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十話「二人の物語」

 結論から言うと、俺達の目論見は大成功という形で落ち着いた。

 イベントの翌日のニュースでなんとトップ記事を飾ってしまったのだ。香月比奈、ついに結婚を宣言!?という見出しで。

 それからはてんやわんやの大騒ぎ。公開恋愛当初以上の混乱が起き、当事者である俺と比奈は謹慎せざるを得なかった。

 だが、いつまでも引きこもってるわけにはいかず、波が引いてきたのをみはらかって行動を開始。残った雑務を終わらせようと動き出した。

 そして今、俺達は親父と邂逅していた。



「お前らの発想は大胆で誰も予想できないような大それたものだった。しかし結婚となるとお前らだけの問題ではなく、家族や友人も巻き込むことになる。インパクトを狙うのも大事だが、少しはそういったことも考慮して欲しかった。……という内容の説教をしようと思ったんだが、今のお前には不躾か?」


「ひゃな」



 だな、と言いたかったのである。

 眼前に座る親父は珍しく戸惑いの表情を浮かべている。すぐ斜め横に立つ沙良はこらえ切れないのか顔を横に向けて口を押さえていた。

 今の俺は頬が腫れ、目は青くなり、唇はたらこ唇のようになっている。普段とは似付きもしない顔つきに双方おかしなリアクションを取るはめになっている。

 こうなったのには訳がある。今回の比奈との結婚宣言は彼女自身からの了解は取ったが、家族からお墨付きをもらったわけではない。公開恋愛を超える勝手をして、ついに比奈の親父さんが痺れを切らしたようなのだ。ただでさえ我慢していた所にこの追い打ちパンチだからそりゃブチ切れるわけだ。

 というわけで俺は比奈の家に招かれ、香月家の家族全員と顔合わせ。博美さんと比奈のお義母さんについては以前会ったことがあるのと、今回のことに好意的(博美さんも観念して俺達の味方になってくれた)だったため擁護してくれたのだが、それでもお父さんは猛反発。


 ――貴様にワシの娘を渡してたまるかあ!


 ――必ず幸せにしてみせます!


 ――まだ高校生の餓鬼が何を言ってやがる! そもそもお前らの交際を認めてなんかおらん!


 ――けれど香月さんの娘さんを愛しているのは本当です。観衆に愛を叫ぶほどに!


 ――それが何だと言うのだ! ワシだってやれといわれたら娘への愛の言葉を叫んでやるぞ!


 ――じゃあ叫びましょうよ!

 

 ――受けてたつぞ小僧がぁ!


 ――二人とも恥ずかしいからやめて!



 そんなやり取りがずーっと行われ、ついに「気持ちを語るには男なら拳のぶつけ合いじゃあ!」「受けて立ちますお義父さん!」「お義父さん言うなこらあ!」と、俺と彼女のお父さんは拳で殴りあい、心のありようを語り合った。最後には両方ともボロボロになって地面に倒れ、奇妙な友情っぽいのが生まれたのであった。

 ……以上が現在の顔に至るまでの顛末である。補足しておくと、結婚は認めるが今すぐではなく、職について安定した収入を得るようになってから。学生の内は絶対に許さない。だから婚約ということで我慢しろ……ということになった。

 こちらにしてもすぐに結婚するというわけにいかないし、言われなかったら自分達から切り出していたところだ。

 今日、親父ともこのことについてまず話した。特に口を挟まれることなくあっさり了承。かくして俺と比奈は正式に婚約者として結ばれた。



「お前らの用事はそれで終わりか?」


「いいや、まだある。ええと、その……」



 どうしても歯切れが悪くなる。これから柄にもないことを言うつもりだから仕方ないのだが。



「悪かった。……というか、ごめんなさい」



 立ち上がって頭を下げる。比奈も一緒に立ち上がって同じように続いた。



「何故謝る?」


「出来ることはなんでもするって言ったけど、俺と比奈のIF物語って知ってる人なら誰でも感情移入できるはずだ。そうなると、少しフェアじゃないかなって気がして。それと会社のことだけど、高城家が代々引き継いできたんだろ? 受け継ぐのが嫌だけど、やっぱそれなりに罪悪感ってのものがあるっていうか……」



 親父は俺の告白を聞いてふむ、と小さく頷く。すると後ろにいる沙良に目配せし、用意しろと短く命する。沙良は言われるままに部屋を出て行ってしまった。

 二人で首を捻って待っていると、数分してからメイド服から白いスーツ姿に着替えた沙良が戻ってくる。親父の後ろではなく横に並び、名刺を取り出す。



「お二人とも、この姿では初めましてですね。私はこういう者です」



 何が何だか分からぬまま、差し出された名刺を受け取る。そこに書かれた名前を見る。



 ――「H&C社次期会長・三条沙良」と記されている。


 

 ……次期……会長……?



