EX.七話「メイドな幼馴染み(後編)」
最近の俺は沙良に甘えた生活を送っている。
彼女が帰ってくるまでは一人で全ての家事をこなしていたが、帰国以来彼女が家事をやりたがるので一任した結果が今の自堕落な現状に繋がる。
でも、それも仕方のないことだと割り切っている。
幼馴染の三条沙良と付き合い始めたのは中学三年生の春だ。冬にもう一人の幼馴染も含めたゴタゴタがあったが、それをどうにか乗り越えた後、沙良から猛烈なアピールを受け……ついに俺が折れた。
しかし彼女は卒業と同時に親父と海外に行ってしまった。それからおおよそ二年近く遠距離恋愛をしていたことになる。
だがそれは学生の俺達にはとても辛い日々だった。それでも長い長い二年間を乗り越え、ようやく再会を果たした。
二年間の鬱憤が溜まっていたのと、何故かメイドの心意を会得した彼女は断られても傍にいるといった風に事あるごとに世話を焼いてくる。
また……自分で言うのもなんだが、彼女の俺への愛情はカンスト値を超えている。むしろチートを使ってカンスト以上の愛情度を備えているといっても過言ではない。ちょっとした拍子をきっかけにいつナイスボートな展開になってもおかしくないんじゃないかと少し怯えていたりもする。
けど、彼女の愛を嬉しいと感じて、なおかつ俺も彼女のことが好きだから付き合ってるわけだし、それが悪いことだなんて全く思っていない。むしろ幸せすぎて困っている。
とはいっても俺もまだまだ健全な男子高校生。どんなに好きあっていても一定の節度は守らないといけないし……。そもそも一線を超えてしまったら俺達は止まらなくなってしまう気がするので自主的に規制している。沙良の方は積極的だけど。
そんな悶々とした日々を送っていたある日、異変は突如訪れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アキ君、アキ君。起きて下さい。朝ですよ」
体を揺さぶられる感覚。中々瞼を開けないせいか揺さぶりは中々収まらない。
沙良の声が聞こえた時点で目は覚めた。瞼を開けないのは意図的だ。理由は一つ。基本的に沙良は朝一に悩殺してこようとしてくるから、それに心してかかるために精神を底まで落ち着かせるためである。
漲る身体の一部分とは正反対に極限まで意志を冷ましたところで瞼を開いた。
「おはよう、沙良……!?」
「ど、どうかしたんですかアキ君?」
これは……驚いた。
何故制服ではなくメイド服を着ているのかとか、そういった根本的な疑問も普通ならあるんだろうけど沙良がメイド服を着るのは日常的なことなので俺はそこには疑問を感じない。
今、目の前にいる沙良が着ているのは……古式の、古ゆかしい王道かつ清楚な白いメイド服なのだ。
メイド服といっても今は色々種類があって、シュッとしたスマートなものからゴスロリ服をそのまま明るい色にしたようなものまで色々あるらしい。中には胸や脚を強調するようなセクシーなものもあるらしく、以前そのメイド服を着た沙良に起こされたこともある。その場ではどうにか抑えたけど、沙良が部屋を出て行った後に悶えたのは良い(?)思い出だ。
そんな過去があるので普通のメイド服を着るのは珍しいというか、いつもみたいに蠱惑的な格好をしていないことに意表を突かれたわけで……。
「アキ君……?」
「あ、ああ、ごめん。もう起きるよ」
ま、まあ、たまにはこういうこともあるんだろう。洗濯が間に合ってないのかもしれないし、今日は良い作戦が思いつかない、あるいは少し体調が優れないとか。
心配そうな表情でこちらを覗き込む身体が引っ込められる。手を前に組んで彼女はうやうやしく、
「それでは先に下で朝食の準備をして待っていますね」
「あ、ああ」
スカートの裾を持ち上げて頭を下げる。その一連の動作は完成された動きで、かつ優雅だった。
そしてそのままドアに近づき、軽く会釈してから部屋を出て行った。
「…………」
なんだろう、この得体の知れない違和感。
この数分をこんな平和的に終えたのは何ヶ月ぶりだろう。素直に喜ぶべきか。
