないかなあと探す。するととある五文字が目に付いた。
「こういうのはどうだ?」
「……どれ?」
俺が指し示したのはメイド喫茶という文字だった。
「……和晃君ってそういうのが趣味?」
「そういうのが趣味に見える?」
「……割と」
「割と!?」
別にそういうのは趣味じゃない! ただ嫌いというわけでもないし、着てくれたら着てくれたらで凄い嬉しいのも確かだ。総評としては、コスプレもいけるということだ。あれなんかおかしい気がする。
「近くにこんな店ないし、行く機会もあんまないしさ。結構話題になったし一回ぐらいどんなものか見たくないか? カップルで行くのもおかしいことじゃないそうだし」
動機が言い訳じみたものになってる気がしないでもない。が、若菜ちゃんは予想以上の食い付きを見せた。
「……別におかしくないんだ。なら行く」
よくわからないが承諾されたのでメイド喫茶に目的地を定めた。
メイド喫茶をやってる教室にやって来た。中に入ってみると慌しく働くメイド姿の女子達がいた。メイド姿の女の子を見るのは初めてではないけど、メイド服姿に慣れない女の子達が健気に頑張っている姿は感動すら覚える。メイドを生んでくれた立役者に感謝!
一人の女の子がやってきて、笑顔で例の台詞を発する。
「おかえりなさいませ。ご主人さ……ま……」
と思ったが、俺達の前に現れたのは知り合いの子だった。相手も俺達だと気づき、笑顔が固まった。
「……梨花。メイド服似合ってる」
梨花さんだった。そういやこの教室前に来たな。あと、またお前かと言いたくなるこの衝動は何だろう。
それに――
「……また盛ってるな。それもいつもよりも」
普段よりでかい胸の膨らみを見て言う。
「来て早々セクハラ発言ですか!? こういう時ぐらい見栄張ってもいいじゃないですか!」
「……正々堂々勝負しないと卑怯」
「若菜先輩が言っても説得力ないですから!」
梨花さんは若菜ちゃんのダイナマイトを見ながら声を上げる。女子も大変なんだな。
ちなみにこの二人は結構前から知り合いだったらしい。梨花さんはちょこちょこ演劇部に顔を出しているらしく、部員と話すようになったとのこと。
「何かあったのか?」
「……げ」
騒ぎを聞きつけて裏から出てきたのは我が宿敵、祥平だった。
「あれ、先輩じゃないですか」
「よう、祥平。面白そうだから、若菜ちゃんと来てみた」
「……来てやった」
何で上から目線?
「あ、そうなんですか。梨花、知り合いでもお客さんには変わりないんだし、ちゃんと成り切らないと駄目だ」
「そ、そうだけど……」
流石現演劇部のエース。言うことに説得力がありすぎる。
「くっ……嫌だけど、仕方ない。祥平君の頼みです。先輩達をご主人様と扱います」
それが普通だと思うんだけど。
祥平はちゃんと接客しろよと梨花さんに言い残して裏に戻っていった。女の子は接客、男は裏で調理などの裏方の仕事なのだろう。
「それではご主人様。メニューが決まりましたらお呼びください。私以外の子の方が優秀なので、他の子を呼んだ方がいいと思いますよ」
彼女はそう言ってメニュー表を置いた後さっさと行ってしまった。
「……呼ぶときは梨花を指名しよう」
「賛成だ」
サド心が働く厄介な二人だった。
メイド喫茶でもメジャーと思われる、オムライスを頼むとケチャップで名前を書いてくれるといったものを二人して頼む。勿論梨花さんを指名して。
「ぐ……なんで私を」
凄く嫌そうな顔をしながら彼女はやって来た。
ここ最近わかったことは梨花さんは意外といじり甲斐がある。それを知った代償として彼女の中の俺の評価はがた落ちになってる気がしないでもないが。
「そういやここに書いてあるオプションって何だ?」
「メイドがあーんをしてくれるサービスです」
「あーん?」
「相手に口を開けてもらって食べさせるっていう、恋人同士がやる動作ですよ」
「なあ学校なのにそういうことやっていいのか」
道徳的、もしくは風俗的に駄目なんじゃないのそういうのって。
