EX.五話「不変の幼馴染」
「和晃と由香梨が恋人に発展したIF世界」の物語。
<side Yukari>
――最近、常にモヤモヤを感じている。
「おい由香梨、そろそろ日が暮れるぞ」
「え? ほんとに? うわ、ほんとだ」
ほんの少し顔を上げると窓の外に反転した夕焼け雲が見えた。
「今良いところなのに……ねえ、後もう少しぐらいいてもいいでしょ?」
「駄目だ。許したら全巻読み終わるまで帰らないだろ、お前。残りのやつ貸してやるから今日は帰れ」
「え~、持って帰るの面倒くさい」
「じゃあ明日学校に持ってってやるからそれでいいだろ?」
「それで手を打とうじゃないの。あー、面白かった」
掲げていた漫画をパタンと閉じてベッドの脇に置く。起き上がるとようやく正常な世界が戻ってくる。体を伸ばしたら自然と猫の鳴き声のような声が出た。
「家まで送ってくよ」
「あんまり暗くないし、家だって近いんだから大丈夫よ」
「送り届けた後簡単に買い物でもしようと思ってるんだ」
「流石主夫ね。これで将来も安泰」
「んで由香梨はだらしない生活も送ると」
「最高じゃない。人生楽が一番」
「女子高生が言う台詞ではないな」
こうして喋りながら私と和晃は移動し、玄関から外へ出る。橙色のオーロラが横顔を照らした。
私達の間では常にくだらないやり取りが行われている。和晃ん家から自宅までの短い距離でも話が尽きることはない。
幼馴染っていうのもあるけど、元々相性が良いんじゃないかなあと最近思う。というか、そう考えると幸せな気分になる。
加えてこの明日には忘れているだろうどうでも良い会話の時間が好きだった。難しいことは何一つ考える必要がないし、喋ってるだけなのに何にも代えがたい幸福感があるからだ。
それは私と和晃の関係が変わる以前からあった感情だ。変わった後はより感じるようになったけど……。
笑いながら話す彼の横顔から少し目線を外す。盗み見るように和晃の左の手のひらを見る。
気付かれないようにそっと腕を伸ばしていく。和晃は話に夢中で気づいてない。チャンスなら今だ。
「あ、そうだ、由香梨」
「な、何!?」
「どうしてそんな慌てるんだ?」
とっさに手を引っ込める。
和晃は訝しげな眼差しでこちらを見てきた。
「な、なんでもないわよ」
「そんなわけないだろ。また良からぬことでも考えてたな」
呆れたように肩をすくめて見せた。
「で、結局何のよう?」
「ん? ああ、そうそう。この前の――」
こうしてまた談笑が繰り広げられる。
私にとって幸せなそれ。だけど最近、素直に嬉しいと感じることができなくなっていた。
やりきれないような、物足りないような……。そんな一抹の寂しさに似たモヤモヤ感が心の中に駐在している。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「この前、アキ君とデートしたんですよね。どれぐらい進展しましたか?」
「あ、それ私も興味ある」
「……私も」
沙良に便乗するような形で比奈と若菜が反応する。
二年の時によく一緒に行動していた三人に加え、今年から沙良も仲良しグループに入っていた。
このグループで異色なのは現役大手企業で社長の秘書を務めている幼馴染もさることながら、現役大人気アイドルが普通に溶け込んでいることだろう。
比奈は二年生の時に和晃とトラブルが発生し、一時的に公開恋愛なるものをやっていた。奇抜な作戦は功を成し、再び人気アイドルに復調した。その後、世間の誤解も解けて公開恋愛は終了。比奈と和晃は元の関係に戻った。だがその時の名残で彼女は崎高に在籍し、今も友人として仲良くやっている。
もしも何か一つ間違いがあったら比奈と和晃の関係は今も続いていたと思う。それぐらい二人は相性が良かった。多分、和晃が私を選んでくれたのは奇跡なんだ。
「昨日はそうね……」
話し始めると乙女三人は目を輝かせて傾聴する。……のだけど、話をすればするほど笑顔が失われていく。
「自宅で共に過ごす。悪くない選択肢ですが、それはデートとは言わないんじゃないですか?」
「そ、そんなことないわよ」
「ですが付き合う前とやってることは変わってないじゃないですか」
「う……いや確かにそうだけど」
厳しい沙良の追求にどんどん追い詰められていく。
助け舟を出してくれたのは比奈だった。
「長い間友達だったから変化に戸惑ってるだけだよね?」
「そう、比奈の言うとおりよ!」
「あ、やっぱり? 幼馴染ヒロイン鉄板のネタだからまさかと思ったんだけど」
当てずっぽうだったのね……。
「いいえ、それは甘えです。そんなの付き合った意味がないじゃないですか! 私でしたら付き合った日から手を繋ぎます。抱き合います。接吻だって事によってはします。良い雰囲気になったらさらにその先も……!」
「……私も和晃君の幼馴染だとしたらそうしてる」
「……あんたらねえ」
どうもこの二人の考えは浮世離れしている。
