十二話「太陽の少女」
時は少し遡る。
アイディアの糸口は話し合いの中で生じた。
「香月さんも最初は地道にPR活動してたってことだよね?」
「うん、そうだね」
俺と比奈の論争でやる気を刺激されたのか皆積極的に意見具申してくれた。
お陰で話はまとまっていき、最終的に人間何するにも塵も積もれば山となる論が総意を得た。誰もが納得する様子はまるで人生の真理を見抜いたような達成感を持たせてくれた。
「宣伝するといっても、それって私達の仕事じゃないよね? 恵さんが所属してる養成所、もしくはプロダクションが決めることだからどうしようもないっていうか」
由香梨の正論に再び頭を悩ませる……かと思ったが、
「そういえばラジオは使えないのか?」
「ラジオ?」
「ああ。お前と香月がパーソナリティを務めている公開恋愛ラジオ。意外と聴取率が高く、主にリスナーとスタッフのぶっ飛んだ質問や体を張ったコーナーが好評を得ており、お便りの初めの挨拶は『カズ爆発しろ!』が定着してきているあのラジオだ」
何故説明口調。いやでもしかし、ラジオを使う、か。
「あれもスタッフが企画立てたり番組を作っているが、お前らもある程度自由にさせてもらってるんだろう? ゲストという形で出演させて、名を売るってのはどうだ?」
「直弘、お前天才か」
ラジオは別に二人だけでやる必要はない。ゲストを呼ぶとか普通のことなのに、あれは「二人のもの」という意識があったためか、まるで思いつかなかった。
「でもそう簡単な話じゃないんだよね……」
プロの比奈が説明する。
「一応恵ってタレントっていう位置付けだから。どこにも所属してない普通のお友達なら、了承さえもらえば出演できると思う。ただタレントの場合、ギャラが発生するからどうしても仕事の一環になっちゃうんだよね。もしも事務所側が今回の失敗で恵の評価を下げてたら……かなり厳しいかも」
「……そう簡単にはいかないか」
俺を除いた一同が落胆する。
「……いや、できるかもしれない」
俺の言葉に視線がこちらに集中する。
「よくよく考えれば、ラジオに出演出来ないぐらい見限られてるなら、どんな些細なことであれPRなんて無理だろう。実質クビって言われるような状態だからな。もし会社側も恵ちゃんにまだ可能性を感じているなら、割と簡単に事は進むと思うんだ」
そんな風に意見を述べた。
現状出来そうなことはこれしかないと判断し、この案を採用した。
次に恵ちゃんをラジオに出すとしたら誰に頼むべきかということで、
「和晃君が頼みなんて珍しいね」
伊賀さんと話してみることにした。彼とは仕事をしていく内に親しくなり、いつしか下の名前で呼ばれるようになっていた。
「結構な回数無茶を言ってる気がしますけどね。それで、頼みっていうのは恋愛ラジオのことなんですけど――」
比奈と仲がいいが、有名でないアイドルがいる。彼女と比奈が揃えばもっと番組が盛り上がるんじゃないか。理由をそんな風にアレンジする。
「なるほど。二人だといつか限界が来るのは感じていたからね。いずれゲストとか呼ぶのもいいかなってスタッフも考えてたんだ」
「本当ですか? なら――」
「ああ。安岡恵だっけ? 連絡してみるよ」
意見はすんなり通った。流石伊賀さん。いつも無茶な事を企てるラジオスタッフの中の唯一の良心。彼がいなかったら俺も比奈もお笑い芸人の道を歩むはめになってたと思う。
連絡のため席を外していた伊賀さんが戻ってくる。彼の表情は苦々しい。
「ごめん。駄目だった。今の彼女は仕事を拒んでいるし、会社側も出演させる意思はないらしい」
現実は非常だった。前者は彼女が辞める意思を灯しているからだろうし、後者は彼女の失敗と意思を汲んでの判断だろう。幸いだったのは恵ちゃんはまだ事務所に在籍しているということ。
「……わかりました。彼女ともう一度話してみます。また少し時間を置いたら連絡してみてくれますか?」
「やってみる。けど、あちらの意向を変えるのは難しいんじゃないかな」
「そうですね。それでもやってみます。色々と込み入った事情もありますので」
この一連の流れにより生まれたやらねばならないことは、主に二つ。
一つは恵ちゃんの意思を変えること。これに関してはどんなことをするにしても必ず必要な、いわば最低条件に値するものだ。既に比奈が彼女を説得することはこの時点で決まっていた。
二つ目は散々言ってるが事務所側の主張を変えること。これは事務所側が恵ちゃんに対してどのような評価を下しているかで大分変わってくることなんだが……伊賀さんの言うとおりなら、彼女がどんなに仕事したいと駄々をこねてもやらせてくれない可能性が高い。
ならば、後者に関しては少々卑怯な手を使うしかない。
恵ちゃんが「アイドルになりたい」と意思を示したら俺も実行に移そうと考えたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……え、何? 四月の終わり頃帰るって? ああ、わかったよ。……あんまし言いたくないけど今回は助かったよ。ありがとな、親父」
本命の電話相手と話を終え、通話を切る。
しかし――偶然って結構あるものだ。色々調べてわかったことだが、未だに驚きを隠せない。
さてお次は。
「もしもし。伊賀さん?」
今度は伊賀さんに電話する。
「この前の件のことです。もう一度連絡してみてくれませんか?」
電話が保留状態になる。伊賀さんは珍しく弱気に了承した。保留が解除された時が楽しみだ。
『か、和晃君! 仕事を請けるって返答された! よくわからないけど、やったよ!』
