EX.3「岩垣直弘(前編)」
【side Naohiro】
『直弘から電話だなんて珍しいな』
「まあ、たまにはこういうのもいいだろう」
家に帰ってきて俺は久志に電話をかけていた。今日会った人物のことでも話そうと思ったのだ。
『それで何だよ? 話すことがあるから電話したんだろ?』
「当然だ。用もないのに電話するとか、恋人同士じゃない限りない」
『そんな断定しなくてもいいじゃない』
電話越しから呆れ声が聞こえた。
「今日、安岡恵に会ったぞ」
このまま話が逸れるのも面倒なので本題を切り出す。
『安岡恵ってこの前問題になってたあの子のこと?』
「そうだ。和晃と香月とその安岡恵の三人で遊んでた所で偶然会ってな」
あいつらから聞いたことをそのまま久志にも説明する。
『ふーん、カズも女の子二人とデートだなんて罪な男だなあ』
「全くだ。爆発してほしいものだよ」
『そこまでは思ってないけどさ』
それは久志がイケメンだから言えることだ。男だって嫉妬するんだからな。
『それに今回の件に関しては香月さんとカズは頑張ってたじゃないか。そのご褒美と考えたら大目に見てもいいんじゃない?』
「まあな。俺としても間接的な助けだったとはいえ、安岡恵の元気な顔を見れたっていうのは無性に嬉しかったからな」
『話を聞いてるだけで俺も何だか嬉しいよ。あーあ、自分も元気な安岡さんを見てみたかったなあ』
久志の言葉は普通だが、あの容姿を考えると久志がロリコンみたいだな。
「……彼女、凄くロリロリしいぞ」
『ロリロリしい……?』
「ロリの意味は今度資料つきで懇切丁寧に教えてやろう」
さてどのキャラをピックアップしようか。オタク魂が燃えてきた。
『そういえば今回、皆で集まる前から直弘は事情を知ってるっぽかったよな? 何か関わったりしてたの?』
「ああ、いや、そこまで深くは関わってない。ただ和晃がうじうじしてたからあいつに教えてもらったことを教え直してあげただけだ」
『カズに教えてもらったこと?』
「なんだ気になるのか」
『そりゃね』
「そうか。そういえば久志は以前の俺と和晃を知らないのか。ふむ、いい機会だし話しておくか。そんなにもったいぶる話じゃないしな」
久志と初めて顔を合わせたのは高校だ。だからこうして話さない限り過去を知る機会なんてないだろう。
俺はあいつと出会った時のことを思い返す。そう、あれは中学二年生の時だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺がアニメや漫画に嵌った理由に特別なものはない。
小学生の頃から漫画が好きで、年齢を重ねるにつれて多彩な作品を読み漁るようになった。その中でも気に入った作品がアニメになると発表があり、いつ放送するんだろうかと調べたら、当時だったらいつも寝てる時間……深夜にテレビで流れる時間だった。録画機能を駆使し、そのアニメを視聴したわけだが、深夜帯にはもっと色々な作品が放送されていることを知った。
それから徐々に足を突っ込んでいって、気がついたら「オタク」と呼ばれるものになっていた。
今ではオタクというものが世間でも認められはじめているが、数年前まではいい印象を持つものは少なかった。それこそ同じような趣味を持つものしか理解されなかった。
であるからか、俺は同じような趣味を持ったグループに所属していた。周りは疎ましく思っていたのだろうが俺は構わなかった。それに人の趣味を何も知らずに否定する彼らの方をこちらは疎ましく思っていたんだから。
最初は和晃もあまり好きな人間じゃなかった。別に俺らに何かしてきたわけでもないが、内心は気持ち悪いとか思ってるんだろうと偏見を持っていたからだ。
それにあいつは「リア充」と呼ばれる側の人間だったのもある。リアルに幼馴染――菊地がいて、さらにとても仲がよく、中二の時は別のクラスだったにも関わらずよくうちのクラスに来て和晃と話していた。要は嫉妬してたのだ、俺は。しかも菊地は男子からの人気も高かったというのもある。それが俺の不機嫌さに拍車をかけていた。