「この二人に何か言ってやってよ、比奈」
唯一の常識人に目を向ける。
「いくらなんでも急に関係を進めすぎるのはどうかと思うな」
「その調子その調子。もっと言ってやりなさい」
「どちらかと言ったら、いつまで経っても元の関係と変わらなくて女の子の方がいつしかモヤモヤするようになって、ある日突然『私、もう我慢できない』って迫っていくようなシチュエーションの方が萌えるよ」
「比奈が一番問題なんだけど!?」
まさかの斜め上の回答だった。清楚かと思いきや、実は結構肉食系なのかもしれない。アイドル恐るべし。
「どれも私にはレベル高いのよ。第一、手だってまだ繋いだことないし……」
拗ねるように呟いた。
「な……由香梨、今何とおっしゃいました?」
「まだ手も繋いだことないって……」
「――聞き間違いじゃないんですね」
沙良の目が妖しく光った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「由香梨からデートの誘いなんて珍しいな」
「以前から何度も二人で遊んでるじゃない」
「最近はそうでもないだろ? それにデートって直接的な表現で誘われたのは初めてだ」
和晃は満更でもなさそうに笑っていた。
付き合う前はなんとなしに二人で色んなところに行けたのだけど、いざ仲が進展するとむず痒くなって気軽に遊びに行ったりすることはなくなった。
そんな私が和晃をデートに誘ったのは沙良達に背中を押されたからだ。
――幼馴染カップルは最初のマンネリ化が一番の強敵だよ。頑張らないと!
――このままだと二人は破滅する。
――由香梨ですから応援してるんです。腑抜けたままでしたら私が寝とっちゃいますからね。
……冷静になって回想してみると言いたい放題言われてるなあって思う。
「じゃあ、時間も勿体ないし行くか」
上機嫌な様子で和晃は先行し始めた。
今回は私から誘ったということで自分がデートプランを建てた。
幾つかの予定を潰すとショッピングモール内にある映画館で映画を観る運びになっている。上映中の作品はチェック済み。今日観るのは……恋愛映画だ。
私は恋愛映画なんて退屈な作品より、どうせならド派手なB級アクション映画の方が好きだったりする。そんな派手好きの感性を刺激する作品もあったのだけど、沙良が弁えろ、とのことで泣く泣く諦めた。
「和晃、たまにはこういうの観ない?」
あくまで興味を持っているていを装ってその恋愛映画のポスターを指差す。
しかし和晃は怪訝そうに眉を顰めた。
「別に良いけど……由香梨ってどちらかというとこういう作品が好きじゃなかったか?」
和晃が指し示したのは気になっていた映画だ。
確かに私のアンテナがビンビンに反応している。けど今回は我慢、我慢よ……!
「で、でもデートだし雰囲気が大事よ!」
と言いつつも、どうしてもチラチラ視線を和晃の指の先に向けてしまう私。
「お前、無理して……」
「無理してるわけないでしょ! 一緒に観ることが大事なのよ。上映時間だって離れてるしね。ほら、早くしないと時間になる!」
なかば強引にチケット売り場に走っていく。後ろから当惑気味についてくる足音が聞こえる。
「この作品観たいんですけど、大人を二枚――」
サッサと入場券を買おうとする。
「あ、待った由香梨! さっきの店に携帯忘れた!」
「え? じゃあ、私は先チケット買ってるから……」
「時間もまだあるし、一緒に行こうぜ! 寂しいし」
「……すいません。後ろに馬鹿がいるんでまたあとで来ます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「はあ、結局上映時間過ぎちゃったし」
「ははは、申し訳ない」
「この馬鹿たれ」
頭を軽く小突いてやる。わざとらしくいてて、なんて言っている。
一度店に戻ったものの中々携帯は見つからず、もしやと思って探してみたら前の前に訪れた店に落としていたらしい。
あの間抜けのせいで無駄に時間を消費し、予定時刻を過ぎ去ってしまった。
「あ、でも今からならちょうどいいんじゃないか?」
「何が?」
「これ」
さっきから何かと話題に上がるアクション映画だ。
「確かに悪くないけど……」
「じゃあ、折角だしこれ観よう」
「いや、でも……」
「どうせ映画館で観るなら迫力ある映画の方がいいしさ。どうしてもさっきのやつが見たいならまた今度観に来ようぜ。今日はこっち」
「あ……ちょっと!」
私の返答も待たずに和晃はチケット売り場に行ってしまう。これじゃあ文句を言う暇もない。渋々後をついていく。
それからポップコーンやジュースを買って劇場に入場。映画がスタートするまでくどくど文句を言ってやった。和晃も大分参ったようで「悪かったって」「ごめん」と何度も手を前で合わせていた。……その割にはヘラヘラしてたけど。
映画が始まった後については特筆するべきことはない。