いや……まだ朝は始まったばかり。きっと階下に出た時に思いもよらないイベントが発生するよう仕向けられている。
例えどんなことがあっても俺は理性を貫く。それは自分のためではなく、ただただ彼女のために。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「沙良の身に何かが起きてるかもしれない……!」
その日の放課後。緊急会議と銘打って直弘と久志を呼び出した。
彼等は沙良がおかしいと聞くと一層顔を引き締める。
「三条さんに何かが起きたって珍しいね」
「まあ、曖昧すぎてよくわからないがな。でも完璧超人と思われてた人間が実は……というのはよくある話だ」
「二人共理解が早くて助かるよ。じゃあ早速詳しいことを説明するぞ」
そうして俺は恒常的な沙良とのやり取りと今日の沙良の様子を伝えた。
するとどうしてか二人は呆れ半分、呆然半分といった微妙な表情を見せてくれた。
「……えーっとどっからツッコむべきなんだ、これ」
「和晃、お前は次元の壁を超えて出てきた何者かなんじゃないのか?」
「ここは『それはおかしいな』だとか『早くどうにかしないと!』って所じゃないのか!? お前らはいつからそんな薄情者になってしまったんだ!」
『いやいやいや』
二人揃って手を横に振る。
「確認だけど、カズの話だと前半が普段の三条さんで後半が今日の様子がおかしい三条さんでいいんだよね?」
「ああ」
「多分、そこで誤解が発生してるんだよね。カズ、後半がどちらかというと普通で前者がおかしいんだよ」
「まあメイド服を着た彼女に起こされるのも普通とは言いがたいけどな」
なんて頷きながら久志の台詞に補足を入れる直弘。
「いやいや、何を言ってるんだ。今日の方がどう考えてもおかしいだろ。だっていつもは裸エプロンとかイエスって書かれた競泳水着を着てたり、一見普通に見える味噌汁を飲んだら何故か下半身がエネルギッシュに活動を始めるし、ひどい時には私をおかずにどうぞ、なんて言い出したりするんだぞ!?」
なのに今日の彼女は極普通にキッチンに立って、極普通の朝食を作ってくれて、メイド服から制服に着替えるときは恥じらいながら着替えてきますので覗かないで下さいねといつもとは逆の台詞を言ってくるのだ。
これが異常でなければ何を異常というんだ!
「……すまんな、和晃。どうやら俺と久志はこの件には手の付けようがなさそうだ」
二人で顔を見合わせた後、直弘が哀れみの表情で俺の肩に手を置いた。
「……どうしてもか?」
「ああ、どうしてもだ。歯がゆいがな」
「やっぱそれほど深刻ってことなんだな」
「……まあ、そういうことになるな。現状で唯一お前に送る言葉があるとするなら……」
そして直弘は言った。
「お前、もう完璧に毒されてるぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学校の帰り道。部活がない日は沙良と一緒に下校している。そういった日は家の備品で足りないものとか、食料を買ってから帰宅するのが通例となっていた。
でもやはり寄り道せずに帰宅する時もあって、今日はそれだった。
時間があるこんな日は多少遠回りになるのを分かった上で同じ学校の生徒が通らない道を手を繋いでゆっくりと歩いている。
だけど今日は少し違った。いつもはどちらからともなく伸ばされる腕がない。むしろ沙良は自分より一歩距離を置いて斜め後ろを付いてくるように歩いていた。いつもなら密着しそうな程に肩を並べてくるというのに……。
そのいつもと違った距離感のせいか、少し気まずい空気が流れていた。
「あー……その、今日は夕ごはん何を作ってくれるんだ?」
よく「何食べたい?」という質問に「何でもいい」という答えは困ると聞くし、それが積もり積もれば不満に変わっていくとも聞く。
そうならないためにも最初の頃、俺は思いついた料理を適当に並び立てていた。しかし全く栄養バランスなんかは考慮していなかったため、ある日、
「幾らなんでもそれだと栄養が偏りすぎますよ」
とお叱りを受けたことがある。
