三話「屋上での痴話喧嘩?」
その日、教室は軽いパニックに陥った。
比奈の自己紹介が終わるとクラスメイトのほとんどが歓声を上げ、それを聞き付けた隣のクラスの生徒が様子を見に来て同じように歓声を上げる。
そんな状態が続き、一時間目の授業は十数分開始が遅れた。
休み時間になるとうちのクラスだけに留まらず、他のクラスからも人がやって来て、誰彼構わず比奈の周りに集まり、質問責めをしていた。そこら辺は比奈も慣れているのか、もしくは覚悟していたのか、はたまたその両方なのか上手く対応していた。
そんななか意外だったのは直弘が群がる群衆の中に入らなかったことだ。比奈の大ファンなのに何故、と聞いてみると、
「同じクラスなんだ。いずれ喋ることは出来る。今あの人ごみに混じったら迷惑をかけてしまう。そんなのはファンとして失格だ」
と、いつもより多くメガネをくいっと上げていた。本当は真近で顔を見て、声をかけたいはずだ。直弘、お前は立派なやつだよ……!
俺がその日比奈と喋れたのは昼休みになってからだった。
彼女に屋上で話したいとメールすると、「ごめん、私ちょっと呼ばれちゃった」という言葉と共に立ち上がるのが見えた。
それを確認して一足先に屋上に向かった。屋上に出る扉の前では誰も入って来ないようにしてくれと頼んだ友人達が上手いことガードしてくれるだろう。……してくれよな?
「この学校、屋上開放されてるんだね」
屋上で合流し、先に言葉を口にしたのは比奈だった。
「まあな。カップル達の食事スポットだよ、ここは」
「そうなんだ。漫画みたい」
彼女はそこで間を空けて、
「いやあ、ようやくカズ君と話せたね。まさかあんなに質問責めにあうとは思わなかったかな」
一時期人気落ちたはずなんだけど、と彼女は苦笑する。
「比奈はどうしてこの学校に来たんだ?」
俺の真面目な口調を察したのか彼女も真剣になる。
「ラジオでのカズ君の言葉を信じてみようと思ったの」
「俺の言葉?」
「私と一緒の学校だったら最高とか、魅力的とか。それを聞いて転校を決心したの」
「そ、そんな理由で転校してきたのか……?」
「前から崎高に通いたいって薄々思ってて、その気持ちを後押しされたっていうのもあるけどね。……もしかしてあの言葉は仕事を一緒にする仕事仲間としての詭弁だったかな?」
「いや、そんなことないけど」
「じゃあ、迷惑だった?」
「そういうわけでもないよ。ただ、俺のそんな何気無い一言で今までの環境をリセットをしたのか?」
いくらなんでも彼女が今まで築いてきたものを捨ててまでこの学校に来る必要はないはずだ。
「あまり私のことを知らなかったはずなのに二度も私を助けてくれた人の言葉だもの。きっと前の学校よりも楽しく過ごせるって思えた……ううん、そうなるって確信したから」
彼女はカメラの前では見せないような眩しい笑顔で言い切った。怒りとか困惑とかでごちゃごちゃしていた思考がその笑顔で吹き飛んでしまった。
「はあ……何か色々文句言う気も失せちまった」
それに何を言っても既に後の祭りだ。来てしまったものは仕方が無い。
「というか、いくらそう思えても実際に転校してくるなんて凄い行動力してるな」
「こう見えても積極的、活動的なんだよ、私」
今度はニヒヒとイタズラがばれた子供のように笑う。
確かに凄い行動力だ。俺の何気無い一言で本当に転校してくるんだから……。
「全く、始めて会った時から比奈には驚かされっぱなしだよ」
「私はカズ君にお世話になりすぎかな、あはは……」
互いに苦笑しあう。
「転校してきたのはいいけど、これからどうするんだ?」
「学校が変わっても基本的には前の学校と同じだからね。仕事があったらそっち優先。彩さんの配慮でなるべく学校に来れるようにするけど」
そこら辺は俺と変わらないのか。
「それにしてもカズ君には公開恋愛で迷惑かけてるのに更に迷惑かけちゃうね……」
世間一般的にはアイドルと恋人関係なわけで、それだけで周りから囃し立てられているのだ。そこに彼女であるはずのアイドル本人が学校にやって来ればそれこそ学校中で話題持ちきりだろう。
今後のことを考えると苦労の未来しか見えてこないが……。
「俺も男だ。自分の言ったことには責任を持つ!」
というか俺が迂闊なことを言わなければ彼女はここに来なかったわけだし。
俺がやるべきことは彼女の学校生活を最高のものにする手伝いをすることだ。間違っても明日学校かあ、仕事で疲れてるのにやだなあなんて思わせないようにしないと。
「うん、期待してるね。それと迷惑ついでにもう一つ頼んでいいかな?」
「構わないよ」
何を今更って感じだ。
「放課後、学校を案内してくれないかな?」
「何だそんなことか。お安い御用だ」
もっと大変なことを頼まれるかと思った。
「けどいいのか? 喜んで案内してくれる人は一杯いそうだけど。それに比奈の姿を見ようと人が来て動けないってこともありそうだし」
現に昼休みに動くにもわざわざメールをしないといけないような状況下だ。
「まだ学校には慣れてないし、カズ君に案内してもらうのが一番安心出来ると思うんだ。でもカズ君の言うように案内してもらうのは放課後になってちょっと時間経ってからかなあ。すぐ動けそうにないから」
まあそうだろうな。
「放課後少し残ってもらっても大丈夫? あ、でも待つのが煩わしいなら別に今日じゃなくても……」
「いや、ちょっとぐらい待つのは平気だ。だけど当分解放されないと思うんだけど……」
「カズ君に学校案内してもらう約束があるからって一言言えば多分大丈夫じゃないかな。ここに来れたのもカズ君から呼び出しくらったからって言ったら皆に納得されちゃったし」
そんなに比奈の彼氏であることが浸透してるのか。完全に公認カップルだ。本当はそんな関係じゃないわけだが、ここまで来ると逆に誇らしい。
「公開恋愛、意外と受けいられてるんだなあ」
「だよね。ちょっと驚いた」
あ、そうだ。公開恋愛といえば。
「なあ、俺からも一つ頼んでいいかな?」
「どんな頼み?」
「まず学校を案内した後時間取れる?」
「今日は一日オフだから大丈夫だよ」
「うん、じゃあさ、俺と仲良い友達も入れて飯食べない? 友人達を比奈に紹介したいし、その逆もしたいからさ」
もちろんその友人達とは本当の事情を知ってるあの五人の事だ。全て知ってる彼等は今後も彼女にとって大きな助けになるはずだ。
「……うん、カズ君の頼みなら是非」
あれ、彼女なら喜んでくれるかと思ったけど反応があまりよろしくない。
「事情があるなら――」
無理しなくてもいいよ、と言おうとしたら昼休み終了のチャイムが鳴った。なんとタイミングの悪い。
「あ、昼飯食ってないや」
誤魔化すように彼女がすかさず口に出した。
「とてもじゃないけど食べる時間なかったからね」
「うー、朝緊張してあまり食べてないからお腹減ってるのにー」
実は緊張してたのか。
お腹を押さえる彼女がどこか可笑しくて笑ってしまった。
「放課後食堂を案内した時に軽く何か食べようか」
その時に改めて学校案内が終わった後のことを聞こう。
「それ名案! 放課後楽しみにしてるね」
食べ物で喜んでいる彼女もまた新鮮だった。