交わるはずがなかった俺と和晃が繋がったきっかけは一学期の後半だろう。
その時期は番組編成の時期で、夏アニメがスタートした直後だった。その中に俺が読んでいた作品があったのだが、つまらなそうと言って視るのを渋っているやつがいたので、実際に原作を読ませて魅力を伝えようとした。
荷物検査が行われるわけでもあるまい、と俺はバッグに漫画を忍ばせて持ってきた。案の定、荷物検査は行われなかったが……。
「お、岩垣。学校に漫画持ってくるなんて悪いやつだな。どんな漫画だ?」
「あ、おい」
そいつは普段行いが悪い生徒とかではない。この時も悪気はなかったんだと思う。
「ん? 何だこれ? 女の子がたくさん書かれてるな。しかも皆小さいし」
「え、あんたってそういうのが趣味だったの?」
ここに運悪く女子が言葉を投げかけたのがいけなかった。
「そんなわけないだろ。これ、岩垣のやつだよ。漫画持ってきてたからどんなやつだって確認しただけだよな?」
「あ、ああ。そうだ」
彼は事実を言っただけだ。なのに嫌な予感がした。
「うわー、岩垣ってああいうの読むんだー……」
「わかってたけど、実際ああいうの持ってこられるとね」
「岩垣ー、小学生に手出したりするなよー。捕まるぞー」
「岩垣のロリコン疑惑!」
何気ない一言が鋭い槍となって伝播していく。
あはは、とドッと笑いが起きる。が、俺は何一つ笑えなかった。
馬鹿にされている。俺も、俺の好きな物も。この本だって、作者が必死に書いたものなんだぞ、お前ら。作者の魂が宿ったその作品を好きになることがどうしていけない。ただ純粋に好きなだけなのに。何で、何も知らないお前らが全て頭から否定してるんだ。ふざけるな。お前らの勝手なイメージを押し付けやがって――。
「ん? 何だこの騒ぎ?」
「お、和晃。それがな……」
怒鳴ってやりたかった。声に出して、感情をそのまま爆発させてやりたかった。でも僅かに残った理性がそれを止めた。そんなことしてどうなる。あいつらの中で俺らみたいな人間は底辺の扱いだ。下手に逆ギレなんかしたら、更に立場が悪くなるし、下手すればイジメにも発展する。
屈辱だった。話を聞いてこちらを見てくる高城が何故か恨めしかった。
それからしばらく、俺は彼らの餌食になった。直接的なイジメではないにしろ、ことあるごとにからかわれる。いつしかクラスでロリコンと呼ばれるようになっていた。
教室の同じグループの皆は彼らがいないところではいつも通り接してくれたが、人目のつくところで少し距離を置かれるようになった。一緒にいたら巻き込まれるからだ。元々立場が悪かったのが更に悪化したのだ。
わかっている。わかっていた。仕方のないことだし、俺以外の誰かが同じ境遇に合ったら、俺だってそうするはずだ。それなのに怒りを感じられずにはいられなかった。
いつしか俺は学校に行くのをやめた。あのまま学校にいたら、平常心を保つことが出来ないと判断したからだ。
心のどこかで諦めもついていたのかもしれない。これでいい。オタクなんて世間一般から忌み嫌われている人種は、こうして部屋に閉じこもっていればいい。誰にも迷惑をかけないし、大人しく自分の世界に潜っていればそれで幸せになれるのだから。
「直弘、学校のお友達よ。玄関にいるから出てあげて。あなたに会いたいって言ってるわ」
学校に行かなくなって数日、部屋にそんな声が届いた。流石に親も心配になってきたのかもしれない。優しい声で諭してくる親の言葉を無視できるほど非常にはなりきれていなかった。
玄関をあける。外に立っていたのは高城だった。
「学校をサボるなんてやりおるな」
「……プリントや連絡などいらん」
出会い頭に謎口調を使ってくるやつの相手なんてしてられん。それにこいつとあまりコミュニケーションをとりたくない。
「家の方面が同じだから頼まれたのは確かだ。けど、俺は個人的に岩垣に用事がある」
「個人的に?」
「ああ、この前学校に持ってきた漫画あったろ? あれ読ませてくれないか」