それ以来沙良は栄養バランスの整った料理を言わずとも提供することが多くなった。料理は彼女の考えたもの、しかし味付けは俺に合わせてくれている……といった感じだ。
時たま料理のリクエストを聞いてくることもあるけど、ほとんどは彼女考案の食事が俺達の暗黙の取り決めとなった。
だからこそ俺は何気ない気持ちで夕食の献立を訊ねたのだけど。
「……もし何か食べたい物がありましたらお作りします」
「あ、そう? いや、沙良が作ってくれるものなら何でも美味しいんだけどな」
「……そうではなくてもっと我儘を言ってくれたり、頼まれたりしたいという意味です」
「え? そりゃ、どういう――」
「何でもありません」
ぷいっとそっぽを向いたかと思えば、早足になって俺を追い越していく。俺も速度を上げて彼女についていく。何となく今横に並ぶのは駄目な気がして後ろを付いて行くような形に自然となった。
で、そのまま目ぼしい会話もなく家にたどり着いた。慣れた手つきで彼女が鍵を開けて先に中に入る。
一時期は彼女が俺の家に……なんてことも考えた日もあったけど、今では何の感慨もわかない。それほどにこの光景は日常として馴染んでいた。
一応高城家の家ではあるが既に彼女も家族のような扱いを受けており、使ってない部屋を沙良用スペースとして使ってもらっている。そこで彼女が着替えている間に俺も自分の部屋で制服から私服に着替えた。
下に降りると既に猫とハート小さなハートマークが描かれた白のTシャツに黒タイツと膝上のデニムを履いた沙良がキッチンで夕食の準備を始めていた。
一緒に食べる時もあるけど彼女にも家族がいる。ただでさえ二年間離れていたのだ。沙良の両親が寂しがっているのを沙良自身知っている。だから家族が揃う時は家族を優先して家で食べる。なのに彼女は毎日毎日食事は必ず作ってくれていた。
いや、食事だけではない。掃除、洗濯といった家事もこなしてくれる。手伝おうとしても「私がやりたいからやっているんです」と笑顔で言われたならもうどうしようもない。二人で作業を行うのは気持ちが落ち着いてからでも問題無いだろう。
テレビを付けたものの面白い番組が見つからなかったので結局沙良の後ろ姿をボーっと眺めていた。淡白な旅番組よりも単調だというのにどうして見ていて飽きないんだろう。ほんと謎だ。
どうやら本日の夕食は全て出来上がったらしく、食器棚から大小様々な皿を取り出し始めた。これぐらいの簡単な作業なら手を出しても文句は付けられないので手伝いをする。
「保温もきくのでお好きな時間に召し上がって下さい。それでも早めに食べた方が美味しいですのでオススメです」
「いつもありがとな、沙良」
「お構い無くですよ、アキ君。それよりも今日のはどう見えますか?」
「うーん……普通だけど」
言ってて気がついた。食卓に並ぶ料理達はあまりに普通すぎたのだ。庶民的というべきなのだろう。
でも時々彼女には子供っぽい所があって、スタミナ料理が出てくるのは勿論、奇抜な料理が出てくることが多い。料理下手のアニメヒロインが作りそうな品を出していちいち俺を驚かすのだ。口に入れたらどれも美味しいんだけどな。
彼女の茶目っ気なところは俺を飽きさせないような工夫のためらしい。飽きることなんてまずないのだけど……。
そういえば印象深い料理が出てくるのは沙良がおらず一人で食事を取らねばならない時だった気がする。……もし、そうだとしたら――。
「ちなみに以前のように一つだけ外れがある、なんてこともありませんので。安心して下さい」
「ああ。でもこういうノーマルオブノーマルってのも沙良にしては珍しいな。それはそれで嬉しいってか楽しみだけどさ」
「喜んでもらえたなら幸いです。やっぱりアキ君も普通の方が良いですよね」
「うーん……普通なのもいいけど、やっぱり一工夫あった方が沙良らしいっていう感じがしなくもないな」
「はい。……ですがアキ君がお望みなら私は普通を選びます」
そこで俺はようやく気づいた。沙良がどことなくおかしいことに。
「……沙良? 何だかやけに普通って事に拘ってるみたいだけど」
「ちょっとばかし反省してるんです。調子に乗りすぎた、とでもいうんでしょうか。比奈を参考にした甲斐がありました」
