五話「たこ焼きパーティー」
あの後、友達と比奈をお互い紹介する件に関して正式な了承を貰い、放課後の予定が決まった。後はどこで話をするかという問題になったわけだが……。
「それで何で俺の家になる?」
リビングには俺を含めて六人の男女が集まっていた。
「このメンツで歓迎パーティーをするなら和晃の家しかないでしょ!」
いや、うち以外にも選択肢はあるだろ。ファミレスとか。
会場がうちになり、急遽香月比奈グッズを隠すことになった俺の苦労も少しは考えてほしい。
「……和晃君、こんな感じでいい?」
エプロン姿の若菜ちゃんが切った野菜を見せてくる。
「オッケーオッケー。盛り付けは適当にしとくから、そこ置いといて。次はあれを頼む」
「……ん、任せて」
彼女は指示通りに切った野菜を置いて次の作業に移る。
ううむ、こうして若菜ちゃんが料理してる姿を見てるといい奥さんになりそうだなあと思う。今の作業風景はさながら新婚の夫婦が一緒に食事を作るようだ。……悪くない。
「カズ、顔ニヤけてるぞ」
「は!?」
つい妄想にふけってしまった。
比奈を窺い見る。彼女はまだこの状況に慣れていないのか、せわしなく部屋をキョロキョロしている。見られてなかったか。よかった。
「そこで香月さんを見る辺り、和晃も変わったねー」
由香梨がこれ見よがしに言ってくる。くそ、ニヤニヤしやがって。
「そういうこと言うやつにはこの高城和晃特製のデザートはやらんぞ」
「ごめんなさい大人しくしてます」
デザート一つで大人しくなるとはちょろいもんだ。
うちで比奈のプチ歓迎会みたいなものをすることになったのはいいが、その後何故か「ならたこ焼きパーティするしかないね!」と由香梨の謎のたこ焼き推しによって今に至る。
料理担当は俺と若菜ちゃんの二人。たこ焼き以外にもサラダとか、ちょっとしたデザートなんかも作っている。俺が盛り付けだったりデザートを作ったりとメインの仕事をし、若菜ちゃんが野菜を刻むなどサブ的な働きをしている。
「香月さんは料理とかしないの?」
「いや、私はあんまりしないかな……」
比奈はぎこちなく答える。まだ緊張してるのか、彼女の口数は少ない。カチンコチンに固まってる直弘に比べればまだましだけど。
それにしても比奈も料理あまり出来ないのか……。女子が三人もいるのに一番料理出来るのが男の俺ってどうなの?
主夫になった気分で料理を続ける。
全ての作業が終わり、テーブルに皿を並べていく。中心にはメインとなるたこ焼き機が置かれている。
料理以外の雑務は久志と由香梨が担当し、ほんの少し出来た待機時間中に比奈の隣に腰を下ろし、話しかける。
「緊張してるようだけど、大丈夫?」
「え、あ、うん。ちょっと驚いちゃってるけどね。まさかカズ君が一人暮らししてるなんて……」
まあ、そのことについては言ってなかったしね。
「ああ、親が海外で働くことになったんだけど、俺は日本に残るって言って。贅沢に一軒家で一人暮らしだせてもらってるんだ」
と、俺が一人暮らしをしている理由を簡単に説明する。
傍らでは由香梨がコップにジュースを注いだりしていた。
今度こそ全体の作業が終わり、いつでも食べられる状態になった。昼飯を食べず、食堂でも軽食だったからかお腹空いた。早く食べたい。
「カズ、始まりの声かけ頼んだよ」
「よし、じゃあ、比奈の転校を歓迎して……いただきます」
直弘を除いた五人が一斉にいただきますと言い、歓迎会という名のたこ焼きパーティがスタートした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「美味しかったー。やっぱ和晃の料理は一味違うね」
「……是非お嫁さんに貰いたい。もしくは一家に一台」
若菜ちゃんは俺を男として扱ってくれないのね。
「どう、香月さん、カズの料理は?」
「……美味しかった。これまた、驚いた」
「ふふん、でしょう? 和晃は私が育てた」
「育てられたの間違いだろうが」