「はああああああっ!?」

「えええええええっ!?」



 二人して驚愕の悲鳴を上げる。

 沙良と親父はまあ楽しそうに様子をニコニコと眺めてくる。



「というわけだ。こういう時のために別の後釜は用意する必要があったからな。秘書として隣に立たせていたが、今では同時に次の会長になる者としても横にいさせている」


「アキ君が苦しんでいる時、私に出来る事は何だろうって考えたんです。その結果が次期会長候補になるということです。いやあ、長く険しい道のりでした」


「何の。沙良君は筋が良くて吸収も早いから助かるよ。外見的にも社員達に好かれているしな。俺だって好きで男やってるわけじゃないのに……」



 親父が男であることに悔しがって奥歯を噛み締めるさまは気色悪かった。

 いや、でもまさか沙良が裏でそんなことしてるなんて。



「……あれ。ということはこんな馬鹿な真似しなくても俺は受け継ぐことを回避できたのか?」


「その辺は甘く考えるな。沙良君は会長候補として立候補したが、あくまでお前が会長にならなかった場合のみ機能させるつもりだった」


「最初は私も会長の意見を押しやってアキ君を解放しようと考えました。けれど再会して、あなたが努力する姿を見て、私は信じたんです。アキ君なら私の手を借りずとも自分で道を切り開いてくれると。一人では無理でも隣には比奈がいましたから、必ず大丈夫だと」



 ね?と沙良は比奈に柔和な視線を投げ、鷹揚に微笑んだ。



「ああ、でも勘違いしないで下さい。私は金輪際アキ君を諦めることはありませんから。チャンスがあるならいつでも奪わせていただきます」


「上等だよ」



 比奈はニヤリと笑い返す。うん、たくましく育ってくれたな。嬉しいぞ。



「それともう一つ、お前が言ったフェアじゃないということについてだが、俺は気にしてない。話を考えたのはお前で、これまでに出会った人達の協力を借りて聴衆を納得させたんだ。その過程において間違ったことは何一つない」



 親父は俺の瞳を真っ直ぐに捉えてくる。かすかにほころんでいるようだった。



「高城和晃と香月比奈は己の未来を自ら掴み取った。自分の信念を証明した。二人の信じる夢を貫き通した。そのことに文句を言うやつはいない。もしいたら俺がお前達に代わって否定しよう。俺から言えることはただ一つ。よくやった、息子よ」



 その時、胸に広がった感覚は、感激というやつだろうか。とにかく体全身が熱くなった。涙が出そうになった。嬉しくて飛び跳ねたくなった。何も言えなくなるくらい、心も体も満たされた。

 ずっと親父を超えたいと思ってた。親父に褒められたかった。お前は凄いやつだぞって。

 それが今、果たされた。親父は俺を……馬鹿な息子のことを一人の男として認めてくれたんだ。



「ありがとう……!」



 必死に搾り出した言葉に、親父は満足げな表情を浮かべた。



「俺はこれからも応援してるぞ。この馬鹿息子を頼んだよ、香月比奈さん。――二人の物語に栄光あれ」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「それにしても沙良が次期会長候補だなんて……驚いたよね」


「ああ。俺達も仰天させるようなことばっかしてるけど、その度にしっぺ返しをくらってる気がするよ」



 帰り道。比奈と手を繋いでゆっくりと公園を歩いていた。

 歩幅をあわせ、足並みを揃える。肌から彼女の体温が伝わる。彼女の鼓動をすぐ傍に感じる。大事な人が横にいることを感じながら、眼前に広がる道を進んでいく。


 結局、比奈はアイドルを引退することになり、それと同時に公開恋愛も掻き消えた。結婚で世間は賑わっているが、数日もしたら一般人の些事という扱いで処理される手はずになっている。

 そしてこの後どうするかという所だが、俺は四月から推薦先の大学に進学する。その一方で役者を目指すために養成所に通うつもりである。比奈は四月から別の大学に進学する。その一方でこれからも人々に夢を与えるため、アイドルとは別の形で芸能界に復帰しようと奮闘するつもりだと言っていた。

