二話「比奈と恵」
恵ちゃんが自己紹介を終えた後、伊賀さんがやって来てラジオの打ち合わせとなった。そのため恵ちゃんが何しに来たのかもわからずラジオの収録が始まってしまった。
収録を終えた後に改めて話そうということで三人でレストランにやって来た。
「本当に同い年なんだな……」
恵ちゃんの学生証を見せてもらい、生年月日を確かめていた。しかも誕生日的には彼女の方がお姉さんである。
「だから言ったでしょ、お兄ちゃん」
恵ちゃんは腰に手を当ててえっへんと無い胸を張る。なんで得意げなんだ。
ちなみにこのお兄ちゃん呼び、理由は分からないが恵ちゃんが気に入ってしまったらしく、どんなに頼んでも呼び方を変えてもらうことはできなかった。
「それで急にどうしたの? わざわざ楽屋まで訪ねて来るなんて」
「勿論比奈に会いに来たんだよ」
恵ちゃんはニコニコしている。
比奈は呆れてはいたが、どこか嬉しそうだった。
「しかし比奈もやるよね。こんないい男捕まえちゃって」
「そ、そんなことないよ」
「謙遜したらお兄ちゃんが可哀想だよ。ね、お兄ちゃん。この前のデートどうだった?」
恵ちゃんはこちらに顔を向けて訊いてくる。
この前のデートって、カラオケ行ったりした時のことか?
「あの日の比奈の服装、私がアドバイスをしたんだよ」
あの視線を釘付けにするような服装を恵ちゃんが……。
「恵ちゃん、グッジョブ」
親指を突き立てる。
「えへへ、褒められた」
「こ、こらあまり調子に乗らない」
比奈のこういった姿は初めてみる。お姉さんというより子どもを相手にするお母さんみたいだ。
「そういえば二人は本当はどういった関係なんだ?」
先程は恵ちゃんに翻弄されっぱなしで、結局本当のことは分からずじまいだった。
「私と恵は養成所で出会ったんだよ」
「そうそう、二人ともアイドル目指してたから意気投合して仲良くなったんだ」
「なるほど。でもお互いアイドル目指してたってことはライバル同士なんじゃ……」
比奈が友達の少ない理由の一つに、同業者はライバル同士だったというのがあったような。
「大半の人はね。私と恵は同時期に養成所に入ってまだ何もわからない時から一緒だったの」
「うん、だから比奈とだけは変ないがみあいもなくお互い助け合ってこれたんだ」
ねー、と顔を見合わせて笑いあう二人。
「今じゃ比奈は大人気アイドルで、私なんかとは比べものにならないくらい遠い所に行っちゃったけどね」
「そんなことないよ。ただでさえ芸能生命危うくなったりしてるから……。いつになっても気は抜けないよ」
「けどこうしてアイドルとして活動出来てるじゃない。ま、お兄ちゃんの愛もあったからだと思うけどねー」
恵ちゃんはニヤニヤと笑う。
下手に何か言ったらボロが出る気がしたので苦笑して誤魔化した。
「大丈夫、恵もきっと人気出るから」
……彼女が人気出たらファン層が偏りそうだな。今思ったことは外には出さず、そっと胸にしまっておく。
「えーっと、実はその人気出るかもしれないチャンスが回ってきたんだよね。今度オーディションがあって」
恵ちゃんはさっきまでと違って控えめに切り出した。
「え、それ本当!?」
逆に比奈は声を大きくする。
「う、うん。今日比奈に会いにきたのも、一世一代のチャンスだから渇を入れてほしいなーって思ったからなんだよ。中々時間合わないから、わざわざ楽屋に寄って……」
「そうか……そうだったんだ。おめでとう、恵!」
比奈が恵ちゃんの立場になったと錯覚するぐらい、比奈は喜んでいた。
恵ちゃんは少し照れている。
「ただ、今回も私が選ばれなかったら今後活動自体難しくなるかもしれないんだよね。だからその……応援してくれる?」
「勿論だよ!」
「まだ会ってからそんなに経ってないけれど、俺も応援するよ」
