七話「崎高祭前夜 in 倉庫」
勢いとテンションで書いた話がこちら。若干反省してます。
「……ぱい! 高城先輩!」
誰かに呼ばれ、はっと目を覚ます。頭が痛い。
「う……ここは……?」
「起きたんですね、先輩。ここは学校の倉庫です」
倉庫……倉庫。記憶が段々鮮明になっていく。そうだ、棚から道具が落ちて二人を庇おうとしたら追撃をくらったんだ。
「二人とも大丈夫か?」
「はい。ですから、まずはどいて欲しいんですけど」
「ん? あ、ああ。悪い。今どくよ」
手の平を地面につけてそれを支えに立ち上がろうとする。が、手の平が包んだものは柔らかい何か。どこからかふにゃりと効果音が聞こえた気がした。
「ちょ、先輩!? どこ触ってるんですか!?」
手の平に伝わる感触。テンプレの台詞。これが意味することは一つ。
「わ、悪い! 手元が見えなくて――ん?」
慌ててその手をどかす。胸の弾力を利用して手を思い切り後ろに放したのだが、そこで違和感を感じた。
「……え? どうかしたんですか?」
「……」
無言で再び手を同じ座標軸に持っていき、そこの膨らんだ実を優しく包む。そして二回ぐらい揉む。
「ちょ、な、え!?」
梨花さんは戸惑うばかりで言葉が紡ぎきれてない。いや、でも戸惑っているのは俺の方もだ。
「悪いとか言ってたのに、何で普通に揉んでるんですか!? セクハラで――」
「梨花さん……まさかだけど、パッド、入れてる?」
それを口にした瞬間、梨花さんの動きが止まった。何故だか両者に緊張感が生まれる。梨花さんは短い呻き声を上げる。
「梨花さん、正直に答え――」
「……あの、二人とも何してるの?」
『うわあああああああ』
梨花さんがいる反対側から比奈が言った。俺と梨花さんは悲鳴に似た声を上げて横に転がり、距離を取る。
「比奈さん! 起きてたんですか!?」
「……うん、まあ」
「比奈! どこから聞いてた!?」
「えーっと、先輩どこ触ってるんですかって辺りから……」
『うわああああああ』
両者共に悶える。聞かれたくない所全部聞かれてるじゃねえか!
「あ、あの、今のことは忘れるから……ここから出よう。ね?」
比奈の優しさは残酷だった。
「そ、そうだ。ここから出よう。今のことは無かったことにして!」
「そうですね!」
それでも比奈の言葉に乗ることしか出来ないのが悲しき現状である。
小さな窓から漏れる月明かりを頼りに倉庫の入り口へ向かう。
「じゃあ、開けますね」
あれ、さっきまで入り口は開けたままだったような。この一連のテンプレのような出来事を考えると、非常に嫌な予感がする。
「……あれ?」
入り口はガタンと大きな音を出すだけで、外に出るための隙間を開けることはなかった。意識を失っていた間に鍵をかけられたようだ。
「……これって」
「閉じ込められたってことですよね」
お約束な展開に俺達は絶句した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「冷静になろう。これは漫画やアニメじゃない。現実だ。例えこういった事が起きても、俺達には助かる手段がある。そう、このアイフ○ンならね」
テレビでお決まりの台詞を述べ、ポケットからそれを取り出そうとする。が、ポケットの中で掴めたものは空気だけだった。
「あー、そうだ。教室に置きっぱだ」
「言っておいてそれですか。私はちゃんと持ってますよ。ほら」
梨花さんは携帯を取り出し、電源を点ける。その周囲だけで強い明かりを放ち、俺と比奈はおお、と声を上げる。だが、それも束の間だった。
「……そういえば充電切れてたんでした」
「お前……」
人に見栄を切っておいてその結果はどうよ。
「でも比奈ならきっと大丈夫」
彼女は仕事の連絡がいつ来ても対応できる様にバッテリーを携帯している。だから彼女のスマホは充電が切れるといった心配はない。
「……えっと、画面が割れてて、電源も点かないんだけど……」
「……」
再び絶句。こんなことがあっていいのだろうか。
「……マジで閉じ込められたな」
倉庫に入り口は一つしかないし、窓も人間が通れるような大きさじゃない。SOSを求める手段も他には無く、ただの密室と化した。
お約束の展開……ではあるけど、実際に体験したら不安が半端ない。女子二人は途方にくれかけている。
「誰かしら俺達の帰りが遅いことに疑念を持って助けに来るだろ。それまでは三人でお喋りしながら待機だ」
こう持ちかけるしかなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「そういや二人ともどこか怪我とかしてないよな?」
「まだ少し痛むだけで、外傷はないみたいだから大丈夫。カズ君が庇ってくれたお陰だね」
「助けていただいてありがとうございます」
「そんなかしこまる必要ないって」
提案どおり、俺達三人はのんびり会話を始めることにした。二人とも唖然としていたのは最初だけで、状況を認識した途端、すぐに適応した。強い女の子達だ。
「先輩こそ、どうなんですか? 私達を庇ってどこか怪我したとか……」
「俺もそんなでかい傷はないな」
本当は頭に小さなたんこぶが出来てるんだけどね。そんなに重症でもないし、目の前の子達を心配させたくないので嘘をついた。
「いやしかし、棚から重い道具が落ちてきて、それを庇ったら三人共気絶。その間に倉庫が閉められ、密室の完成……非現実的だ」
「現実にすると奇跡の連続だよね……」