おおよそ二時間、陳腐とはいかないがどこにでもあるようなアクション映画をまあ、それなりに堪能した。悔しいことに恋愛映画よりかは断然面白かったように思う。
「いやー、面白かったな。特にカーチェイスのシーンは迫力あった」
「私は爆破するビルからの脱出シーンの方が面白かったわね」
さらに憎いのはこうして楽しげに感想を語り合えることだった。
映画の内容以外にも今日の感想を互いに言い合う。時間は既に夕方に差し掛かっており、夕焼けの光が並んで歩く私達を照らす。
私は思い切って聞いてみる。
「ねえ、どうして携帯忘れたなんて嘘ついたの?」
「……ありゃ、バレてたのか」
「最初はマジかと思ったけどね。都合の良い展開だなあって後で思い直したのよ」
「迫真の演技だったろ?」
「はいはい、流石演劇部といったところね。どういうカラクリ?」
「親父の教育は実践的なもの以外にもくだらないことにも及んでな。これは手品の一巻だ」
「ほんとあんたのお父さんって変わってるわよね」
「俺もそう思う」
「それで、嘘をついた理由は?」
「理由ね。まあなんだ、アクション映画を観るための口実作りだ」
「私はあっちの恋愛ものでいいって言ったのに」
「それこそお前、バレバレだぞ。こう言っちゃなんだけど、由香梨にしっとり系はなんからしくない。大方、誰かの入れ知恵だろ? 多分、沙良あたりかな……」
どうやら見透かされてたようだ。
「しかも映画だけじゃなくてこのデートだって誰かの差金だろ? 十年以上も付き合ってりゃ一発で看過できるさ」
「例え誰かにそそのかされてやったとしても、どうして私が乗ったかは分かる?」
「それもまあ……。前とは違って今は彼氏彼女だから……違うか? 気持ちは分かるよ。関係が変わったからって付き合い方が変わるわけじゃないし」
「けどあまりに変わらなすぎるから焦ってるのよ」
「でも焦って空振りするよかマシだと思うんだ。それに俺は自然体の由香梨が……す、好きなんだ。だからその……何だ。気張らないいつも通りの由香梨でいて欲しい。俺もそのために努力してるからさ」
不意打ちで好きと言われて思わずドキッとする。言葉は頭に入ってきても内容が浸透するまで時間がかかる。お陰で返答に窮して、そのまま口を噤んでしまった。
和晃の方も気恥ずかしそうに視線を天の彼方へ投げている。
足音だけが二人の間にこだまする。
私だけじゃない。彼も変わってしまった関係に色々考えている。結果、私とは少し違う答えを出したみたい。
こうして関係を昇華させたのも、やはり以前までの関係が大好きで、いつまでも変わらずに馬鹿な話をして、たまには真剣な話をしてありのままの私を見て欲しいという理由があった。
なのに無理に変わろうとしちゃ意味が無い。彼は自然の私を好きになってくれて、私は自然な彼を好きになったのだから……。
でも、それだけじゃない。仲良くやるだけなら恋人にならなくたって出来る。
隣を歩く幼馴染の空いた左手をチラッと見る。それから私の右手を見る。
物足りないような、やり切れないような釈然としない霧のようなものが私の中に渦巻いている。
だけど、ようやくその正体が分かった。モヤモヤの正体は――怒りだ。
「――ていやぁ!」
「おぅふ!?」
おもむろに彼の尻に向かって蹴りを入れた。
「おまっ……分からんけど不意打ちは卑怯だ! 急に何だよ」
「分かってない。あんたは私の事これっぽっちも分かってない!」
「……へ?」
情けない顔を浮かべた彼氏の左手を、物をぶんどるような勢いで掴みとった。
「そりゃ、今までみたいにやっていきたいけども、だったら付き合わなくてもいいわけよ。恋人になったからには幼馴染同士気さくにするだけじゃなくて、男と女として歩み寄っていきたいの! 前の関係じゃ物足りないからこうしてカップルになったんだから。異性として深く繋がりたいって気持ち、少しは悟ってよ!」
ようやく繋がった手のひらにギュッと力を込める。
私も和晃も幼馴染という関係に支配されすぎている。本当はもっと先の段階まで進みたいのに。
それなのに現状に甘んじている自分自身と彼――双方に知らず知らずの内に腹を立てていた。これがスッキリしない原因だった。
「……そっか、そうだよな。ごめん」
「許すのは今回だけだからね。次からは男としてあんたが先導してよね」
「次って何だよ」
「え? そ、それは……」
「目が泳いでいるぞ」
「へ、変なこと言わせようとしてるからでしょ!」
「狼狽えさせるようなこと何一つ言ってないけど」
「うるさい、このヘタレ和晃!」
「うぐっ……」
くだらないやり取りを際限なく繰り広げる。
手を繋いで、肩を並べて、足並みを揃えて。昔も今も――そして、これからも。
たまには幼馴染ヒロインが大勝利する世界もいいと思います。
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