そういうことなら俺も応援せざるを得ない。恵ちゃんがあんなハイテンションだったのも、もしかしたらチャンスが巡ってきたことの嬉しさと緊張が混ざって落ち着かなかったからなのかもしれない。
羨ましいな。今の俺には夢を叶える力はないから。
「二人とも、ありがとう。少し不安だけど――」
「不安なんて感じる必要ないよ」
比奈が恵ちゃんの手を両手で包み込む。
「恵が人気アイドルになりたいって思ってるのもよく知ってるし、そのための努力をしてきたのもいつも見てきた。だから私が断言するよ。その努力が報われないわけない。絶対に成功するから、自身を持って、恵!」
「比奈……比奈ー!」
「め、恵?」
感極まったのか、恵ちゃんが比奈に抱きついた。微笑ましい。実に微笑ましい。
「私、絶対チャンスをものにしてみせるから。それでいつか比奈と同じ舞台に立ってみせるからね!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いいのかなあ本当に……」
「仕方ないって。恵ちゃんに付いていっても邪魔になるだけだし、遊びに行くことを気にしてるなら恵ちゃんも私に気にせず遊んでくれた方が嬉しいって言ってたじゃないか」
あの後も恵ちゃんとの食事会は続いた。お互いしばらく会えてなかったらしく、近況報告みたいなこともしていた。俺は二人の会話を聞きながら時々話に加わり、暖かく見守っていた。
時間も遅くなってきたところで別れることになり、方面が違う恵ちゃんとは先にお別れした。俺と比奈は途中まで道が同じためこうして一緒に帰っている。
「うーん、でも親友の晴れ舞台だよ? そわそわして落ち着かない……」
う~、と比奈は唸っていた。
「話の腰を折って悪いんだけど、前に俺が初めての親友って言ってなかった?」
「……そういえば。ごめんね、あの時は錯乱してたから……。男の子で初めてってことにしてくれる?」
「ああ、構わないよ」
ふと気になったことだし、流されたら流されたで忘れることにするつもだりだった。それに男で初めてって何かええやん。
「それにしても比奈って恵ちゃんのことになるとお母さんみたいになるな」
「仕方ないよ。恵の見た目って凄く母性本能がくすぐられるから、つい」
同期で同い年の親友に対してそんなんでいいのだろうか。
「……私が先にデビューしちゃって、ちょっと申し訳ないというか、いいのかなあ私だけって思ってたのはあるんだ、やっぱり」
「でもそれは仕方の無いことだ」
「うん、わかってる。けどいつも一緒だったから、どうしても考えちゃうんだよね。私が逆の立場だったら、恵は私なんか気にせずどんどん人気になってほしいって思う。けど恵もきっと私に対してそう考えてると思うんだよね」
比奈はしみじみと語る。
「だから本当に今回のことは嬉しいんだ。まだ結果はわからないけど、私は信じてる。それで恵が人気になって、また養成所時代のようにどっちがアイドルとして勝っているか競い合ったり、一緒に仕事したいなあ」
比奈は嬉々として、未来のヴィジョンを口にする。
聞いててこっちも嬉しくなってくる。
「成功するといいな」
「違うよ、カズ君」
彼女はニッコリと笑って言った。
「成功するんだよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
皆でプールに行く日であり、恵ちゃんの今後の芸能生活がかかったチャンスが訪れる週末を控えた今日。
簡単に明日の準備を済ませ、一息ついたところだった。
テレビを点け、チャンネルを適当に回す。天気予報をやっていたので見ることにした。まあ、明日は屋外のプールに行くから雨でも関係ないけど……。
テレビのスピーカーからはこんな音声が流れていた。
『ここ一週間晴天でしたが、明日は朝から曇り、午後にかけて雨が降るでしょう。外出時には傘を持っていくとよいでしょう。それでは、明日もまたよい一日を』