「メイドがやってもいいって言ったらです。あ、私はやりたくないので、無理ですよご主人様」
「そんなのあんまりだ!」
出来るならしてもらいたかった! 梨花さんがぐぬぬとか言いながら嫌々あーんしてくれるとか俺の嗜虐心をくすぶりすぎてやばい。
「……なら私があーんする」
「へ?」
会話のやり取りを聞いていた若菜ちゃんが爆弾発言した。
「若菜ちゃんが? 俺に?」
彼女はこくりと頷く。
「……凄く残念そうだったから。和晃君の悲しむ姿は見たくない」
「俺そこまで落ち込んでました?」
若菜ちゃんは目に謎のフィルターでもついてるんじゃないか。
そんなツッコミをしているうちに彼女はオムライスをスプーンですくって、俺の方に持ってきている。
「……ほら、あーん」
「え、マジで。え!?」
口を開けたらすぐに入る位置まで持ってこられる。
マジでやるのか、やっちゃうのか? いざやるとなると滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。
時間が経てば経つほど周りの注目が集まってくる。隣の席の客やメイドもこちらを見ているし、梨花さんもうざいぐらいにニヤニヤしてる。
「……私も恥ずかしい。早く」
「うう……こうなりゃやけだ。いただきます!」
思い切り口を開ける。若菜ちゃんはそこにスプーンを入れる。
周りからはおおーという歓声と小さな拍手が起きた。これ見世物なんかじゃないぞ。
「……どう? 美味しい?」
「ああ、美味いよ」
恥ずかしさで顔凄く熱いけど。
「……じゃあ次は私に」
「…………マジで」
「……大マジ。私と同じ恥ずかしさを味わって」
もう十分味わってるんだけど……。しかしどう足掻いてもしないといけない空気が出来ている。
「ええい、ままよ!」
結局、昼食は味わって食うことは出来なかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……和晃君ったら、大胆」
「それこっちの台詞な」
半日ずっと一緒にいたけど振り回されっぱなしだった。
メイド喫茶を出た後、のんびり休憩したいこともあって屋上に来ていた。屋上は学園祭中も開いているが特に何かあるわけでもない、生徒だけが知る休憩所みたいなものだ。
「しかし何だか濃い半日だった」
これでまだ半日というのがまず驚きだ。もう一日を終えた気分だ。
「……和晃君」
「ん?」
「……私といて楽しかった?」
さっきまでの彼女と違い、覇気が感じられない声だった。
「ふむ……」
彼女の横顔はを見ると不安そうだ。さてどう答えようか。
「そうだな。たまには強引なのもいいと思ったよ」
「……ごめん。少し調子乗った」
「別に責めてないって」
彼女の頭をぽんぽんとはたいてやる。
「こうやって圧倒されるぐらい振り回されるのもいつもと違った楽しみがある。若菜ちゃんが積極的にあっち行こうこっち行こうって姿を見るだけでも笑顔になれたし。こういうお祭りごとは感情を出しすぎるくらいが丁度いいと思う」
「……そうかな」
「ああ、そうだ。それに若菜ちゃんは俺を楽しませようとしてくれたんだろ? それがわかってるのにつまらないなんて思うわけないじゃん。若菜ちゃんと学校回れてよかったよ。若菜ちゃんこそ、俺といて楽しかったかい?」
「……うん、楽しかった」
「お互い楽しめたならそれでオッケーだ!」
そう締めて彼女の頭から手を離そうとする。
「待って!」
「え?」
「……その、そのまま撫で続けて」
「こうか? 若菜ちゃん頭を撫でられるの好きだよな。そんなに気持ちいいか?」
「……安心、するから」
若菜ちゃんは頬を赤らめて小さい声で呟く。
「……和晃君に撫でられると安心できるから」
彼女に異性を感じてしまった。まるで告白されたかのような言葉に胸がドキドキしてしまった。
「そっか。じゃあ、交代までの時間こうしてるか」
「……お言葉に甘える。これで明日まで頑張れる」
「おおげさだな」
二人で静かな屋上の風を浴びながら、時間が過ぎるのを待ったのだった。