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EX.三話「不器用で一方通行な恋(前編)」

久志の本編後日談。

大学二年生の春。前回の直弘と恵のお話より半年ほど前のお話です。

<side Hisashi>



 一年生の春は慣れないことが多い上にやらねばならないことが多いから忙しくなるのも無理は無い。

 でも、上級生は上級生で色々と忙しい。最近はそれを痛感してる。


 大学二年目の春。俺は色んなサークルに所属し、活動範囲を広げてる。おとなしく身を潜めてればいいのに、自分から行動するようになったのも高校生の友人の影響だ。

 俺もあいつみたいに全力で夢を追いたい。けど、まずは夢を見つけなきゃならなくて、そのために自分にできる事、出来ないことを見極めようとしているといった次第だ。

 

 そういった理由から複数のサークルに身を置いてるのだけど、そのツケはこの時期になって返ってきた。

 どのサークルも新入部員を獲得しようと必死になっているのだ。

 で、どのサークルも女の子を呼び寄せるためにも、お前は絶対来いよと先輩から言いつけられてる。

 要するに俺は客寄せなわけだ。……どんなに可愛い子がきても俺には想い続けてる人がいるんだけどね。


 まあ、そんなこんなで多忙な日々を過ごしている。

 今日もあるサークルの集まりにいるんだけど……。



「おい、佳穂が来てないじゃないか」



 ワックスをふんだんに使って金色に染めた髪を立たせている青柳(あおやぎ)先輩が苛立たしげに発言する。

 この人は佳穂っていう俺と同学年の女性をいたく気に入ったらしく、彼女がいないとこうして不満を口にする。

 周りの人も迷惑がってるけど、対応すればするほど面倒なので大きなイベントがある時は佳穂さんにいつも頼み込んで来てもらってる。サークルなんだし、参加不参加はある程度自由に決められるのに、これじゃ佳穂さんは利用されてるだけで可哀想だ。でも彼女がいるだけで青柳先輩は上機嫌になるのだから、仕方ないことなのかもしれないけど。



「おかしいな、今日は来るって言ってたのに」

「佳穂がいないと話が進まないのに。今度の新入生勧誘であいつには出てもらなわいと困るからな」



 佳穂さんはかなりの美人だ。若菜さん第一の俺ですら、少し見惚れたぐらいだ。あんなにきらびやかな黒髪の持ち主は香月さんぐらいだと思ってたのに。

 青柳先輩の言葉からある程度察することが出来るように彼女もまた俺と同じ客寄せなのだ。最初の一回目はどうしても行けない用事があって辞退して、代わりに二回目は絶対行くと公言していた。

 その二回目の勧誘のための話し合いなのに肝心の彼女は来ていない、ということだ。

 はあ、今日もまた青柳先輩を宥める所から始まるのか……。


 思わずため息をついた時だった。携帯にメッセージが入る。

 


「……すいません、ちょっと呼び出されちゃったんで少し抜けます」

「は? 久志、お前もどっか行くのかよ。どうせ他のサークルだろ? 佳穂が来ないからってそうやって逃げるのか」



 青柳先輩の俺への当たりはかなり強い。

 他の先輩から聞いたのだけど、どうも俺と佳穂さんは出来上がっていると勘違いしているらしいのだ。その結果、このような態度で接してくる。

 俺には別の大学に好きな人がいるってほとんどの人は知ってるのに、この人だけは信じてないみたい。


 あと、先輩は他のサークルからの誘いと言うが、それは違う。

 第一、緊急の用でも無い限り、この空気の中で抜け出すほどの根性はない。絶対後々めんどくさくなるだけだし。


 なのに立ち上がったのは連絡を受けた相手が相手だったからだ。

 ディスプレイに表示されたのは話題に挙がっていた佳穂さんの名前だった。良かったら少し来て欲しいと控えめな文章が送られてきていた。



「そういうわけじゃないですよ。なるべく早く戻ってくるんで、先進めててください」



 申し訳無さそうに苦笑して、急いで佳穂さんの指定した地点に向かった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ねえ、直弘、相談があるんだけどいいかな」


『内容によるな』


「男女関係のことについて」


『すまん。俺じゃ力になれそうにない。和晃にでも電話してくれ』



 電話を切られたので即座にかけ直す。



『どうして俺なんだ……』


「カズは多忙に過ごしてるし、あまり迷惑はかけたくない。香月さんも同様。菊池さんはそもそも海外に留学してるし、三条さんも今は海外に行っちゃってる。残るは直弘しかいないだろう!?」