予想通り凄いテンションだった。
『あ、でも安岡恵がきちんと承諾した場合に限るって……』
「それに関しては心配要りません。伊賀さん、気が早いかもしれないけど、彼女が出演する体で勧めてくれませんか?」
『……ああ、わかった!』
彼は力強く答えた。伊賀さんに信頼と安心を寄せて任せることにする。
二人の人間と話したせいか、時間もいい感じに進んでいた。そろそろ彼女達の元に戻るとしよう。
「あ、戻ってきた」
二人はどうやら俺のことを待っててくれたらしい。
涙は止まっているが、二人とも目元が赤くなっていた。
「カズ君どこ行ってたの?」
「いや何、女同士の友情に俺の存在は無用かなって思って」
「お陰で比奈と女だけの会話が出来たよ。気遣いありがと、お兄ちゃん」
「女だけの会話、か。女子トークって生々しいって噂よく聞くんだけど」
「カズ君には話せないような凄い話ばっかだったよね」
「ねー」
二人は顔を合わせて笑いあう。心なしか前よりさらに仲良くなってる気がする。
「でも私達の場合生々しいって言うより、露めかしいって言った方が適切かなあ」
「露めかっ……!?」
恵ちゃんがニヤリと笑い、比奈が隣で噴き出した。その反応……やはり比奈も思春期か。
「なるほど。俺は恵ちゃんに比奈を取られるのか」
「あれ? お兄ちゃん嫉妬した?」
「嫉妬よりも混ざりたいって思った」
「カズ君って最近ナチュラルに変態性を出してくるよね……」
そう言う比奈も厳しめのツッコミを取るようになった。父は嬉しいぞ。
「比奈、考えてるみるんだ。乙女の園に一人のアダム。たった一人のアダムを取り合い、最初は争うものの譲り合いの精神が生まれ、規律が決められる」
突然語り出した俺に二人は呆然とする。
「そう、それは……ハーレム!」
男なら誰もが一回は憧れるそれ。比奈と恵ちゃんの二人をまずは囲い、順次手にかけていく成り上がりストーリー。
……うん、どうした俺。
「お兄ちゃんの浮気宣言だ!」
「カズ君、浮気はしちゃ駄目だよ」
寝取られOK、浮気は駄目か。中々難儀な恋愛である。
しかし冗談の割には比奈の目が笑ってないような。
「あ、二人ともごめん。電話だ」
待っていたものがようやくきたようだ。内心でニヤッとし、彼女の応対を見守る。
「はい、安岡です。……はい、はい。えっ! 私がラジオに!?」
やはり、というかそれしかないだろう。
「やっぱりこれもカズ君の差し金?」
「……お前も鋭くなったな」
比奈にこっそり耳打ちされる。彼女も一緒に日々を過ごしているうちに俺を理解していってるようだ。出会ってからまだ一ヵ月しか経ってないはずなんだがなあ。
「やります! やらせてください! もう一度私にチャンスを下さい!」
恵ちゃんは電話越しに頭を下げて懇願した。次に彼女は満面の笑みを浮かべ――
「はい、頑張ります!」
電話を終えると、恵ちゃんは俺達の方を向いた。
そこから三人は盆と正月が一緒に来たような思いで喜びを分かち合った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「本当に私なんかがいいのかな……」
あれからさらに数日。三人でやることになったラジオの本番直前、恵ちゃんは少々弱気になっていた。
「大丈夫だって。私達がついてるから。何かミスがあってもフォロー出来るから。スタッフさん達も恵のこと気に入ってくれたようだし」
先ほどスタッフに一通り挨拶したのだが、彼女の人懐っこしさのお陰かすぐに受け入れられた。見た目のこともあってか女性スタッフも目を輝かせて「お持ち帰りしていい?」とか言い出す始末である。数人の男性スタッフは「合法ロリキタコレ」等と言っている。うん、気に入られない方が安全だった気がする。
「気楽に行こう、気楽に」
「う、うん」
恵ちゃんは再度気合を入れなおす。
そして、伊賀さんがやってきてスタジオに移動してくれと指示される。
「よし、じゃあ今日も頑張りますか」
「うん、そうだね。恵も行こ」
比奈が恵ちゃんを促す。肝心の彼女は顔を俯かせ、か細い声で言葉を出す。
「あ、あの……先に、言わせて。私のために二人とも、ありがとう!」
最後には顔を上げて、はにかんだ。
「……前に比奈は恵まれてるって言ってたけどさ。恵ちゃんも彼女と同等か、もしくはそれ以上に恵まれてるんじゃないかって思うんだ」
「恵だけに恵まれてるんだね!」
良い台詞を言ったつもりが、天然アイドルのせいで全て台無しになった。
「…………比奈。流石に今のは酷い」
「お兄ちゃん、目を瞑ってあげて。たまーに擁護出来ないくらい凄いものを投入してくる子だから」
「そ、そんな……渾身の一言だったのに……」
本番前にまた一人テンションが急降下していく。今回ばかりは自業自得ということもあり放置しておく。
「ま、まあとにかくだ」
無理やり流れを元に戻す。
「今言ったように、恵ちゃんの周囲にも良い人がたくさんいる。君の支えになってくれる人は多い。このラジオも俺達が恵ちゃんの背中を押すよ。けど、前に出て好機を掴むのは君にしか出来ない」
サポートするだけなら誰でもすることが出来る。けれど彼女が自身の夢を実現させるには恵ちゃん自身が行動しなければならない。
「うん、わかってる。今度こそ夢を叶えてみせる。また失敗しても、もう諦めない。やっぱりこうして好きなことをしてる時が一番私らしいから」
彼女は一歩前に出て、くるりと舞台で舞うかのように回る。
「それが私――妹系アイドル、安岡恵だからね!」
彼女の笑顔は、曇天を全て吹き飛ばす太陽だった。




