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四話「高城和晃の部活事情」

 放課後になっても彼女の周りの人だかりは減らなかった。むしろ増えている気がする。部活があるから仕方なく離れていった人もいるというのに何故……。

 とりあえず比奈を待つ間、友人達に声をかけておいた。

 由香梨は、



「やったー! 香月さんと仲良くなるチャンス!」



 と素直に喜んでいた。

 久志は、



「お、それはいいね。今日話せなかった分色々と話してみたいな」



 と、相手がアイドルだからか若干照れながら承諾してくれた。

 若菜ちゃんは、



「……うん、わかった。後で連絡頂戴」



 といつもの調子で部室に向かった。

 で、直弘はというと



「あなたが……神か……!」



 と大げさな表現をしながら俺の手を両手で包んできやがった。お前の友達、いや親友でよかったと何度も連呼されたりもした。こういう時だけ調子いいんだから、と思う傍ら、多分こいつ緊張して話せないだろうな、とひっそり確信していた。

 一応簡単に事情を説明し、あくまで出来たら、ということも話してある

 彼女を待つ間はそれぐらいしかやることがなかったので、終わった後は屋上で風を浴びていた。放課後にここで逢い引きするカップルは流石にいない。

 何となく校庭で部活に勤しむ生徒達をフェンス越しに見ていた。

 部活に打ち込める人は見ていて羨ましかった。実力はどうであれ、一つのことに全力で取り組めることはきっと幸せなことだ。

 部活でしていたことが将来に関わってくる人間なんてほんの一部だ。

 先のことを考えず目の前のことに全力を尽くすなんてこと、俺には出来ない。だって俺は……あの日から鎖に縛られているのだから。

 まあ、彼等と俺の事情はそもそも違うわけだから比べても仕方ないかもしれない。けどそれでも考えてしまう。もし俺が彼等と同じ環境下にあったらあそこまで熱心に活動できるのだろうか。

 ……考えるのはよそう。もしもの話なんて考えても無意味だ。今更未来を夢見たって何も変わらないんだ。



「ごめん、カズ君、待たせちゃって」



 しんみりと回想していると突然後ろから比奈の声が響く。息を切らしているようだ。わざわざ走ってきたらしい。



「いや、のんびり部活見学出来たし気にしてないよ。比奈こそそんな急いで来る必要なかったのに」


「そういわけにはいかないよ」



 彼女は息を整えながらこちらに近づいてくる。



「そういえばカズ君は部活入ってないの?」



 比奈は俺と同じ景色を瞳に写しながら訪ねてくる。



「……一応、入ってる。今は幽霊部員だけど」


「そうなんだ。何部?」


「演劇部」



 俺の言葉を聞いて彼女は感心している。



「いいね、演劇部。たまには顔出してあげなよ?」


「……ん、そうだな」



 まあ顔を出すぐらいはしたいんだけどね。ただあいつがいるからちょっと憚られる。



「ま、俺のことはどうでもいい。早速案内するよ。暗くなる前に回りたいし」


「どうでもよくはない、けど……まあそうだね。それじゃあお願いします」



 彼女は律儀にお辞儀してきた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 学校案内は屋上から近い重要な部屋を順序よく回った。その間も比奈の周りには常に人だかりが出来ていた。朝から結構な騒ぎになっていたが、香月比奈がこの学校に来たことをまだ知らない生徒も結構いるようだった。

 案内した所に人がいた場合は皆快く、少し声を上ずらせながらその場所について、部活動をしていた場所は部活の説明も事細かにしてくれた。

 特に野球部に関しては練習風景を見せてくれた他、わざわざよろしくお願いします、と帽子を取って頭を下げてきたりもした。マネージャーもいるがそれでも女っ気が足りないのか後ろの方で号泣している子もいた。

 彼女はそもそも仕事があるので部活には最初から参加する気はないらしい。が、ここまでの案内で俺以上にこの学校の部活に詳しくなってしまっていた。説明を全てきちんと聞いているのもあるだろう。