「それもおかしいでしょよ」
そこからしばし何気ない雑談が続いた。
「それじゃ、一息ついた所で自己紹介し合おうか」
由香梨が切り出す。
「その前に一つだけ。比奈、この五人は俺たちの本当の関係を知ってるんだ。あの宣言の準備段階で色々と手伝ってくれたんだ」
「え、そうなの?」
「その通り! だから私達の前では無理して恋人を演じる必要はないからね?」
「そうなんだ。ボロを出さないように必死だったよ」
「こいつらの前では気を張る必要ない。崎高で過ごすなら今後事情を知ってるやつがいた方が何かと都合がいい。単に友達を紹介したいってのもあるけど、同時に事情を知っていることを説明して今後に生かそうと思ってこの場を設けたんだ」
一気に説明する。今日の集まりで比奈の負担を少しでも減らせればいいんだけど。
「皆の紹介の前に改めて比奈を紹介するよ。前に話した通り、奇抜な出会い方して公開恋愛を一緒にすることになった香月比奈だ。基本的にこのメンツで集まってる時以外は恋人のフリをしてるからサポートしてくれると助かる」
大体言うことは言ったので比奈に顔を向け、話すよう促す。
「えっと、紹介に預かった香月比奈です。知ってると思うけど、アイドルやってます。たくさん迷惑かけると思うけどよろしくお願いします」
彼女は言い終えるとニッコリと笑う。
ただ、今の比奈はいつも俺と過ごしている比奈ではなく、仕事モードの比奈……つまり、作り笑いだったのが少し気になった。
「じゃあ、皆の紹介を――」
「ちょっと待った! 和晃も私達の手本として自己紹介した方がいいんじゃないかな?」
由香梨が馬鹿なことを言ってくる。
「いや、俺のは必要ないだろ」
比奈もお前らも知ってるだろうが。
「一人だけしないのは卑怯だぞ、カズ」
「……ズルいぞー」
「どうせならカズ君のも聞きたいな」
だが、直弘以外の人間はノリノリだった。
「……わかったよ。改めて崎ヶ原高校二年の高城和晃といいます。一応演劇部所属。あとは……比奈も知ってる通りだ」
「ああ、あと和晃はムッツリスケベね」
思わず噴き出した。
「勝手な情報吹き込まないでくれます!?」
「事実でしょ。表面は澄ましてるけど、内心は色々考えてるみたいだし、それにやましい思いがないなら香月さんのグッズを慌てて隠したりしないでしょ」
「バラすなよ!? てかなんで知ってる!?」
由香梨達が来るまえに慌てて隠したのに!
聞いてる比奈がキョトンとしてるじゃないか。
「ああ、あとカズって変人だよな。常人じゃ思いつかないようなことを突然言い出して、実際に実行しちゃうとか」
俺、なんか恨まれるようなことしたっけ?
救いを求める目で若菜ちゃんを見つめる。
「……あと、万能属性持ち」
万能属性って何だ?
「な、何でマイナスな紹介ばかり……」
「いやあ、あんた香月さんの前ではいい顔しまくりでしょ? 本当の高城和晃を知って貰ったほうがいいかなって思って」
「……それにマイナスな紹介ばかりじゃない」
「どこが!?」
比奈を置いて繰り広げられるコントである。
彼女はというと、あはは、とこの時だけは苦笑していた。
「それじゃあ、和晃の紹介も終わったし私達の番だね。和晃、フリよろしく!」
悔しい。納得いかない。
いつか仕返ししてやるとか思いながら由香梨に応える。
「……気を取り直して、さっきから何かとうるさいこの女は菊池由香梨。こいつとは小さい頃からの幼馴染だ」
「……うるさいとは何よ。明るく楽しくが私のモットーなのよ。まあ、うるさくなると思うけど、よろしくね、香月さん」
こいつ自分でうるさいって言ったぞ。二言前の否定はお構いなしか。
そんな由香梨は飛びっきりの笑顔を浮かべている。彼女の一番の魅力はやはり底抜けの明るさと笑顔だろう。実際彼女の笑顔には何度も救われてきた。少し茶色っ気の入ったセミロングの髪は彼女の活発さと明快さを物語っている。顔も整っており、その性格も合わさってさぞかし男子から人気を得ていることだろう。