 過去の栄光は一旦途切れてしまったけど俺達の道が閉ざされたわけではない。俺と比奈だけじゃなく、友人達もこれからは別々の道を歩むことになる。けどどこかで俺達はまた集まって、進む未来を考えることになるだろう。それもまた、楽しみな未来のうちの一つだ。


 ふと視線を横にやると、比奈が遠くを見ているのが分かった。何を見てるのだろうと、彼女が見ているであろう風景を見ようとする。

 公園に生えた木々の陰に若いカップルがいた。二人は見詰め合ってゆっくりと顔と近づけて唇を合わせた。



「うわ、大胆だな」


「だ、だよね。こんな所で」



 比奈は見てはいけないものを見たように顔を手で覆い隠す。

 全く最近の若い者はだらしない、とおじいさんのような感想を抱きながら目線を前方に移そうとするが、その途中で別のカップルのキスシーンが入り込む。

 まさかと思って顔をめぐらす。所々にカップルがいて抱き合ったり、手を繋ぎあったり、とにかく二人きりのロマンスを味わっていた。

 辺りはもう陽がとっくに落ちて街灯がなかったら何も見えない闇夜に包まれている。

 最悪なことに、この公園は夜になるとカップルのいちゃつきポイントだったようだ。ああ、ロマンチックに歩いていたのに、なんと運の悪い。



「ね、ねえカズ君」


「ん?」



 名前を呼ぶ声に足を止める。



「わ、私達、もう公開恋愛も何もないただの恋人同士なんだよね?」


「そのはずだけど……」



 何となく彼女の言わんとしていることが予想できる。



「だったらもう、世間の目を気にする必要もないんだよね?」


「……そうだな」



 潤んだ瞳で見上げてくる彼女は何かを期待している様子だった。頬が蒸気し、あどけない色気が漂ってくる。

 ま、まさか……ついに手つなぎ以上のことをしてしまうのか? ここで? この公園で? ……マジで?



「え、えっと……じゃあ、その、するか? き、きき、キス……とか」


「あ……う、うん」



 顔を見合わせると恥ずかしくなってどちらも顔を伏せてしまう。



「あの……さ」


「あ、ああ」


「はしたない子って思われちゃうかもしれないけど」


「お、おう」


「わ、私、その、ずっと我慢してたんだよ……?」



 比奈の体温が上がっているのが手の平から伝わってくる。吐き出す吐息は甘く熱っぽい。発せられる言葉も溶けるような色っぽさが感じられる。



「お、俺もだ……」



 思わずガシっと比奈の両肩を掴む。腕はこれでもかというくらい震えている。



「た、ただ俺、初めてだから……!」


「わ、私も……」


「しょ、正直どうやればいいかわからないんだが……!」


「わ、私も……」



 二人して互いの発言を噛み締め、間抜けに面を合わせる。え、お前分かってないの? あなたも? そんなやり取りが目線を通して無言で行われる。その様子が段々おかしくなってきて、顔が崩れてしまう。彼女も同様だった。



「ははは、やっぱ俺達、どこか締まらないな」


「そうだね。いい雰囲気だと思ったんだけどな」


「でも、俺達らしい」


「言えてる」



 ふふふ、ともう一度笑い合って。互いの顔をその瞳にしかと映す。

 

 色々なことがあった。楽しいこと、嬉しいこと。嫌なことも悲しいこともあった。お互いがすれ違った時もあった。

 たくさんの障害が立ちはだかった。二人で力を合わせてその度に乗り越えた。時には大きすぎる壁に諦観しかけた時もあった。でも、俺達は手を繋いで壁を乗り越えることが出来た。

 けどこれは長い長い人生の中のほんの一部だ。これから先、今までの比にならない困難にぶつかることだろう。それも一回じゃない。きっと数え切れないくれいに。逆に言えば、過去と比較にならないぐらい嬉しいことや楽しいこともあるはずだ。

 どんなに大きな壁があっても二人でいればきっと乗り越えられる。ハッピーな思い出を共有して俺達はこれからも人生という長い道のりを歩んでいく。

 君と一緒ならどこまでも進んでゆける。君と一緒なら何だって出来る。



 これは、俺と君の物語だ。



 そっと比奈の頬に手を当てる。端麗な顔を心行くまで見つめ続ける。

 視線が絡み合う。唇が艶やかに光る。白い頬は桃色に染まる。瞳に熱がこもる。

 ゆっくりと顔を近づけていく。瞼を静かに閉じていく。肌と肌が擦れあう。吐息が重なり合う。彼女を感じる。

 そして――





















◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 

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