 そんなこんなで案内は大体終わり、後は演劇部が活動している施設と食堂を紹介するだけになった。



「着いた。ここが演劇部の活動場所だ」


「この建物が丸々?」


「そう。今はそうでもないんだけど、昔は実績のあった実力のある部活だったらしいんだ。その名残で今も建物丸ごと一つ使わせてもらってる」



 それに演劇というのは小道具だけでもかなりの量があり、スペースも取る。それらの倉庫代わりにもなっている。そういう意味ではこれでもまだまだ狭いぐらいだろう。



「ここに関してはこれぐらいかな。じゃあ、最後になっちゃったけど食堂に行こうか」


「それもいいけど、少し中見てみたいな。カズ君が所属してる部活の活動風景を見てみたい」


「……マジっすか」


「うん。あ、会うのが気まずかったりするなら別にいいよ」


「いや、別に気まずくはないよ。……そうだな。折角だし寄ってこうか」



 最近顔出してなかったし、少しぐらいいいだろう。あいつに絡まれる前に出れたらいいんだけど。



「失礼します」



 比奈は丁寧に挨拶して中に入っていく。俺も適当に挨拶して彼女に続く。



「え、あれ、まさか本物の香月比奈!? 」



 誰かが発した一言で中にいる人達の動きがピタリと止まった。それからあっという間に彼女を中心に群れが生まれる。

 俺はというと、



「お前、テレビのあれマジなのかよ!?」

「というか本当に連れてくるなんてすげーな!」

「流石です、高城先輩!」



 と群れの外で溢れた部員に話しかけられまくっていた。



「あれ、貴女は同じクラスの……」



 比奈の発言で小柄な彼女が注目される。



「……和晃君、連れてきたんだ」


「ん? あ、ああ」



 彼女は同じ演劇部であり、同じクラスの若菜ちゃんだ。彼女、心なしかちょっとムッとしているような。気のせいかな。



「今日はあまり話せなかったよね。改めて香月比奈です。よろしくお願いします」


「……よろしく」



 若菜ちゃんは無愛想に返す。いや、彼女は感情を中々表に出さないだけそう見えるだけなんだけど。

 耳に流れてくる言葉の嵐を適当に流しながら部室の中をグルッと見る。俺が恐れていたあいつはどうやらいない模様。ホッと一安心。それと同時に、部室の隅のほうでジッと比奈の姿を見ている女の子がチラッと目に入った。彼女は比奈を驚いた様子で見ている。そして整った顔を歪めて比奈に背を向けた。

 一体何だ? というか今まで見たことの無い顔だ。新入部員だろうか。なんか不思議な子だ。

 なんてことを考えていると、



「お久しぶりです、先輩」



 いきなり背後から声をかけられる。ああ、この声は……。



「元気そうだな、祥平」



 後ろを向いて彼と向かい合う。目の前にいるスポーツ刈りの髪をした男は一つ年が下の黒瀬祥平(くろせ しょうへい)だ。

 祥平も若菜ちゃんと同じく感情を表情から読み取るのが難しい人物だ。

 若菜ちゃんとはよく一緒にいるからそれこそ何となく考えていることはわかる。が、祥平はそうじゃない。

 クールな人はかっこいいと思うけど、こういう所はちと困る。



「今日は彼女さんを連れて何しに来たんですか?」



 祥平は淡々と言う。

 彼がどういう感情を込めたのかは知らないが、何だか責められているような気がする。



「比奈は今日転校してきたんだ。だから学校を案内してたんだけど、彼女が演劇部の活動を見たいって言ってな。久しぶりに顔を出すのもいいかなって思って寄ってみた」


「……そうなんですか」



 別に祥平も俺も悪いことはしてないけど何となく言葉を選んでしまう。



「えー、じゃあ香月さんも和晃もすぐ行っちゃうのか?」



 部長の声が上がる。



「そうなりますね。皆も、先輩達も文化祭に向けて練習中の所を邪魔するわけにはいかないんで」



 演劇部の集大成を披露するのは文化祭だ。文化祭が来月に迫った今が一番忙しく、また大事な時間だ。



「まあ和晃がそう言うなら、そういうことにしよう。ほら、気持ちはわかるが練習に戻るぞー」



 部長の決定に皆文句を言いつつもそれぞれの持ち場に戻っていく。



「突然すいませんでした。練習、頑張って下さい」


「おう。……和晃も気が向いたらこいよ。今なら何かしら仕事やら小さい役なら作ってやれるから」


「はい」



 部長に背を向けてそのまま出口に向かおうとする。



「……先輩」



 すると再び後ろから祥平の声が飛んできた。



「……何だ?」


「文化祭は部長達三年の引退試合みたいなものです。だから、来て下さい。それで演じて下さい。皆待ってるんですから」



 返事は返さなかった。行く気も演じる気もないなんて、部活一筋のこの少年に告げるのはあまりにも酷だから。


 俺は別に祥平のことは嫌いじゃない。ただ、苦手なんだ。こうした彼の純粋な気持ちをぶつけられることが。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「あの後輩の男子がカズ君が幽霊部員な原因?」