沙良の口から比奈の名前が出てきてドキッとした。普段の日常を語っているだけなら何もないんだけど、今に限っては少し違う意味合いが含まれていることに気づいたから。
沙良が帰ってくる数ヶ月前まで……正確には二年の夏から冬にかけて俺とアイドルの香月比奈は公開恋愛という突拍子もない計画を実行していた。細かい事柄も幾つかあるが比奈のアイドル生命を守るという目的が大部分で実行に移された計画だ。勿論、実行前に沙良に確認は取ったし、最終的には誤解が解けてかつ彼女はアイドルのまま終了と円満にいったはいった。
しかし、あの半年間、表面上とはいえ俺と比奈は恋人同士と偽っていたわけで……例えフェイクでも沙良が複雑な思いをしていたことは想像にかたくない。
「どうして比奈を参考にしたら普通になるんだよ」
ちょっとムッとしながら返す。
「だってどんなにアピールしてもアキ君は私に手を出さないじゃないですか」
懇親のストレートを投げたと思ったらホームランで返された気分だった。
「い、いやでもそれは手を出したくないから何もしないんじゃくて、大切にしてるからこそ――」
「アキ君、それはヘタレDTの言い訳ですよ」
うぐぐ……。言い返したくても事実そうだから何も言えない。ヘタレで悪いか! DTで悪いか!
「あの、割りと心を抉られるんであまり指摘しないでくださるとありがたいんですが」
しかし口にすると全く別の思いが出てくるのが悲しいところだ。
「まあ、百歩譲ってDTは見逃すとしましょう」
「ヘタレは撤回してくれないのね」
「どちらにせよ、手を出す出さない以前に私は聞いていないんです。比奈には叫んだ言葉を」
「比奈に叫んだ言葉……?」
「好きって言葉です」
「…………」
俺は何も言えなかった。
沙良がいうのは公開恋愛宣言のことだ。あの中に「好き」なんて台詞はないけど、「好き」という言葉に似た表現は出てくる。
俺が言うのはアニメや漫画でもお決まりの台詞ばかりで、沙良への「好き」というオリジナルの言葉は何一つない。
今ここで「沙良のことが好きだ」というのは簡単だ。しかしこの場では仕方ないから言ったという結果にしかなり得ない。大切な「好き」の感情をそんな風に扱うのも扱われるのも嫌だ。だから俺は口を噤むことしか出来なかった。
沙良は俺が何も言わないのを見て目を伏せる。
「アキ君、たまに考えるんです」
「何を?」
「好きってどういう事なんだろう、ってことです」
それは……好きっていうのは――。沙良といると真っ先に思い浮かぶ感情を口にする。
「一緒にいたいって気持ちなんじゃないのか」
「間違ってはいないと思います。けどそれはあくまで『好き』の基本的な感情なんだと思うんです。共にいたいの後にはもっと相手のことを知りたい、相手のために何かしてやりたい、近づきたい、触れ合いたい――それらの欲求をまとめて『好き』っていうんです。では『愛してる』と『好き』は何が違うんでしょうか……?」
テーブルを挟む形で会話していたのに、いつの間にか対面に沙良が立っていた。
「愛してるの方が好きの上位互換って感じはするけど、結局は同じもの……。口にする重みが違うだけで意味は同じだ」
「その通りです。アキ君の言い分が正しいはずなんです。けど私にとって『愛してる』にはもっと強い意味があるんです」
沙良が一歩前に出る。詰めすぎて呼吸音さえ聞こえてきそうだった。
思わず後ろに下がってしまう。けど沙良はまた距離を縮める。
それを繰り返してゆっくりとキッチンからリビングに場所を移動する。
「共にいたい、だなんて小さな気持ちじゃないんです。いつまでも――永遠に好きな人の傍にいたい、鼓動を感じたい、と。……自分でも重すぎるとは自覚してます。でも、それが私の偽りのない本当の愛なんです。この感情を抑えることは出来ません」
トン、と彼女の手の平が胸に当てられる。そっと――でも確かな意志を持った動きで押された。どうやらすぐ後ろにソファがあったらしく、そこに背中から倒れた。
俺が起き上がるよりも早く彼女は覆いかぶさってくる。それでも力を入れて押し返せば自由の身になれるのに俺はしなかった。
