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六話「崎高祭前日」

 早いもので、もう文化祭前日だ。今日は授業もなく、丸一日準備となる。



「カズ君、おはよう」



 登校中の比奈と合流し、隣に並ぶ。



「今日は一日大変だ。へばったりするなよ、比奈」


「そんなに無理はしないよ」



 うちのクラスは怖いものを作ることに全力を注いだため、迷路部分の進行が遅れていた。そのため、今日は一日中そちらの作業となる。

 それに加えて後夜祭委員の集まりもある。休む暇がほとんどない。



「それに……どちらかというと私は明日からの方が忙しいからね」


「それもそうか……」



 一日目は皆で学校を周り、二日目はライブのリハーサル、最終日の三日目はライブ本番。これが比奈の崎高祭開催期間中の予定である。俺の数倍は過酷だ。



「それに三日目は離れた場所でも仕事あるんだろ?」



 ライブ当日だというのに、その日に別の仕事が入っている。仕事が終わるのが早いので、充分間に合うという話だが……。



「時間があるなら、出来ることはしちゃいたいしね。体力には自信あるし、それに……」



 比奈は遠い目をして空を仰ぎ見る。



「久保田君に比べたら、こんなのまだ楽なほうだしね」


「……そうだな」



 この一週間、常に教室からはあいつの悲鳴が挙がってた。その悲鳴の種類やレベルも解明され、いつしか本当に怖さメーターと化していた。もう人権なんてあったもんじゃない。



「おはよー」



 教室に着いたら皆に挨拶する。

 制作指揮をとっている直弘が今日の予定を発表する。



「仕掛けとかを再度確認、その後図面通りに迷路作成と仕掛け設置。仕掛けに関しては久志を使うこと」



 ここではーいと返事する辺り、狂ってると思う。



「そういや久志は?」


「……そこ」



 若菜ちゃんの指し示す先には椅子に座り、真っ白に燃え尽きている久志がいた。



「久志……安らかに眠れ」



 彼の前で手を合わせる。



「カズ君、一応生きてるから」


「……比奈、一応って言葉もおかしいから」



 俺達も感覚がおかしくなっていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「悪い、そろそろ委員会の方行ってくるわ」



 時計を見ると後夜祭委員集合の時間が迫っていた。クラスメイト達からいってらっしゃーいと声が掛けられる。



「あ、今日は比奈も来てくれ」


「ん、わかった」



 比奈も作業を中断し、俺の元にやってくる。二人して教室を出て集合場所に向かう。



「二人とも来てくれたんですね。それじゃあ始めましょうか」



 梨花さんの言葉で集会が始まる。今日は決まったこと、当日やることなどの確認だ。本人にも聞いてもらって、万全の状態で挑むのだ。



「じゃあまずは当日の全体の流れを確認しますね。当日は昼にはステージが空くので、それから設置に入ります。各器材等は体育館のステージに置かれているので、そこから運び出す形となります。業者の人が来るので、その人達の指示に従いながら作業すること。注意事項等は先ほど配ったプリントにあらかじめ書いてあるのでよく読んでおいてください。ステージと客席の準備が終わり次第、各担当の仕事をお願いします。比奈さんの準備もあるので最低でも一時間前には終わらすように」



 プリントを見ながら、梨花さんの言葉に耳を傾ける。

 紙には当日の流れや、仕事のやり方やタイムスケジュールも書いてある。一人ひとりの仕事割りもきちんと書かれていて、下手な説明書よりもわかりやすい。梨花さんは出来るOLになりそうだ。



「前も尋ねたけど、俺の仕事こんなんでいいの? 他の人に比べたら遥かに楽なんだけど」



 手を挙げて質問する。

 他の人はこの三日間、後夜祭のために動き回ることになる。特に三日目に関してはほぼ一日中働き通しだ。力仕事も多い。

 なのに俺に割り当てられた仕事は比奈のケアとしか書かれていない。タイムスケジュールも無いに等しく、ライブ一時間前くらいにステージの裏で比奈と一緒にいてくれればそれでいいと書かれている。これ私、マネージャーみたいになってるんですが。



「確かに楽に見えますが、それが一番責任重大な仕事ですからね。私達は多少の失敗しても何かしらのカバーはできますし。ライブの主役はあくまで比奈さんです。その主役をサポートしてライブを成功に導く――それが先輩の仕事です。私も含めてその仕事は高城先輩にしか出来ません」


「何てったって彼氏だもんな」

「ですものね」

 


 梨花さんの言葉に他の人達は同意する。



「それにどうせ先輩は文化祭のほとんどを比奈さんと一緒に過ごすんでしょう? なら仕事の割り振り関係なしに、自然と仕事をこなしてるんです。タイムスケジュールが先輩だけ簡素なのもそれが理由です。誰も文句はないと思いますよ」



 うんうん、と皆が頷く。


 聞いた話によるとこの委員会の構成メンバーは香月比奈のファンだったり、ライブの裏方をしてみたいといった人間で構成されているらしい。純粋にライブを楽しみにしてる人達だからこそ不満があがらなかったんだろう。