『いや、カズ達だって連絡すれば応えてくれるし、海外組も電話代が高くなるだけで連絡は取れるだろ』


「それでも俺は直弘に意見を聞きたいんだ! 少しぐらいいいじゃないか、ケチ、悪魔!」


『そこまで言うか!? ホントお前、変わったな。良い方に向かってるのか、悪い方に向かってるのかは分からんが……。仕方ない、話を聞くだけだぞ』



 頼み込めば何だかんだで話を聞いてくれる。それが直弘だ。しかも結局最後にはアドバイスをしてくれるのだって俺は知っている。



「じゃ、本題に入る前にどんな背景があるのか簡単に説明するね」



 まず最初に青柳先輩と佳穂さんのこと、その二人に加えた俺の立場を軽く説明する。



「――それで今日、佳穂さんに呼び出されて彼女の元に向かったんだ」



 前提を知ってもらったところでいよいよ本題に突入する。



 詳しい話は佳穂さんと合流したところから始まる。



「わざわざ来てもらって済まない。……青柳先輩がうるさかっただろうに」


「気にすることないよ。逃げる口実ができてむしろ良かった」



 おどけて見せたけど、佳穂さんの真っ直ぐな瞳は珍しくしょんぼりとしていた。



「で、呼び出した理由は?」


「ああ、実は件の青柳先輩が関わってくるんだが……その、彼を遠ざけるために協力してくれないか?」


「……どういうこと?」



 詳しいことをうかがうと佳穂さんはこのように答えた。

 なんでも、以前からあったスキンシップがより過激になっているそうなのだ。軽いセクハラが今やすきあらば二人きりになろうと画策したり、お酒を執拗に勧められたりしているらしい。お酒もただ飲ませるだけじゃなくて、泥酔したところを狙って絡んでくるんだという。

 つまり青柳先輩は中々自分のものにならない佳穂さんに痺れを切らし、強引に自分のものにしようとしているのだ。


 本当は佳穂さんも集まりに行くつもりだったが、先輩にまた何かされるかもしれないと考えると怖くなって行くことが出来なかったようだ。



「前から酷いとは思ってたけど、そんなことにまでなってたんだ」


「私もああいうしつこいう男は初めてだ。今までは適当にあしらえばそこまでだったのに……。流石の私も恐怖するよ」



 佳穂さんはどちらかというと精悍なタイプの女性で物怖じとかしないように見えるんだけど。そこまで追い詰める青柳先輩はある意味凄い。



「事情は分かった。で、先輩を遠ざけるって何をするつもりなの?」



 この後の一言が俺を悩ませている原因だ。

 思い切って直弘に伝える。



『えーっと、つまり、その佳穂さんと恋人を装って青柳先輩の熱を冷まそうってことか?』


「流石直弘。俺が言わなくてもわかってくれる」


『意外とありきたりな例だしな。しかし悩む理由が分からん。協力してやればいいじゃないか』


「俺としては協力してやりたいんだけど、問題は若菜さんなんだよ。もし手違いがあって他の女の子とデートしてるなんて知られたら、相手してもらえなくなっちゃうだろ!?」


『……お前が心配する部分はおかしいと思うぞ』



 俺には容易に想像できる。

 他の女の子とデートしてたんだ。なら私にしつこくする理由はもうないよね。

 クールにそんなことを言う若菜さんの姿が。



「俺はまだ見放されたくない!」


『……難儀だな、お前の恋路も』



 全くだ。



「というわけで俺はどうすればいいと思う?」


『素直に断ればいいじゃないか』


「そうなんだけどさ。佳穂さんの件も若菜さんの件もまとめて解決する方法はないかなあって思って相談したんだけど」


『最近の久志はその青柳先輩と同じくらい面倒でしつこいと思うぞ。……というか、こそこそ内緒でやるんじゃくて中里に事情を話してから佳穂さんの意見を取り入れればいいんじゃないか?』



 瞬間、全身に電撃が走る。やっぱり直弘は大した男だ。求めていた答えがこうもあっさり出てくるなんて!



「それだ、それだよ! ありがとう直弘。これでどうにかなりそうだ!」


『ま、待て! 今のは適当に言っただけで――』



 そうと決まればすぐに動かねば。

 直弘との通話を切って今度は若菜さんに電話をかける。



『……もしもし』



 電話をかける時、彼女は不満気な声で対応してくれる。今日もいつもどおりで安心した。



「今、大丈夫?」


『……追試のレポート書いてる。忙しい』



 この時期に追試って……若菜さんは大学でも勉強には苦戦しているようだ。



「すぐに済ますから、ちょっと休憩ってことで聞いてくれないかな」


『……疲れてたし、特別に聞いてあげる』


「ありがとう。えっと、実は大学で面倒事が発生して――」



 若菜さんにも直弘と同じように現状を説明する。



「で、佳穂さんの恋人を装ってデートすることになったから」


『…………』



 まだデートするとは決まってないけど。まあ、見せつけるなら一般的にはデートが多いだろう。



『……良かったね。頑張って』


「……心配してくれたりしないの? 他の女の子とデートしちゃうんだよ?」


『……モテモテだね』


「俺がモテたいのは若菜さんからだけだ!」


『……あの、どうして私に報告した?』


「嫉妬して怒っちゃうかなと思って」


『……切るね』


「わ~! 待って、ごめん、今の冗談! 別にフザケてるわけじゃなくて、こうして何度も若菜さん一筋って公言してるのに、他の女の子とデートなんかしたら信念を貫き通せないからさ。その信念も結局破っちゃうんだけど……。若菜さんに誤解されたくないのもあるけど、何より義理はちゃんと通したいんだ」


『…………』



 若菜さんは返事をくれなかった。でも通話を切られていない。例え愛想をつかれていても、切られるまで話を続ける。



「興味ないのは承知してる。けど、一応デートの日付と場所が決まったら若菜さんに伝えるよ」


『……そう』


「忙しい時に電話してごめんね。詳細はメールで送るよ」



 その言葉を最後に通話を終えた。


 椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げる。



「一方通行の恋は難しいものだね」



 誰にも聞かれないようにそっと呟いた。




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