 食堂のテーブルに腰を落ち着かせると、比奈は真っ先にそれを聞いてきた。



「わかるのか?」


「何かいつものカズ君と違うなって思って。それに仕事が仕事だから人の感情を読むのが上手くなっちゃって」



 なるほど。比奈に隠し事は通用しなさそうだ。



「あ、でも、その、言いたくないなら言わなくてもいいから」



 彼女は慌てて取っつける。



「いや、比奈の言う通りだよ。それだけが原因ってわけじゃないけど、半分ぐらいは祥平がいるのが理由だし」



 別に知られたからといって特に困ることはない。むしろ中途半端に原因を知られて変な誤解をされるよりかはましだ。



「ただ先に言っておくけど俺は祥平のことは嫌いじゃない。あいつ、部活馬鹿っていうぐらい熱心に活動してて、その真剣さはむしろ尊敬してるんだ」


「そうなんだ。なら、どうして……」


「理由、聞くか?」



 訊ねると比奈は恐る恐るといった感じで頷いた。



「そんなかしこまる必要ないって」



 コップに入ってる水を一口飲み、さらに一息ついてから語り始める。



「まず、俺が演劇部に入った理由なんだけど、以前から友達に誘われたんだ。それで去年の丁度この頃にその誘いを受けたわけだ。で、それから色々な諸事情があって正式に入部することにしたんだ」



 話していて、そういやあれから一年経ったのかとしんみりする。



「でも俺って、その……何だ、一つのことにあんまり長い間熱中出来ない人間なんだ。だから入部してからも時々出て、大事な時だけちゃんと部活に出るって感じだった」



 実はここら辺にもちゃんと理由があるけれど、ここで話してもややこしくなるだけなので適当に誤魔化しておく。



「祥平と出会ったのは新入生の挨拶がある日だった。その時、俺に向かって意気揚々と新入生歓迎会の劇を見ましたって目を輝かせながら言ってきたんだ」


「その祥平君っていい後輩だね」



 比奈の言う通りだ。あんなにいい後輩は滅多にいない。けれど、それは俺にとってまずかった。



「その後聞いたんだが、祥平は俺の演技に憧れて演劇部に来たのだと。でも俺はさっきも言ったようにあんまり熱中出来ない人間なわけで。あいつはあいつで気を遣うよりも素直に思ったことを言う人間だからさ、正面から色々と言われるわけだ」



 祥平は入部当時は何かと俺に話しかけてくれていた。



「俺としては辛いわけだ。素直に尊敬だったり好意のコメントを言われるのは。あいつの期待のまなざしに耐えられなくて、まともに受け止められなくて、気が付いたらあいつに苦手意識を抱いてた」



 ま、大体こんなところかなと呟いて残った水を飲み干した。それが話の終わりの合図だった。



「なるほどね。祥平君はよくも悪くも真面目なんだね」


「ああ。あいつのお陰で部活全体の士気が上がってるらしい。凄いやつだよ、全く」



 そんな彼だからこそ今は俺に幻滅してるだろう。けれど最初の憧れが未だに残っており、その辺の感情がぐちゃぐちゃになって先程のような対応になっているんだと思われる。



「けど意外だったかな」


「何が?」


「カズ君が一つのことに熱中出来ないってことが。私にはその正反対に見えるよ。じゃないとこうして私と一緒にいてくれないはずだから」


「それとこれは違うんじゃないか?」



 俺は自然と微笑んでいた。例え自分ではそう思えなくても、彼女にそう言ってもらえるのは純粋に嬉しかった。

 結果論だけど彼女に原因を見破られて良かった。暴露したことでモヤモヤしていた気持ちが少しスッキリした。

 次に祥平と会う時、今日よりも正面から対峙出来るような気がした。




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