「で、次に爽やかイケメンな久保田久志だ。こいつとは高校からの付き合いだな」
「いや、別にイケメンじゃないよ……。さて、改めて久保田久志です。頼りないかもしれないけど、出来る限りサポートするんでよろしくお願いします。友人としもね」
ショートカットの似合う男前な顔でこれまた爽やかな微笑みを浮かべる。それだけで雑誌の表紙を飾れてしまいそうだ。しかも久志の笑顔は彼の優しさと誠実さが滲み出ているからたまったもんじゃない。ちなみにクラスで一番爆発してほしい男ナンバーワンの称号を持っていることは彼には秘密だ。
「次に演劇部でも会ったこの子が中里若菜ちゃん。彼女とも高校からの付き合いだな。クールな子だけど、根は凄くいい子なんだ」
若菜ちゃんは基本的に無表情かつ気だるそうな目をしている。お陰で初対面だと不機嫌なんだなと勘違いされやすい。でも彼女は必要以上に表に出さないだけで実は感情豊かな子だ。
最初の内面的な印象は悪くなりがちだけど、見た目だけならかなりの美少女と誰もが思う。目にかかる程度の前髪は長さを揃えてある。いわゆるパッツンだ。後ろ髪は肩甲骨の辺りまで伸ばし、その黒髪の一本一本が高級の糸を使っているような艶やかさを出している。
そんなわけで彼女に関しては少しフォローしておく。
「……私、人見知りだから気の利いたことは言えないけど。これから、よろしく」
若菜ちゃんは頭を下げた。表情ではなく態度で示したらしい。
ちなみにその時、彼女のもう一つの特長である胸が大きく揺れた。若菜ちゃんは身長は百五十前半とかなり小柄だが、その身長に見合わない程胸がでかい。見ては駄目と分かっていても、どうしてもそちらに目がいってしまう。正直やばい。
意識を背けるように最後の人物の方に視線を移す。
「それで、まあ、最後の一人なんだけど……」
そいつは一応ちょこちょこ食べてはいたが、それでも生気を感じられなかった。
……勝手に紹介していいんだろうか?
「この死んだように固まってる男は岩垣直弘。同じ中学校だったんだ。それでこいつはクラスで一、二を争う比奈のファンなんだけど……」
緊張と嬉しさが臨界点を突破して石像みたいになってしまっている。
「……いいのか直弘。今が仲良くなる絶好のチャンスだぞ」
「……え、あ、ああ。私、岩垣直弘は香月比奈のファンとして全力で守ると誓う所存であります。ですので不束者ですがよろしくお願い申し上げます?」
ダメだこいつ早く何とかしないと。
「あー、えっと普段はこんな変じゃなくてだな――」
一応直弘の尊厳のためにまともな説明をしてあげる。
ううむ、しっかりしてればわりかしいい男なんだけどな。メガネの似合う知的男子って感じで、実際このグループの中で一番聡明だ。学力ではなくて、その他の部分でだが。それとこいつの面白い所はこういった変な所であるのも事実なわけだが、これでいい……のか?
「とりあえずこの五人が一番仲良いんだ。比奈も何かあったら皆に頼るといいよ。きっと助けになってくれるから」
な? と顔を向けると由香梨だけは胸を張った。久志は自信なさげに苦笑、若菜ちゃんは多分と小さく呟いていた。……大丈夫だよね、うん。
「えっと、皆さんこれからよろしくお願いします」
比奈は改めて挨拶をする。紹介中ずーっと浮かべていた笑顔を見せて。
皆は明るく返事する。が、俺はそこでふと彼女の笑顔に既視感を抱く。
言葉通りの意味で彼女の笑顔は変わっていないのだ。彼女を紹介した時にも見せていた仕事モードの――作られた笑顔のままだった。
何故なんだ。俺と接している時はもっと豊かなパターンの笑顔を見せてくれていたはずなのに。
もしかしたら、俺の行為は……比奈にとっては余計なお世話だった。迷惑だった……のか?
次から次へとネガティブな感情があふれ出す。嬉しい気持ちで満ち溢れていたはずだが、一瞬でそれは砕け散った。
どうして作り笑顔なんかを浮かべてるんだよ、比奈……!