三話「いざ行かん! 遊園地研究」
『遊園地だー!』
真夏に海にやって来たようなテンションで俺と比奈と直弘が叫ぶ。
目の前に広がるのは観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランドなどの広大なアトラクションである。テンション上がってきた!
「今日は一杯楽しもうね!」
既に比奈もハイテンション気味である。
「……本当の目的はお化け屋敷研究」
「中里さんの言うとおり、目的は忘れないようにね。まあでも、折角遊園地に来たわけだし楽しむことも重要だと思うけど」
こういった暴走気味の時、久志は俺達をまとめてくれる。まさにこのグループのお母さん。今度から久志ママって呼ぼうか。……キモいな、やめとこう。
「楽しまないと損だし、私達にはちゃんとした目標がある。それは嫌というほどわかってるし、正しいと思う。けどね……」
プルプル震えていた由香梨は感情を抑えきれなかったらしく、俺の隣にいる女の子を指差す。
「なんでこの子がいるのよ!?」
由香梨が指差したのは恵ちゃんだった。
恵ちゃんがここにいる理由は至ってシンプルである。比奈が今日のことを恵ちゃんに話したら、私も行きたいと言い出して本当に来てしまったらしい。ちなみに恵ちゃんと久志については初対面だったが、何事もなく平和にコミュニケーションを取れた。
「由香梨お姉ちゃんは私みたいな濃いキャラがいると影薄くなっちゃうものね。幼馴染属性以外、まともな属性持ってないし」
「幼馴染属性を馬鹿にしないで! メインヒロインにはなれないけど、サブではまだまだ需要あるんだから!」
「お前らは一体何を争ってるんだ?」
現実でそんな属性属性と口に出されても。
しかし恵ちゃんと由香梨がこうも馬が合わないとは思わなかった。前回、二対一の三人デートの時に二人が顔を会わせて以来犬猿の仲状態だ。まあ見方によっては仲がいいとも言えるし、喧嘩するほど仲がいいともいう。面倒なのでそんな風に解釈して二人のことは放っておこうと思う。
「ここでいつまでもグダグダ言っててもしょうがない。いざ行かん遊園地研究」
「わかってるとは思うけど、遊園地を研究するわけじゃないからな」
若干先行き不安の中、俺達御一行は動き始める。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まずはこの遊園地の目玉であるあれに乗りましょう!」
ビシイとジェットコースターを指差す由香梨。
「いきなり遊園地の目玉に乗っちゃうの?」
「もう少し時間が経つと人増えるからね。待ち時間が短いうちに乗った方がいいでしょ?」
「うん、そうだね」
比奈のテンションが俄然上がったようである。
「しかし、激しそうな乗り物だねこれは……」
少し見上げた先には巨大なレール。見ただけで連続で回転したり、直角に近い角度で急降下したりと激しい動きが予測できる。
「あれはこの遊園地の一番の人気アトラクションだな。ここに来たらあれに乗らないと損すると言われてるほどだ。乗ってる最中はとてつもなく興奮できて、生涯忘れられないほどの激しさを持つという。だがそれ故に終わった後は疲労が溜まるし、酔う人も多数いる。あれは一筋縄ではいかないジェットコースターだ」
「誰に言ったかはわかんないけど解説ありがとう、直弘」
解説中のあいつの横顔はそれはそれは凛々しかった。
「乗ると決まったなら、早速並ぼうよ!」
恵ちゃんが先行して列の最後尾に向かう。年齢を知らされずに彼女を見ていたら、はしゃぐ小学生の女の子にしか見えない。可愛いからいいんだけど。
のんびり彼女の後についていって、列に並ぶ。すると何故かスタッフが慌ててこちらに駆け寄ってくる。……何かしでかしたっけか俺達。
「すいません、お客様」
「えっと、俺達どうかしましたか?」
「この子はお客様達の連れですよね?」
「私?」
スタッフは恵ちゃんを指す。
「そうですけど」
「失礼ですが、お客様のご年齢は……?」
何だ、一体……? 不審に思いながら年齢を伝える。
「申し訳ございません、お客様。当アトラクションは小学生の子は保護者同伴じゃないと駄目なんですよ。保護者じゃなくても成人してれば問題ないんですが、高校生となるとちょっと……」
「んな……」
後ろで恵ちゃんが絶句している。
「あ、えーっと――」
彼女は同い年だとスタッフに説明する。きちんと学生証も見せて話すと、スタッフは何度も何度も頭を下げて謝った。高校生なら問題ないですと言い残して、スタッフは戻っていった。
「くっ……ノーマル由香梨お姉ちゃんに小さい子扱いされた時ぐらいの屈辱……!」
本人はめちゃくちゃ悔しがってた。
「ふふん、いくら属性を持ってても、こういう時は駄目駄目ね」
「お前恵ちゃんに対しては大人げないな」
見損なったぞ、由香梨よ。
「あまり落ち込まないで、安岡さん。こういうことが起きるって逆に凄いと思う。だよね、直弘」
「なんだそのフリは……。まあ、リアルでこういったことが起きるのはむしろ良いことだと考えるべきだ。女は少しでも若く見られた方が嬉しいっていうだろう?」
「……岩垣君の言うとおり。由香梨なんて服装によっては大学生を越して社会人って思われるから。外見年齢だけでいえば十以上も若く見られてる。成長の余地がない由香梨と比べたら、よっぽどいいから」
「人の成長の余地のありなしを勝手に決めないでくれる!? というかどうして私アウェイになってるの!?」
「大丈夫、私だけはいつも菊地さんと友達でいるから」
比奈よ、そのフォローの仕方はどうなんだ。