「先輩の確認はもう済んじゃいましたね。ただ一応、緊急の呼び出しもあるかもしれないし、他のメンバーの動きも知ってもらいたいのできちんと聞いてくださいね」


「ああ、わかってる。ありがとな。話、進めてくれ」


「はい。では、次に機材設置班――」



 効率よく話は進んでいく。

 俺も比奈も、自分達の仕事がここで説明を受けている人達のお陰で自分達の立場があることを自覚している。だから他のメンバー以上に真剣な気持ちで聞き入った。

 そして無事、全ての議題が終わる。



「では、確認は以上となります。質問があったらプリントに書かれてあるアドレスに電話なりメールでもしてください。勿論私に直接尋ねて下さっても結構です。それでは明日から忙しくなりますが、皆で一丸となって頑張りましょう。じゃあ最後に比奈さん」


「私?」


「ライブに向けて抱負でも何でもいいので、一言お願いします」


「う、うん」



 比奈は立ち上がり、前に躍り出る。



「皆さんの協力のお陰で私のライブが開催出来ることになりました。皆さんの思いに感謝して、苦労に見合うような素敵なライブをやり遂げるつもりです。なので、明日からの三日間どうかよろしくお願いします」



 比奈は丁寧にお辞儀する。彼女の言葉で皆が湧き立つ。



「比奈さんありがとうございました。では、絶対にライブを成功させましょう! 今日はここまでです。お疲れ様でした」



 締めの言葉で本日の集会はお開きとなる。


 この後はクラスに戻ってお化け屋敷完成のためにまた頑張らないと。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「うむ、こんなものでいいだろう。残りの簡単な装飾は明日の朝にしよう。今日はこれにて終了だ!」



 夜の九時近くになり、うちのクラスもようやく作業が終了した。

 この後は簡単な片づけをしてそれぞれ帰宅だ。家が遠い生徒は今日だけは特別に学校で寝泊りも可能である。俺や比奈はそこまで遠くないので普通に帰宅する。



「和晃、これを倉庫に戻してきてくれないか?」


「いいけど、まだ開いてるのか?」



 作業時間はスレスレのはずだ。倉庫はもう閉められていてもおかしくない。



「まだギリギリ大丈夫だと思う。頼めるか?」


「ん、了解」



 工具を受け取って廊下に出る。明かりが点いていても、外が真っ暗だと学校の雰囲気は大分変わる。というか学校というだけで夜になるとどうしてかホラーチックだ。久志は今日、教室から出れないな。

 倉庫は校舎の外にあるため下駄箱で靴を履き替える必要がある。なので下駄箱に来たのだが、そこには見知った顔が二人いた。



「比奈と梨花さん?」


「あ、カズ君だ」


「高城先輩」



 重そうな道具を二人で運んでいたらしい。でもどうして比奈がここに? 確か別件で教室を出てたはずじゃ……。



「何で二人が一緒に?」


「教室に戻る途中、梨花と中里さんがこれを運んでて。中里さんが疲れてたから私が代わりに運ぶよってことでこうしてここに」


「私、厚意で演劇部の手伝いをしてたんです。部員のほとんどは別の仕事で忙しく動いてたから、休憩中の中里先輩と途中まで運んでたんです。後は比奈さんの説明どおりです」


「……なるほどな」



 梨花さんの厚意はやっぱり祥平がいるからなんだろうなあ。愛されてるな、あいつ。



「これも倉庫の備品だろ? 俺もそこ行こうとしてたし手伝うよ。ほれ貸してみ」



 自分が持ってる軽い工具を一旦預けて、代わりに俺が二人の持っていた工具を持ち上げる。

 持ち上げてみるとあら重い。倉庫まではきついかもな、これ……。

 辛かったら交代してほしいということもあって、三人で肩を並べて倉庫に向かう。外は校舎と違って明かりほとんどないためかなり暗い。それも倉庫周りは外灯が無くて暗闇に等しい。



「よかった。まだ開いてる」


 

 比奈が半開きのドアを開ける。古い倉庫のせいか、全体が振動した。



「いやしかし、重いなこれ……」


「倉庫に入れるのぐらい、私達がやります。元々は私と比奈さんが運んでいたわけですし、安心してください」


「そうか? じゃあ悪い、頼む」


 

 預けてた工具を受け取り、ポジションを交換する。倉庫の中に入って、工具を元の場所に戻す。

 二人が持つあの重い備品の置き場所は奥の入り口から見えない陰にある。

 心配になって二人の様子を見に行く。



「……って、おいおい」



 二人の上にある棚に乗っかっている重そうな道具が今にも落ちそうだった。二人はそれに気づいていない。道具は今まで奇跡的なバランスで保っていたようだが、先ほどの振動でバランスを失ったらしく――。



「危ない!」



 道具が落ちる瞬間、二人を庇うようにして飛んだ。二人を両腕に抱え込み、地面へダイブする。



「ふう、何とかたすか――」



 ガツン、と頭に衝撃が走った。それも一回では留まらず、何度も何度も体に重い物が落ちてくる。道具が落ちた影響でまた違う何かが上から大量に降ってきたらしい。地面に横たわる俺達はそれを回避する術はなく、なすがままに体で受け止めるしかなかった。

 そして――程なくして俺は暗闇の底に落ちていった。




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