上気した彼女の顔が、息遣いが、体温が伝わってくる。頬をさする手の平は熱を帯びたような熱さだけど、細かに震えているのを見逃さなかった。
「アキ君」
耳を溶かすような甘い囁き声。蜜のようなそれは、快楽すらも感じた。
「もし私を本当に好きだと思ってくれているならその証拠を見せて下さい。あなたの覚悟を……私に下さい」
見つめてくる。答えを待っている。動かない。静寂。
俺は一瞬の逡巡の後、腹をくくった。
「……分かった」
彼女の肩に手をかけて押し返す。それからソファでぐるりと円舞を舞う。今度は俺が沙良に覆いかぶさる体勢になった。
「責任は取るから」
そして、もう少し先の未来で贈るはずだった言葉を口にした。
「沙良……俺と――結婚して下さい」
瞬間、時が止まった。先ほどの色気づいた顔はどこに行ったのか、沙良は目をパチクリするのみ。
実際には一分も経ってないはずだが、永遠に感じられるような沈黙の後、沙良が……それはもう、湯気が頭から昇るんじゃないかと思うほどに顔を真っ赤にさせた。
「……えーっと…………」
その彼女からようやく出てきた言葉は意味を為さないものだった。
「……え?」
それから数秒の間を置いて、俺もおかしいと感じ始める。いや、おかしいというより俺と彼女の間に盛大な誤解というか、認識の違いが発生しているというか……。
「私が求めていた言葉は……いえ、それ以前にこういうシチュエーションでは『優しくするから』とか『目を瞑って』『力を抜いて』みたいなニュアンスになると考えていたんですけど……」
「あー……なるほど」
ふむ、これは……やっちまったかな?
「申し訳ないんだけど、さっきの言葉を取り消しにしてもらうことって出来ます?」
尋ねると彼女はおもむろに携帯を取り出して操作を始めた。すると端末から『沙良……俺と――結婚して下さい』と聞き覚えのある台詞が流れた。
「……って、待て! 何ちゃっかり録音してるの!?」
「けいか……もしアキ君が愛を証明してくれる流れになったら記念に録画録音しようとしてただけです」
「だけです、じゃないよ!?」
しかも最初の三文字は何だ。俺にはその後に「く」という平仮名が付くようにしか思えないんだが!?
「待ってくれ、沙良。そうじゃない。そうじゃないんだ」
「あの言葉は嘘だったんですか」
「嘘じゃないけど、世界に放つには時期尚早過ぎたというか、一時の過ちというか。と、とにかく誤解なんだよ!」
「――アキ君」
あたふたとする俺を宥めるように沙良がそっと両手を包んできた。
「私もアキ君と一生を共にすることを誓います」
「待ってえええええええええ!」
幾ら言葉を並べても彼女は「うふふふ」と笑うばかり。次第に体力が尽きて何も言えなくなった時、沙良は満面の笑顔で言った。
「私、今、とっても幸せです」
――それから二週間、俺は必死の抵抗を試みたが、何一つ成果は上がらなかった。幸せの有頂天に立った沙良は周囲に吹聴してしまったらしく、もう無理だと諦めはじめた時にはお祝いの言葉を貰うまでになっていた。
結局撤回することは叶わなくてその日の一ヶ月後に婚姻届を提出し籍を入れた。流石に高校を卒業するまでは婚約状態で落ち着かせたが、裏を返せば卒業した瞬間に結婚してもいい、というわけである。
そうなれば沙良のことだ。必然的に予想は現実となった。
その頃は勿論、その先の未来でも様々なドタバタは待っていたわけだけど――結局はありきたりな台詞で収まるのだ。
二人は最期まで幸せな人生を過ごしました。めでたしめでたし。
――とある世界、とある場所にて。
「ぶえっくしょん!」
「ユウトさん、もしかして風邪ですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……似た者同士の波動を感じたような気がして……」
「似た者同士……。その人はきっと素敵な人なんでしょうね」
「だといいけどな。ま、色々大変だとは思うけどお幸せにな。似た者同士さん」
その青年は外を見上げ、ポツリとつぶやいた。