「皆、ありがとう。アトラクションに乗れないわけじゃないし、由香梨お姉ちゃんに勝ってることは自覚してるから」
「そうやって強気でいられるのも今のうちね。乗ってる時に怖いー、とか一番子供らしい反応するのは恵ちゃんに決まってるから」
「菊地のその自信はどこからくるんだかわからんな」
もっともな意見だ直弘。
「そう言う人が一番怖がるんだよ、由香梨お姉ちゃん」
「ふん、見てなさい。格の違いってもんを見せてやるわ!」
あ、これフラグだな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「気持ち悪い……」
乗る前のテンションとはうってかわって、どよーんとした空気が満ちていた。
「菊地は……見事にフラグ回収したな……おえ」
「直弘も酔ってるんだから喋るなよ……」
あのジェットコースターに乗った結果、出た被害者は三名。由香梨と直弘と久志である。俺も酔いはしなかったけど、降りてからしばらく頭が回らなかった。
逆に何事もなくケロッとしてたのは恵ちゃんと比奈と若菜ちゃんである。
「子供らしい反応はしなかったけど、結果は駄目駄目だね」
「恵、あんまり言わないの」
恵ちゃんを叱る比奈はやはり彼女の保護者だな。
「比奈もキャラ的には酔ってもおかしくない気がしたんだけど、平気だったか」
「仕事とか遅れそうな時、彩さんの運転凄く荒くなるんだ。それに比べたらこんなの余裕だったよ」
超スピードで何回転もするジェットコースターよりも荒い運転って一体どんなものだろう。俺は絶対に乗りたくない。
「若菜ちゃんはまあ……酔ったりするようなキャラじゃないよな」
「……和晃君は私達をどういう風に見てるのか気になる」
さて、ダウンした三人はどうするか……。ランチにするのもまだ早すぎるし。
「とりあえず水でも貰ってくるか。その後三人が回復するまでちょっと休憩だ」
人数分の水を貰い、一時退場した三人は別の席で休ませる。彼らが元に戻るまで俺、比奈、恵ちゃん、若菜ちゃんの比較的珍しいであろう組み合わせで席を囲む。
「そういや恵ちゃんは比奈のライブの話聞いてる?」
この中で知らない人がいるとしたら恵ちゃんだけだ。比奈の後夜祭ライブは学校全体は既に伝わっているので崎高祭の生徒は皆知っている。
「うん、比奈から聞いてるよ! 後夜祭でやるんだよね? 私も見に行くつもりだし」
「……恵もゲストみたいな形で出ればいいのに」
「おお、いいなそれ」
恵ちゃんがゲストで出演すればさらに盛り上がりそうだ。結構な人が誰?って状態になりそうだが。
「私も恵が出てくれるなら心強いんだけど……ほら、ラジオの出演も許可なしじゃ無理なように、ライブも……」
無名に近いとはいえ芸能人だ。そこらへんは色々手厳しいらしい。
「それに最初のライブくらい、一人のファンとして参加したいもん。親友の雄姿をこの目に焼き付けるんだ」
恵ちゃんの目が輝いてる。楽しみにしてるんだな。こうして比奈のことを純粋に応援してる恵ちゃんを見るとほっこりする。
「……あまりライブとかそういうのいかないから。そういう意味でも、比奈のライブは楽しみかも」
「身近な人に期待されるのって結構プレッシャーかかるよね……」
しかしこの小心者アイドルである。
「そういえばお兄ちゃんはライブの運営委員みたいに入ってるんだよね? どんな感じなの?」
「……私も気になる」
「私もどんなことしてるか知らされてないし、気になるな」
女子三人から期待の目を向けられる。……なるほど。比奈のプレッシャーがかかるって言葉が理解できた。
「主にやってるのはライブの構成とか、席の配置とか、警備どうするかとかそんな話し合いばっかりだよ。そういうことに詳しい梨花さんが中心に考えて、俺のような一般の運営が改善策出してって感じ。基本決定案を出して、後は業者に頼んだり、ボランティア募ってやるから当日はやることそんなにないかな。だから俺もゆっくりライブ観賞だ」
「う、またプレッシャーが」
ついに比奈が胸を押さえ始める。
「なるほどー、直接比奈に対して何かしたりってないんだね」
「まあ、学園祭レベルのライブじゃなくて、一応正式なライブだからな。遊び心とか入れる余地はないよ。ただでさえ学生がライブ運用しようとしてるんだから、それだけでも凄いもんだ」
よく学校の文化祭を利用してライブできたなと今でも感心してる。
「……そういえば和晃君がライブに出たりとかはないの?」
「あ、確かに。同じ事務所だし、比奈とお兄ちゃんはセットみたいな扱いだし、出れるんじゃない?」
「……和晃君が出るなら、カメラ買う」
「何で撮る気満々なんだ。というか出てくれっていっても出たくない! だって邪魔だーとか言われて物投げつけられそうだし」
本気でブーイングが出る気がしてならない。
「いまやカズ君にも一定のファンみたいなのいると思うんだけどなあ」
「いやいや、比奈のライブに来るのは比奈目当てのファンだけだろ。俺が出ても盛り上がることはないだろうし」
「比奈は処女だーって叫べば盛り上がりそうじゃない?」
『やめて!』
俺達は全力で否定する。
「ライブの話もいいけど、これからの話をしよう、うん」
これ以上ライブの話をしても俺と比奈が標的にされる気がしてならない。
とそこからも四人でのんびりまったり会話を続ける。そこで俺は気づいた。
「……由香梨と直弘がいないと平和だなあ」
他三人もこくりと頷く。騒がしいのも嫌いじゃないけど、こういったゆるい雰囲気も大好きです。なお、久志はあまり関係ない模様。
三人が復活するまでいい休憩が取れたというお話であった。