比奈は苦笑する。そりゃ苦笑するわな。
それに少年誌のお約束ともいえるちょっとエッチなハプニングも経験してしまったわけだし……。
「……ってそうだ! 重要なことを忘れてた」
「重要なこと?」
二人は首を傾げる。
「梨花さんのことだ! 胸のそれ――ほんとにパッドなのか!?」
指摘すると梨花さんが吹いた。
「何でまたその話題に戻ってるんですか!? 先輩の勘違いじゃないですか? お二人は別にそういった事をする仲じゃないんですよね!?」
「そ、そういった事って……?」
「ああ、比奈さんは本当に清純派アイドルですね!」
俺も是非彼女の口から詳しい事を教えてもらいたいところである。
「俺と比奈は親友として健全なお付き合いをしているぞ。だからそういった事は当然していない」
「なら私がパッドかどうかなんてわからないですよね? これ以上追求するようならセクハラで訴えますよ!?」
「いや、それがわかるんだ。なぜなら、俺は――」
俺はここぞとばかりに腰に手を当て偉そうなポーズをとる。
「ここ最近、何度か腕で胸の感触を味わったからな!」
三人デートの時と、お化け屋敷に突入した時のことだ。まさかこの二つが伏線になるとは誰も予想できまい。
「充電したら真っ先に先輩のこと通報しますね」
「そ、それは勘弁……」
警察が絡むと一気に弱くなる。素直に自分の言いたい事を言えないこの世界なんて大嫌いだ。
「ご、ごめん。私もちょっと気になる……。ほんとにパッドつけてるの?」
思わぬ増援。流石だ。
「ひ、比奈さんまで!? 高城先輩の悪い影響受けましたか」
俺ってどういう目で見られてるんだろう。
「いや、実は気になってたんだよね……。中学の頃より大分胸が大きくなってるなあって」
「う……そ、それは成長期だから当然のことです」
「でも今、疑いがかけられたよね? 本当のところはどうなの……?」
薄暗い倉庫の中でもはっきり分かる。比奈は目をキラキラさせて梨花さんに迫っている。下衆なことを聞いてるくせに純粋すぎる瞳に梨花さんはとうとう音を上げる。
「……つ、つけてます。パッドで盛ってます……」
「何で……何でなんだ! 梨花さんはまだ年齢的にもそんなこと気にする必要なんてない! どんなに小さかろうと自然に任せた方が男は嬉しいのに……! どんなものにも魅力はあるんだぞ! 恵ちゃんの可憐な頑張っている姿を思い浮かべるんだ。自分の姿を作り変えるなんて……恵ちゃんに失礼だ」
最近のハプニングで思い至ったことを熱弁する。これも恵ちゃんがいたから達することのできた境地だ。
「カズ君、頭打っておかしくなっちゃた……?」
「というかさり気なく恵先輩のこと馬鹿にしましたよね」
分かってはいたけど、この冷たい反応である。
「でもなんでパッドを?」
比奈が訊ねる。
「……クラスで偶然、私の好きな人が話してる所を聞いてしまったんです」
「好きな人って祥平か」
「ちょっと黙ってて下さい」
「あ、はい」
梨花さんから殺気を感じたので大人しく黙ることにする。
「好きな女の子のタイプの会話をしてて、胸が大きい子の方がやっぱりいいって……。それで、だから……」
「そっか。その人のためにってことだね。梨花は本当に黒瀬君のことが好きなんだね」
「は、はい」
「梨花のそういった一途で真面目な所はきっと伝わるよ。けど、変に見栄張るよりありのままの姿で接した方が黒瀬君も喜ぶんじゃないかな」
「そうですか……?」
「きっとそうだよ。自分に自信を持って、ね?」
「比奈さん……!」
梨花が比奈にすがりつく。
一人のコンプレックスを救うほどの包容力と優しさ。これを天使と言わず、何と言う?
「……ただ、一つだけお願いしていいかな?」
「私に出来ることなら何でも……!」
「後でそのー……私にも触らせてくれない?」
天使の言葉に俺も梨花さんも盛大に噴き出した。
「な、な、な……?」
「パッドだと普段とどう違うのかなーってちょっと気になって……」
「男の前で何言ってんですか!?」
「あーまあ、カズ君だしいいかなって」
俺の扱いが雑すぎる。
「い、嫌ですよ……!」
「ちょ、ちょっとだけ!」
「痴女ですか!?」
ち、痴女ってそんなと比奈はショックを受ける。
「何なんですかこの空間! 痴女と変態の先輩しかいない!」
「せめて変態という名の紳士にしてくれ!」
「パッドかどうか確かめるために揉んだ人を紳士と呼べるわけないです!」
い、言い返せない!
「お、俺だって誰彼構わずってわけじゃない! それにどうせやるなら、由香梨なんかよりも若菜ちゃんの方が――」
「ほう、私より若菜の方が大きいと」
どす黒い声が降ってきたかと思ったら、頭を掴まれた。
「遅いから心配して見に来てあげたというのに、暢気に変態トークして、挙句の果てに私の事を馬鹿にするなんて……いい度胸ね」
「あ、いや、その、別に由香梨さんの胸が小さいというわけじゃなくてですね。平均的な……」
「その平均的っていうのが今の私を怒らせてる原因だよ?」
もう何を言っても言い逃れできそうにない。
変な会話を繰り広げていたら、救援が来た。由香梨、若菜ちゃん、祥平の三人だ。
祥平は断片的に聞いてた事を梨花さんに尋ねていた。彼女は顔を真っ赤にしてしどろもどろに答えている。若菜ちゃんはどういった経緯でこうなったのか、何をしていたのかを比奈から聞き出している。
そして、俺はというと――……
……――この日のことは二度と思い出したくない。




